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茜色の夕日が川を染めていた。湾内は静かで、波の音だけが聞こえていた。当番水兵は船上で釣りをしたり、将棋を打ったり。平和そのものの湾内に、戦闘態勢の旧式艦が突入してきた。
老人達は鬨の声を上げた。それだけで、敵の大半は川に飛び込んだ。しかし一部の敵は踏み止まって、戦闘準備を始めた。
敵は湾の入り口に装甲艦、中ほどにフリゲートや輸送艦、埠頭にコルベットや小型輸送艦という並びだった。まず、入口の装甲艦が標的となった。
旧式艦は装甲艦の左後方から接近した。装甲艦はロケット弾を打ってきた。最初の一発は旧式艦の右脇をかすめ、次の二発は手前の川面に突き刺さり、最後の三発は(三つある内一番前の)帆を打ち抜いた。旧式艦の帆は瞬く間に炎上して、その火はマストにも燃え移った。
坊やは全身を鬼の筋肉で覆った。彼の体中から、皮膚を突き破って、鬼の筋繊維がカイワレ大根状に生えてきた。彼の体は大量の筋繊維に覆われていった。やがて坊やは全身筋肉の、皮を引ん剥いたゴリラのような姿になった(皮膚はなく、ムキムキの筋肉が剥き出しになっていた)。
かゆうま坊やは燃えるマストの根元に抱き付いて、力一杯へし折った。
敵はまたロケット弾を打ってきた。坊やは折れたマストをフルスイングで振り抜いた。炎の巨大バットはロケット弾を打ち返した。ロケット弾はピッチャー返しの軌道で装甲艦に命中したが、鉄の装甲はびくともしなかった。
敵はロケット弾を連射してきた。坊やはよく引き付けてから、放り投げフルスイングで全弾打ち返した。ロケット弾と放り投げられたバットが、フライ軌道で装甲艦近くに落下して、大きな水柱を立ち上げた。敵はびしょ濡れになって、ロケットが打てなくなった。
旧式艦は装甲艦の左舷に横付けした。「ヒャッハー!」身軽な老人はロープを使ってスパイダーマンのように、「ヒャッハー!」本隊は戸板を渡してジャックスパロウのように、「ヒャッハーーーーー!」右手にサーベル、左手に火炎瓶を手にした世紀末老人達は、敵船に乗り移って抜刀切り込みを仕掛けた。
敵はサーベルを抜刀して円型陣を組んだ。老人達は火炎瓶を投げ込んで敵集団を分断し、一人になった所を複数で取り囲んで突きに行った。新撰組ばりの多対一戦法である。
「ショボい喧嘩してんじゃねえぞジジイ!」
「武士らしく堂々と戦え!千代浜に男はいないのか!?」
敵は抗議したが、メーターの振り切れた老人達は狂ったように叫ぶばかりだった。
「ヒャッハーーーー!」
「囲んで殺せええええ!」
秋水はセーラー服に二丁拳銃を手にして、乗っ取り部隊を指揮していた。今の所、戦況は有利に進んでいた。
秋水は戦場全体を眺めた。湾の中央に錨泊していたフリゲート艦は、空砲を発射して他艦に奇襲を知らせた。湾中央~湾奥に錨泊した輸送艦と、湾最奥の埠頭に接岸したコルベット艦は錨を上げた。秋水は旧式艦に残った坊やと提督に叫んだ。
「この船は僕が仕留めます!坊ちゃまは次の船に向かってください!」
旧式艦は再び動き始めた。中央にいた敵フリゲート艦は反転して、旧式艦に向き合った。正面からノーガードで打ち合う構えである。
旧式艦はフリゲート艦の左前方から接近した。フリゲート艦は新型の大口径施条砲、いわゆる「アームストロング砲」を打ってきた。
砲弾は旧式艦の(二番目、三番目の)マスト二本に命中した。マストは炎上して折れ曲がり、甲板に向かって落ちてきた。坊やはかゆうま両腕をゴムのように伸ばして、落ちてくるマスト二本を受け止めた。揺れ動く甲板に、マストの火の粉が降り注いだ。
フリゲート艦はまた大砲を打ってきた。砲弾は前部甲板に命中し、船の前半分が爆発炎上した。提督は舵輪(船を動かすハンドル)を握った。
「ああ、いい雨だ!坊や、船動かせ!ケツにエグい一発ぶちこんでやる!」
坊やは伸びた両腕を蒸気船の外輪(船の両側に付いた水車。蒸気の力で回して進む)のように振り回した。旧式帆船は折れたマストを外輪として、高速で突き進んだ。
フリゲート艦が大砲を連射してきた。旧式艦は右に左に素早く砲弾をかわした。砲弾は川に落ちて、複数の水柱を立ち上げた。
「どうした遅ぇぞ!ハエ取り紙でも吊るしとくか!?お前ならピタっとくっつくぜ!」
提督は舵輪を目一杯回した。
フリゲート艦は大砲を全力発射した。旧式艦は高速左大カーブで全弾かわしきり、そのまま背後に回り込んで、左後方からフリゲート艦に体当たりした。
敵は衝撃で尻餅を付いた。辺りは木屑や黒煙で濛々となった。ボロボロの旧式艦から、皮を引ん剥いたゴリラが一匹、続いて肩パット老人軍団が飛び降りてきた。
「ヒャッハーーーーーー!」
敵水兵は恐れて川に飛び込んだ。将官は「逃げるな!」と押し止めたが、水兵の逃亡は止まらなかった。最後には将官も飛び込んだ。少数の勇気ある敵だけが残り、決死の覚悟でモヒカンジジイ共に立ち向かった。
湾奥のコルベット艦が大砲を打ってきた。砲弾はフリゲート艦の手前に着水した。コルベット艦は敵味方問わず打ってきた。砲弾は二隻の周辺に降り注いで、多くの水柱を立ち上げた。残った敵が叫んだ。
「俺達はここにいます!打たないで!」
「味方も打つのかよ!?止めてくれ!まだ戦ってるんだ!」
提督は味方殺しの軍艦を眺めながら、坊やに指示した。
「ひでえ奴だな。顔もひでえんだろうな、好きな子の家に放火する顔だよ。おう、行けるな?」
坊やは頷いた。
坊やの両足が電気自動車ぐらい膨れ上がった。彼は大きくジャンプした。坊やは一番近くの輸送艦に飛び移り、そしてまた大ジャンプした。坊やはまた一番近くの輸送艦に飛び移り、そしてまた……夕暮れの空の下、坊やは義経の八艘飛びで湾奥に飛んでいった。
坊やは最後の輸送艦に飛び移り、そして一際高くジャンプした。真下の埠頭に、味方殺しのコルベット艦が浮かんでいた。
坊やは右腕を振り上げた。その手が路線バスぐらい膨れ上がった。坊やはバス腕でコルベット艦を瓦割りのように叩き割った。と同時に(複数同時召喚が出来ないので)かゆうまモードを解除して、コルベット艦の破断面に大きな鬼の口を作った。敵はⅤ字に割れた甲板を滑り落ちていき、鬼の口に残らず食われた。




