大江山の怪物、伊吹山の怪物 九
妻に伝えた通りに、夕食前に帰ってきた純一郎は特に変わった様子もなく、食事を済ませる内に日も落ち、湯船にどっぷり浸かって、疲労とともに汗と垢を洗い流した後、火を灯した行灯を前に据えて、黙々と何かに傾注している。
その手元を見れば、どうやら刀の手入れをしているらしい。
鞘を払い、その姿を艶やかに映す刀の姿は肉厚でよく肥え、反りが深くよく斬れることは疑われず、よくよく手入れの行き届いていることは行灯に透かして見た板目の肌の地肌を見ても明らかである。
純一郎はちり紙を用い、丁寧に刀に乗った古い油を拭き取ると、砥粉をまぶして、またそれを丁寧に拭き取るという作業を幾度か繰り返した後、あらゆる角度から刀を透かして見て、その恰幅の良さに純一郎はホレボレとする。
満足の行くまで鑑賞を終えると、純一郎は傍らの椿油の入った壷の蓋を開け、薄く薄く、刀の表面に油を塗り、またしばらくその豊麗な刃に見とれていると、不意に純一郎の部屋の襖がスーと擦れる音。
純一郎は首を曲げて、自分の体で行灯の光を遮っているがために、ほとんど闇の中の廊下に立つ妻の姿を認め、
「ああ、スイか」
こう言った純一郎の言葉がやや浮ついて聞こえるのは、先まで半ば夢見の境地にいたせいで、語気からは興醒めの感がありありと受け取れる。
実際、純一郎の興味はこの時に全く遥か遠く富士山まで閑却されてしまって、まだ茎の手入れが済んでいないのにも拘わらず、手入れ道具もすべて片付けてしまって、最後に一度だけちり紙で余分な油分を拭き取ると鞘に刀を納め、居住まいを正して妻の方へ向き直る。
どうして隠すように刀の手入れを中断してしまったのだ、別にやましいことはあるまいし、刀の手入れは武士の基本であり、恥ずべきことではないのだ——それをどうしてコソコソと、まるでただいま物を盗もうとしていた現場を見られたコソドロが盗品を慌てて元の位置に戻すような狼狽ぶり——と純一郎は自分で自分を理解することができず、心の中は己の小心ぶりに憤悶する。
「まったくもう……布団も敷かずに、こんなに夜遅くまでてっきりもう寝てるかと思った」
濡れ髪を揺らし、頬は微醺を帯びたような桜色で、