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諸君、狂いたまえ   作者: カイザーソゼ
第9章 赤き血のイチゾク
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9-9

 シルバは「まだ家のローン残ってるのに」と頭を抱えた。秋水は「経歴から、激昂しやすい人物なのは分かっていました」と言って、水墨画をじっくり鑑賞し始めた。


「そのために怒らせたんですか。呆れたな。じゃ、坊やがどうこうっていうのも?」

「新憲法制定で忙しい人が、来るはずがないじゃないですか……」


 壁に、同じ題材を描いた二枚の絵が飾られていた。

 右の絵は、強さを感じさせる一枚だった。中央に聳える寒々とした冬の松と、その枝に止まった鷹。左右に大きな余白があるが、画面全体から気迫と集中力が迸っていて、むしろ息苦しささえ感じさせた。作者は少ない筆致と、墨の濃淡で立体感を表す伝統的な禅の画法を用いていた。その筆遣いには一切の迷いがなかった。本質を見極める研ぎ澄まされた目と、己を信じきる強い心の持ち主でなければ、決して引けない線だろうと思われた。

 左の一枚は別人の贋作だった。画法もそっくりだし、よく描けてはいるが、オリジナルが持っていた圧倒的気迫はこの絵の中に篭められていなかった。オリジナルは剣豪の斬撃のような筆遣いだったが、贋作はリストカット痕のような、躊躇いと自己否定しか感じられない筆遣いだった。


「内府が編纂した千寿帝紀は舞文曲筆がひどく、先帝の真実を伝えていません。史学会も当局の意向を忖度しています。一方、美術界では割合自由な議論が行われています。

 先帝は減筆体と没骨法を駆使する壱派流に師事していました。しかしそれだけには飽き足らず、独自の画風を開拓していったようです。特徴的なのはこの左右の余白。水墨画の世界では極めて珍しい構図とされています」

「確かに、上下左右に寄ってる画が多いかも。どっちもバカ殿が描いたんですか?」

「右は本物。これを見せられたら大抵の人は信じてしまうでしょうね。左は偽物です。筆に迷いがある。問題はこの本物、事件直前に描かれた可能性があるんです。先帝の最後の手紙は兄弟子に宛てたもので、鷹と松の良い絵が描けたので見て欲しい、でした」


 秋水は手帳と鉛筆で、簡単な長谷川の似顔絵を描いた。壱派流の筆法で、筆遣いはカミソリのように鋭かった。描き終わると、秋水は「長谷川を調べてください」とページを破ってシルバに手渡し、また皇帝の絵を眺めた。


「この画があの日現場にあったのなら、長谷川は事件の事を何か知っているかもしれない。もしかしたら、何らかの形で関与しているのかも。絶対逃がさない……」

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