5-9
ピアースとゆるパパは、庭に面した本丸御殿の廊下を歩いていた。天守閣の屋根から、何かが飛び出す様子が見えた。ゆるパパは足を止めたが、「観光してる暇はありませんよ」とピアースは急かした。
「にしても、西海岸一の寝業師がこんな簡単に捕まるもんですか?」
「投獄しても信念を曲げなかった正義の政治家。いいキャッチフレーズでしょ」
庭を挟んだ対面の廊下を、執政と護衛が慌てて移動していた。ピアースは「その男は主君殺しの極悪人だ!早く逮捕しろ!」と叫んだ。護衛はどうすればいいのかと、互いの顔を見合わせた。執政は忌々しげに舌打ちした。ピアースはかつての主に言った。
「執政として最後まで誇り高くあってください。あなたの無謀な命令で死んだ兵士を、これ以上辱めないでください」
「お前は勝った後を考えているか?南のハゲワシが指を咥えて眺めているのは、喪中の国に兵を向けられないからだ。勝てば千代浜と王国は無関係になる。明日にもハゲワシの装甲艦隊が押し寄せてくるぞ。どうする?お前に止められるのか?」
護衛は迷った挙句、執政に銃を向けた。「主に銃を向けるか!?」と執政は怒鳴った。「我々の主は千代浜市民だ。あなたではない」とピアース。執政は反論した。
「私は千代浜のために最善を尽くした!つまらない男にも頭を下げて、汚い金を配って回った!全て千代浜のためだった!人を殺せば毎月給料がもらえるお前には分からんだろう!今私を失えば、この街は滅びるぞ!」
大きな地鳴りがして、足元が揺れた。本丸御殿の頭上を、巨大な蛇腹が横切っていった。
上半分が女の巨人、下半分がアナコンダ。蛇巨人はその巨体で天守閣を七巻きして、咆哮を上げた。
通りを固めていた兵士は、呆然とした表情になった。馬は恐れて泣き喚いた。化け物の叫び声を聞いて、市民が家から出てきた。市民と兵士は、変わり果てた城を一緒に眺めた。火を吐く巨大な蛇女が、千代浜のシンボルとして長年愛されてきた城にグルグルと巻き付いて、邪悪な声で鳴いていた。人々の目から、自然に涙が溢れてきた。
本丸御殿のピアースは、執政に求めた。
「そう言うなら、あれを止めてください。あの蛇と話し合ってください」
「知らないぞ私は……何だあれ。あれが神仏の力なのか?ただの化け物じゃないか」
「こうなったのはあなたの責任だ!徹頭徹尾、全てあなたが招いた事だ!」
蛇巨人は屋根の穴に口を付けて、大量の炎を流し込んだ。天守閣は炎上して、各階の窓から炎が吹き出した。
「私が話す」とゆるパパが言った。ピアースが怒鳴った。
「馬鹿な事言ってんじゃないですよ!そんなに名声が欲しいですか!?」
「あれはテリーだよ……美人で賢くて、自分にも他人にも厳しくて誤解されるけど、誰よりも優しい自慢の娘だ。あれでも化け物でもない。俺の娘だよ!世界一可愛いうちの娘なんだよ!」
蛇巨人は炎を止めて、本丸御殿を一瞬見つめた。
天守閣内部から黒稲妻が発射された。開いた穴から、坊やと先生は外に脱出した。蛇巨人は口惜しそうに叫んだ。天守閣は炎上して崩れ落ちた。




