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王国の首都西陽は、森と複数の湖に囲まれた低湿地帯にあった。鉄道が十字に交わる陸上交通の要所で、各湖を繋ぐ水路で瀬戸内海大河とも通じていた。
街の郊外には、反射炉や武器工場、造船、紡績といった近代洋式工場群が建設されていた。今日は臨時休業で、いつも煙を吐いている灰色の煙突も大人しかった。
外郭旧市街には、瓦葺の木造家屋が建ち並んでいた。道は埃臭く、住民は着物に草履だった。時代から取り残されたような人々だったが、しかし忠誠心は非常に高く、どこの軒先にも王家の旗(竹に雀)が掲げられていた。
赤レンガと石畳の内郭新市街で、戦勝記念パレードが開かれていた。カラフルな紙吹雪が舞う中、凱旋部隊はハイカラな赤い大通りを行進した。和装、洋装の市民は王家の小旗を打ち振るい、万歳、万歳と連呼した。
新市街の中枢部に、二条城に似た平城があった。大名建築の古い木造家屋が多かったが、新築の本丸御殿はバロック様式(ベルサイユ宮殿や赤坂迎賓館のような建物)の白亜の宮殿だった。
王城の中心に建つ、赤坂迎賓館似の本丸御殿。その二階玉座の間から、礼服のフロックコートを着た田村佑国が出てきた。胸には多くの勲章が輝いていた。
廊下には立派な赤絨毯が敷かれていた。この絨毯は国王しか歩けないので、父は廊下の端を歩いた。前から、金髪の美しい人妻と、愛らしい洋ロリJSがやってきた。
人妻の方は、王子の妻の愛王太子妃。宝石のような貴婦人だった。国民は彼女の美しさを誇りに思っていた。王族の気品と、母の強さと、人妻の妖しさを併せ持つ、まさに傾国の美女だった。彼女は長い金髪を上品にフルアップして、しっとりと落ち着いたアフタヌーンドレスを着ていた。
JSの方は、王子の一人娘の五郎八王女。天使のような乙女だった。可憐な彼女は国民のアイドルだった。父からは気高さを、母からは美しさを受け継いだ、無敵の美少女プリンセスだった。彼女は長い金髪を可愛らしくお団子ハーフアップにして、甘ロリのキュートなミニドレスを着ていた。
父の妻は国王の妹だった。彼は王の義弟に当たり、愛や五郎八とも血が繋がっていた。父は愛に会釈した後、孫に接するように五郎八に話しかけた。
「ご機嫌麗しゅう、五郎八姫。今日オジジはお父様から(胸の勲章を見せて)こんなに沢山の勲章をいただきましたぞ」
五郎八姫は恥ずかしがって母の後ろに隠れた。「本当にこの子は」と愛は笑い、お付の女官や父も笑った。愛は父にお悔やみを述べた。
「叔父様、彼の事は本当に……」
「いや愛ちゃん、お気になさらず。あれも武門の子だ。命を以って王国に貢献出来た事、父として誇らしく思っている」
父は一旦別室に下がって休んだ。ゴブラン織のソファーセットが鎮座する、豪華な部屋である。彼はソファに座って、息子達が写った写真を眺めた。
ドアをノックして、礼服姿の王子が入ってきた。父は座ったまま会釈し、王子も軽く頷いて対面に座った。
「今回の事、大変に感謝しています。叔父上がいち早く支持を打ち出した事で、反乱を早期に鎮圧出来ました」
「兄は臆病で迷信深い男だった。鉄道を敷けば、白人が来て奴隷にされると最後まで信じていたよ」
「その懸念自体は間違っていません。今世界中で起こっている事です」
「この国の人間全てが、改革を熱烈に支持している訳ではない。恐れる者もいる。そういった人間をローラーで踏み潰すような急激な改革は、第二、第三の反乱を生むだけだ。藤次郎(王子)、急ぎすぎじゃないか?」
「ピサロは百七十人でインカ帝国を滅ぼしました。ピサロが何故勝てたのか、未だに分かっていません。実は現代のどんな数式を用いても、ピサロに勝ち目はないのです。仮にインカ帝国が全ての判断を間違えていたとしても、です。
叔父上、我々は十九世紀のインカ帝国ですよ。神に滅亡を約束された民族だ。神仏の定めに逆らう事を鬼と言うなら、俺は幾らでも鬼になりましょう」
「アメリカは内戦中だ。ヨーロッパは日本やシナを狙っている。欧米が本格的に侵略を始めるまで時間はある。焦る事は……」
「反乱軍の土地は全て天領とし、府県制を敷きます。武家や寺院の特権を奪って平民とし、等しく国防、納税の義務を負わせます。今後は全国に府県制を広げていきたい」
「そんな事をすれば、国中で反乱が起きるぞ。帝都の連中だって黙っていない」
「皇帝と言っても、元は別大陸からやってきた渡来人でしょう。この大陸の事は、青い血が流れる人間が決めるべきだ」
「お前は自分の不安のために戦っている。私欲を優先させる男に何が出来る。自分しか見えない男に、世界が変えられるものか!」
大竹と青服の近衛兵が部屋に押し入ってきた。大竹は片手を失っていた。
「ただ今、国王陛下が弑殺(殺害)されました。犯人は田村宰相閣下。複数の女官が証言してくれました。大逆罪(国王殺し)は裁判なしで即日処刑です」
近衛兵は父に銃を向けた。王子は立ち上がって言った。
「田村家は日本から来たそうですね。本当に血が赤いのか楽しみにしています」
二人は部屋を出て行った。王子は赤絨毯の真ん中を歩きながら、大竹に命じた。
「南北国境を厳重に警戒しろ。ただし、向こうが動くまで動くな。お前は北へ向かえ。俺は南が動く前に佑民を討つ。ところでその腕はどうした?」
「お腹空いたから食べちゃいました、エヘヘ」
「俺は我慢強い。一回目は許す。二回目は耐える。三回言ったらギロチンだぞ」