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諸君、狂いたまえ   作者: カイザーソゼ
第9章 赤き血のイチゾク
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9-8

 二人は山崎の部屋に入った。中は和風に改装されてあった。一番大きな部屋には畳が敷かれていて、そこに桐紋の御簾が架けられていた。壁には松と鷹の水墨画が二幅飾られていた。「先帝陛下と皇女殿下の御製(作品)です」と山崎。

 部屋の隅に、スーツを着た菅原道真似の男が正座していた。「財団の長谷川さんです」と山崎。長谷川は古式ゆかしい座礼で挨拶した。

 床に座って挨拶する行為は座礼と呼ばれ、長らく正式な挨拶とされてきた。会釈、立礼は開国以降の新しい挨拶だった。皇女に会釈する男が、有職故実に詳しいだろうか?

 ただ、水墨画は俗世を超越した幽玄な筆致であり、先代皇帝の真筆のように見えた。しかしぱっと見ただけだけなので、詳しい事は分からなかった。

 四人は御簾の前に座った。シルバと山崎は互いに挨拶して、名刺を交換し合った。かつての土地転がしの怪人らしく、ビジネスマナーは心得ているようだった。

 話し合いの冒頭から、山崎は露骨にⅤIPの名前を出して、シルバに圧力をかけてきた。


「言われのない中傷に苦しめられています。しかしそれ以上に、支えてくれる方々がいます。稲生宮様。佐保侯爵夫人。神部伯爵様。中村造船の石場社長。隅田鉄鋼の近江会長。数え上げたらキリがない。皆様は殿下と財団に、輝ける道をお示しになられます」


 シルバは萎縮して声が裏返り、「あのー、あのーですね☆」と変な声を出してしまった。彼に代わって、秋水は堂々と質問した。


「被害届が多数出されています。結城時代は不可解な理由で捜査が止まった事も多々あったでしょう。ですが、今ここは千代浜伯爵領です。公正な捜査が最後まで行われます。捜査に協力してください。言われのない中傷を一緒に止めましょう」

「それは順序が違う。殿下が偽物だと、有りもしない誹謗中傷を流す連中をまず逮捕すべきなんだ。違いますか?」

「偽物であれば、逆にあなたが捕まります」

「千代浜伯爵の事は昔から知っている。私達は兄さん、坊やと呼び合う関係でね。魔王から逃げる船を手配してやったし、旗揚げ資金もくれてやった。私がちょっと電報を入れただけで、木っ端役人の首なんてすぐ飛ぶんですよ?」


 秋水はメモを書いて、相棒の刑事に渡した。


「これを千代浜市役所に電報で送ってください。今日中に伯爵が来ます」


 相棒は部屋を出ていった。秋水は言葉を続けた。


「あの方は信義公正を大切にしておれる。現場が『兄さん』の捜査に手心を加えないかと、大変心配してなさっているでしょう。伯爵本人が立ち会えば、忖度される心配もないですね」

「舐めんなメスガキ!ぶっ殺されてえか!」


 山崎は激昂して立ち上がった。長谷川は目配せして、彼の怒りを抑えた。


「・・・用があるので失礼する!ゆっくりなさってくださいっ!」


 山崎は足音を立てて退出した。長谷川は茶坊主特有の、足音を立てない歩き方で付いていった。

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