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同じ頃、坊やは一人、鬼怒川沿いを下っていた。限界に達した馬は徐々に遅くなり、やがて何をしても進まなくなった。坊やは馬を降りて歩いた。
川岸に川蒸気船が碇泊していた。船の手前には、うつ伏せの死体が数十体遺棄されていた。全員目立たない格好をしており、頭には頭巾を被っていた。船で逃げようとした所を、背後から打ち倒されたようだった。この死体はおそらく、反乱軍幹部のものだろう。
大竹が一人で死体を漁っていた。彼以外、この場で動いている者はいなかった。武器は何も持っていなかった。
死体の中に、古い直刀を差した者がいた。反乱の首謀者、田村正貫の死体だった。剣は鎖とお札でグルグル巻きにされていた。長い間、誰もこの剣を抜いた事がないようだった。
大竹は右手で剣の鞘に触れた。彼の右腕は風船状に弾け飛んで、人間とは違う黒い血を撒き散らせた。大竹は小指をタンスの角にぶつけたような顔で、ひたすら激痛に耐えた。剣に巻き付けられた鎖やお札は、赤く燃え上がって消滅した。
坊やは後ずさった。彼の後ろから、秋水が派遣した騎兵隊が追ってきた。大竹は蹄の音がする方をゆっくりと見た。
大竹の傷口から黒血が吹き出した。血は人型の分身数十体となって、騎兵隊に襲いかかった。
騎兵隊はサーベルを抜刀した。血分身は飛んだり跳ねたりしながら接近した。騎兵隊はその動きに翻弄されて、あっちを見たりこっちを見たりした。血分身は死角から体当たりして、騎兵を馬ごと川に叩き落とした。川から黒い腕が何百本も伸びてきて、溺れる兵士にピラニアの如く群がり、川底へ引きずり込んでいった。
騎兵隊はピストルを打った。血分身は玉(が貫通した際)の熱で燃え上がり、炎の分身となって体当たりしてきた。騎兵隊は炎上して川に落とされた。黒い水は一気に燃え上がり、赤い炎が流れる川となった。
騎兵隊は壊滅した。川の火が船に燃え移って、蒸気船が明々と燃え出した。大竹は燃える船を眺めて言った。
「伝統伝統言ってるくせに、こんなハイカラなもん隠し持ってるんだから。嫌だなあ、政治家って。お坊ちゃま、悪いですがソハヤを持っていただけませんか。僕が触ると(右袖を振って)こうなっちゃいますのでね、ハハ」
坊やは正貫の死体からソハヤを取り上げた。重くも軽くもなく、触れても爆発しない。ごく普通の剣だった。
「目を瞑ってください」と大竹。坊やは目を瞑った。
大竹は左手でナックルパートの態勢に構えた。左腕の皮を破って、大量の筋繊維が飛び出してきた。無数の筋繊維は、蒸気船より大きな左腕の形に変形した。皮膚はないので筋肉が剥き出しだった。
川面を埋め尽くす炎が、一つ残らず筋肉腕に(磁石に引き寄せられる砂鉄のように)吸い寄せられていった。川面はまた元の黒い川に戻っていった。筋肉腕は炎の皮膚をまとって、火山のような巨大腕に変貌した。
「思考の死角からの攻撃。ここを突かれると、どんな敵でも容易く崩れる。怖いでしょ?でもね、僕らはこれ以上の恐怖をずっと味わってきたんだ」
A 目を開く
B 目を開かない
↓
A 坊やは目を見開いて、青く輝く光の剣を抜いた。彼の瞳は赤くなっていた。光の剣の刀身には、「朱雉二年 約」という黒い字が小さく刻まれていた。
川からスカイツリーほど大きな腕が飛び出してきて、大竹に正拳突きを打ち込んだ。大竹は森の中ほどまで吹っ飛ばされた。木々は薙ぎ倒されて土埃が舞い上がり、緑の森に茶色い直線が一本刻まれた。
大竹はすぐ立ち上がって、全身黒血まみれの姿で駆け出した。スカイツリー腕は坊やを掴むと、水中に引きずり込んで消滅した。