未来人の介入により二週間以内に恋人を作らないと死ぬことになりました
首に巻き付けられた硬い感触。
どうやらそれは爆弾のようで、要求を呑まなければ容赦なく爆発するらしい。
目覚めると暗くかび臭い地下室にいた。
コンクリート打ちっ放しの冷たい空間の上で、安っぽいパイプ椅子に座らされている。
後ろに回された両腕は自由にならず、動かせば『じゃらり』と鎖のような音がした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
激しい動きもしていないのに、呼吸がむやみに荒くなる。
どうやら人間は恐怖でも呼吸が乱れるものらしい。初めての発見だけれど、できれば一生発見したくない事実だった。
「俺が、いったい、なにをしたんだ」
十七歳の普通人。
最近経験した『不思議体験』を挙げるなら、学校帰りに拉致監禁されたってぐらいかな(今直面してるコレ)。
金持ちの家に生まれたわけでもない。特別優秀な頭脳を持っているわけでも、なんらかのスポーツに秀でているわけでもなかった。
自分は善良だと胸を張って言えるほど素晴らしい人生を送っている自覚もないが、悪人だと言われれば否定はできるぐらいの小市民。
こんな仕打ちを受ける心当たりなんか、まったくない。
「お前は『なにかをした』んじゃない。これから『なにかをする』んだ」
目の前のナニカが、気持ち悪い声で言う。
真っ黒なのっぺりしたヒトガタのナニカ。
声は変声機を通したように甲高く、抑揚のないしゃべり方は機械を連想させる。
「即座に殺してしまうのが一番早いが、我々は『連中』と違い、紳士的だ。命の価値、生命の価値に重きを置いている。君が我々の要求を呑むならば、その首につけられた爆弾が爆発することはないと誓うし、約束さえ取り付けてもらえるならば、君を解放しよう。解放されたところで、その爆弾は、この時代の技術では取り外し不可能だがね」
拉致監禁拘束爆発物取り付けまでやっておいて『紳士的』を名乗られても、なんにも説得力がなかった。
だが、こちらに抵抗の手段はない。であれば、要求を聞くよりほかになかった。
「なんだよ、要求って! 俺はなにをすればいい!?」
「『すればいい』ではない。『しなければいい』だ」
「細かい野郎だな! わかったよ! 俺はなにを『しなければいい』んだ!?」
「子供を作るな」
「は?」
「子供を作ることを禁じる。お前には知りようのないことだが、我々は、お前の子孫が未来にもたらす多大なる影響を憂えて、この時代に来た者だ。お前の代でお前の血を途絶えさせることが我々の使命であり、願いなのだ」
どうやら犯人は頭がイカれているようだ。
しかし約束をしないわけにもいかない。首の爆弾がニセモノだという一縷の望みにすがるとしたって、拘束監禁という現状はそれだけでも充分に脅威なのだから、逆らったらなにをされるかわからない。
承諾をするしか、ないのだろう。
そう思って口を開きかけたまま、思わず、固まった。
なにか、いる。
ソレは音もなく犯人の背後に立っていた。
連想するのはメタルスライム。ドラクエとかに出てくるあのメタリックで素早くて倒すと経験値を大量にくれるアレ。それを人間大まで大きくした、気味の悪い硬質であり軟体の化け物。
そいつは『ぐぱぁ』と体を大きく開くと――
とてつもなくスピーディに、犯人の全身を一口で飲み込んだ。
「!? き、貴様、まさか我らを追跡して時空航行……!? あ、ぎゃ、ぐあああああああ!」
めきゃ、ごきっ。ばきばき。じゃりじゃり、ごきゅん。
そういった音がした。
だんだん小さくなっていく犯人の悲鳴はたぶん一生耳に残るだろうな、とフリーズしかけた頭でぼんやり思う。
咀嚼を終えた巨大メタルスライムはヒトみたいなカタチに変化していく。
金属質な灰色だったその体には色がついていき、出現したのは黒髪のかわいい女の子の姿だった。
「よかった、間に合って。……大丈夫でしたか?」
元メタルスライム、今はボディスーツを身にまとったかわいい女の子であるそいつは、心配するように俺の目の前にひざまずく。
状況についていけないが――さっきの犯人が俺の敵ならば、敵を倒して俺を気遣ってくれる彼女は、味方なのだろう。
「え、えっと、混乱してる。けど、なんか、その、ありがとう」
「いえ。おじいちゃんが無事でなによりです」
「おじいちゃん?」
十七歳なので孫はまだいない。
しかし、女の子は力強くうなずいて、黒い大きな目で俺を見上げている。
「私は未来から来た、おじいちゃんの孫です」
どうやら俺の孫はメタルスライム。
俺の嫁はホイミスライムあたりだろうか。
「あ、さっきの能力ですか? あれは、私のお母さんが未来で広めた人体改造の技術を使っているんです。私みたいな能力者を、未来では『ミュータント』って言うんですよ。ミュータント専門の学校もあるんです」
「君、人間なの? さっき犯人を食べてなかった?」
「スピーディな事件解決だったでしょう?」
こいつ頭おかしくない?
