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A 坊やは秋水を探して、ホテル内をあちこち歩いた。
大浴場に向かう廊下で、坊やは秋水に出会った。彼女は銀髪をざっくり片結びにして、ぶかぶかの浴衣に羽織を羽織っていた。「似合うサイズがなくて」と秋水は困った顔で笑った。
大浴場の前に、「貸し切り 千代浜伯爵御一行様」と注意書きが張り出されていた。久しぶりに一緒に入ろうか、と坊やは冗談っぽく言った。
秋水は恥ずかしそうに頷いた。坊やは引いている。「先、入っててください」と秋水は彼の背中を押して、大浴場の暖簾をくぐらせた。
バタフライで泳げるほど広いヒノキ風呂だった。正面の大きな窓から、夜の太平洋が見えた。坊やは肩まで浸かって、足を大きく伸ばし、風呂の縁に後頭部を預けて、気持ちよさそうに目を閉じた。
誰もいない脱衣場で、秋水はおずおずと浴衣を脱いだ。肌は透き通るように白く、体は華奢で全く肉が付いていなかった。下着は履いていなかった。彼女はタオルで前を隠して、戸に手をかけた。まだ男でも女でもない、中性的な背中だった。痩せた脇腹からうっすらアバラが浮き出ていて、お尻は少しだけ丸みを帯び始めていた。
戸が開く音がした。足音がして、シャワーの音がして、それから濡れた足音が近付いてきて、目を開けようとしたら、顔にタオルを掛けられた。湯に浸かる音がして、「取っていいですよ」と秋水の声がした。
タオルを取ると、頬を染めた秋水が隣に座っていた。湯に浸かった仄かな谷間は、もう薄紅色に染まっていた。
坊やは気位の高い妹にやんわり注意した。
無茶振りして、スベって、アハハ面白いねで終わる話なのに、突然負けず嫌いスイッチが入って、フルパワーで無茶振りをやり切る。スベって笑われたっていいじゃないか、馬鹿にする奴はお兄ちゃんが怒ってやる、と。
「ハァ……これ、一度しか言わないからよく聞いてください。
負けず嫌いじゃない。お兄ちゃんの事、初めて会った時から大大大大大好きだから、何だってしてあげたいんです。大好きだから、どんな事だって辛くない、恥ずかしくない。お兄ちゃんが思ってる以上に、僕はお兄ちゃんが大好きなんだからね?」
坊やは謝って、秋水の頭を撫でた。秋水は潤んだ目で、信頼しきった表情で尋ねた。
「今夜はお兄ちゃんのお布団で一緒に寝ていい?」
坊やが頷くと、秋水は嬉しそうに笑いかけた。




