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悪鬼百妖を斬れ!  作者: ヲコくん
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大江山の怪物、伊吹山の怪物 拾参


 重ね重ね、以前から述べた通り、本来なら一度決めたことは終止一貫して、途中で道を曲げたがらない純一郎である。その一徹者がこうして途中で我が往かんとする道を曲げて、他人に追従することは非常に珍しい。


 スイは眠ることも忘れて、全身にみなぎる喜びを体で表現したくなって、朝まで踊り明かしたい衝動に一刹那駆られるほどだった。


 純一郎は浮かない顔だったが、一度言い出した以上、もうのっぴきならない。約束を堅守することも、この男の正義である。


 純一郎はまた尋常の寝巻姿に戻ると、そのまま何も言わず、語らず、お休みの一言も何もなく、頭まですっぽりと布団に身を包ませ、塞ぎ込んでしまった。が、心配はいらない。今は多分な陰気を孕んで、落ち込んでしまっているが、一睡を挟んで太陽が上れば、地に蔓延る影が一掃されるように、昨日あったことはまるでなかったかのように、元の通りの純一郎が復活するものと決まっている。


 スイももちろん、その性質を心得ているから、多くは語らず、感謝の一言を純一郎の枕元でささやき、枕に頭を沈めた。


 かくして翌日、純一郎は復活を遂げ、佐々木家はいつも通りの風景で、何一つ変わったところもなく、一日中読書をする日もあれば、道場に顔を出して、父惣一郎とともに門徒を教導することもしばしばで、つつがなく日々を送っていた。


 その間に純一郎は一時も雄次郎のことを忘れたことはなかったが、夜においてふと外出したくなる衝動に駆られたけれど、耐えて、耐えて、耐えて、その殺人衝動を押さえて、大会がいよいよ近づいてきた頃には、夜に謀反気を起こす発作もだいぶマシになった。


 遂に直心影流の元締め場所である茨城県の鹿島にて催される「鹿島直伝剣術大会」を二日前に控えた早朝の頃。


 純一郎は早くにもう鹿島へ出発する荷物も昨晩の内に全部まとめてしまって、大きな笠を被ってすっかり旅装に身を固め、栗毛の馬に跨がり、スイに見送られようしている。


「親父によろしく伝えておいてくれ」


「出発するには早いような気がするけど」


「いや、道中何が起こるかわからないから、余裕をもってこれぐらいに出発するのがベストだ」


「そう……」


 スイは何か言いたそうだったが、結局何も言わず、お腹の赤ちゃんのことや夫婦水入らずの何気ない会話で少し盛り上がった後、


「じゃあ、行ってくるよ」


「うん、気をつけてね……」


 スイは遠ざかる純一郎の背中を見送りながら、いつか感じた憂愁の思いが頭を悩ませて、離れない。


 今朝も嫌な夢を見てしまった。純一郎や他の武士達が蒸発する夢。悪夢といって差し支えないあの夢。思い出しただけでも鳥肌が止まらない。あれは一体何の暗示だったのだろう。


 スイはそのことを純一郎に打ち明けようとしたが、ついぞ、その機会を得られることが出来ず、胸の内は不安と憂愁がずっと渦巻いて落ち着かない。


 本当は心から、妻として夫を励ますべきなのだろうが、それも結局、満足に言うこともできなかった。何をするにも非力な自分は、夫の背中を見守ることしかできない。


 純、どうか無事で帰ってきて……。


 願わくばこの思いが天に届いて、純一郎を守ってくれますように……。


 純一郎は馬を進めて、目先は江戸へ向かうことにして、その後舟で鹿島まで向かうつもりである。


 もうあんなに屋敷が遠い。


 純一郎は後ろを見返ってみると、佐々木の屋敷はもうあんなに小さい。スイは豆粒のようである。


 結局、この数日は雄次郎に会うことなく、この日を迎えてしまった……。


 純一郎にとってはそれが唯一にして最大の佐々木家に残してきた忘れ物だった。


 しかし、いつまでもそれに拘泥している閑はない。これから向かう先は江戸でも少数の強者達を集めた剣術大会である。後ろばかり確認していては、いずれ背中を斬られかねない。


 さあ、行くか!


 純一郎は武者震いをさせて、鹿島へと急ぐ。


 



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