……いや、でも助けてくれたしな。
自分を助けてくれたピッチリスーツのかわいい女の子についつい失礼なことを思ってしまって、反省する。
「悪い、まだ混乱してるみたいだ。ええと……」
「今、拘束を解きますね」
「ああ、助かる……」
孫娘(名前がわからないので、信じるかどうかはともかく、こう呼称するしかない)の腕がメタリックな軟体に変化して、俺の背後でゴソゴソやった。
ブチッ、という音がして、どうやら俺を拘束していた鎖だか手錠だかが引きちぎられたようだった。
後ろ手にされた俺の拘束を解くという都合上、女の子はとても近くまで俺に接近していたのだけれど、右手が軟体生物になる光景を見せつけられたせいでまったく甘酸っぱい精神状態にはなれなかった。
「おじいちゃん、あと、首の爆弾も改造しますね」
「そんなこともできるの? ……ん? 改造? 改造って言わなかった? 解除じゃなくて?」
「はい、できました」
首輪は外れなかった。
解除する意思はないらしい。
「おじいちゃん、私、おじいちゃんにお願いがあってこの時代に来たんです」
孫娘は人みたいな両腕を合わせて、ひざまずいたまま、祈るように俺を見上げた。
「今、未来では時空テロリストがいて、おじいちゃんに子孫を残させないよう、『確定事象の書き換え』を狙って暗躍してるんです。さっき私が逮捕から懲罰までスピーディにおこなった犯人も、そんなテロリストの一人でした」
未来の司法形態が気になる。
「そんなテロリストの活動のせいで、おじいちゃんの子孫である私たちの存在確率が怪しくなってきています。そこで、おじいちゃんには一刻も早く子孫を残してほしいんです。テロられる前に」
「テロられる」
「期限は二週間です。二週間以内に恋人を見つけてください」
「孫娘よ、よくお聞きなさい」
「はい?」
「二週間で相手を見つけられるような人間が、十七年間彼女なしなんてありえません」
そのミッションは俺にとって難易度の高いものだった。
さっきのテロリストさん(暫定)も、わざわざ襲いに来ないで放っておけば目標達成できたんじゃなかろうか。
「大丈夫です。おじいちゃんが恋人探し苦手でも、私には未来の技術と、数々の超法規的権限があります!」
孫娘は俺の対応を予想済みとばかりに大きな胸を叩いた。
ボディスーツはかなり硬質な素材らしく、胸が揺れたりはしない。
「だからおじいちゃんは、好みの見た目の女子を見つけて、私に報告してくれるだけでいいんですよ」
「そしたらどうなるの?」
「おじいちゃんの見つけた相手が、なんと、おじいちゃんのことを好きになります」
「……」
「未来の技術で!」
未来の人権意識が気になる。
「いやでもさ、孫娘さん……そういうの、よくないと思うんだ。君の時代の倫理がどうなっているかは知らないけど……女性は男性の道具じゃないし、男性だって女性の道具じゃないんだ。人は平等で自由なものだと、俺は思うんだよね」
「しかしおじいちゃん、おじいちゃんに恋人ができるかどうかは、多くのミュータントたちの生存にかかわってきます。おじいちゃんが子孫を残せないと、お母さんは生まれず、ミュータント技術はなくて、そして私も『いなかったこと』になってしまうんです。……これは、私の命……いえ、存在を懸けた戦いなんですよ」
「……うーん」
「それに、おじいちゃんの首輪も、二週間以内に彼女ができないと、爆発するんです」
「うーん?」
「さっきそういうふうに改造しました」
私は命を懸ける。
お前も命を懸けろ。
そういうことらしい。
「さあおじいちゃん、安心してください。未来の技術と私が、おじいちゃんの彼女作りを全力でサポートします。できた子供はいったん未来世界であずかって教育をしますから、おじいちゃんの役割は子孫を残すところまでです。ね、簡単でしょう?」
かくして二週間以内に彼女ができないと爆発死する人生が始まってしまった。
見た目が気に入った女性を孫娘に報告するだけでいいという非常に簡単な話なのだけれど、大きな問題が二つある。
一つはもちろん倫理観。
あともう一個でっかいのは――
孫の見た目がドストライクなところかな。
君は恋人候補にふくまれますか?




