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翌早朝、まだ暗い内に、坊や、秋水率いる先遣騎兵隊は宿場町を出発した。
部隊は街道から郊外の田園地帯に入り、そこから鮎が泳ぐ清流を渡り、青々と広い草原を横切って、なだらかな丘を越え、昼過ぎに不気味な森に到着した。
豆の木が密生していた。農家が栽培しているヒョロ長い木ではなくて、それこそジャックと豆の木に出てくるような、雄々しい木だった。ツルは何重にも絡まって頭上を覆い、複雑に隆起した幹は苦しみ叫ぶ人間の顔に見えた。実った豆は青色で毒々しく、そこにドクロの文様の蛾が群がっていた。
部隊は慎重に森に分け入った。昼でも辺りは薄暗く、赤く光る目の動物が木陰から様子を窺っていた。秋水は少し冗談を言って周りを和ませた後、坊やに尋ねた。
「昨日は大変でしたね。あの後、頭を冷まそうともう一度お風呂に行ったんです。そうしたら、受付の男性に結婚を申し込まれました。男ですって言ったのに、構わん、だって。今年に入って九人目ですよ?男女合わせて。
坊ちゃまは昨日の話を信じますか?御初代様が鬼を懲らしめたという」
A「大昔に巨人族がいたのは間違いない。だが信じていいのはそこまでだ」
B「同じヒーローの血がこの体に流れている」
C「鬼って勝手におっぱい触ったら怒りそう」
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A「ですよね。昔に滅んで骨だけが残った。恐竜みたいなものでしょう?」
B「ヒーローは血ではなく信念です。強い心を持って行動する内に、自然とそう呼ばれるもの、だと思います」
C「皆怒りますっ!」
奥へ進む内に臭気が漂うようになった。馬は先に進みたくないと首を振り、部隊はそれを何とかなだめて進んだ。
「大昔、この大陸は鬼に支配されていました。御初代様はお釈迦様から授かった剣で鬼を懲らしめ、大陸に平和を取り戻しました。鬼は御初代様とその子孫に力を貸す事、二度と人間の地を侵さない事を約束して、川向こうに去っていったそうです」
夜、部隊は鬼除けの豆の森を抜けて、鬼怒川のほとりに到着した。
粘着質の黒い液体が流れていた。川幅は広く、霞ケ浦レベルだった。流れは遅く、ほとんど止まって見えた。川面に落ちた様々な物(鳥や兎、熊やピューマ、不法投棄された粗大ゴミ等々)が、まるでチョコレートフォンデュされたような姿で静止していた。
「鬼の血と言われています。アメリカではこれが地面から吹き出しているそうですよ」
対岸には巨大な鬼の骨が散乱していた。頭蓋骨や肋骨等で出来た白い森に遮られて、向こう側の様子は見えなかった。時折、対岸から川風に乗って、お経を唱えるような音が聞こえてきた。
「大陸に変革の風が吹いています。新しい世が始まろうとしている。変化に直面した時、ともすれば人は目を開くより、瞑る事を選ぶ。坊ちゃまは、敢えて目を開く事を選びますか?それとも、目を瞑って嵐が過ぎ去るのを待ちますか?」