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諸君、狂いたまえ   作者: カイザーソゼ
第1章 革命の魔王
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1-2

 赤ムカデの旗を掲げた田村佑国軍は、反乱軍の本拠地を目指して東進した。

 反乱軍の収める土地は、昔ながらの穀倉地帯だった。田畑は広く、アメリカの大農場のようだった。その広い土地を、機械を使わず人力で耕していた。畑の端に、肥料用の小鬼の頭蓋骨が山のように積み上げられていた。

 どの道も未舗装だった。雨になるとぬかるみ、晴れれば土埃が舞った。建物は瓦葺きの木造家屋で、住民はちょんまげに着物だった。彼らは敵意剥き出しの視線を田村軍にぶつけてきた。寺はあるが、教会はなかった(焼き討ちを受けた教会跡はあった)。何が埋まっているのか分からない「畜生塚」と刻まれた石碑が、あちこちに建っていた。

 住民は日本的な生活を送っていたが、自然は島国日本では見られないほど雄大だった。軽トラほど幹が太く、二十階建てビルほど高い広葉樹が、鬱蒼とした森を作っていた。瀬戸内海ぐらい大きな川が流れていた。大きな足跡の形の湖や、巨大な手が引っ掻いて出来た谷があった。北海道にもないような、見渡す限りの広い田畑なのに、女性しか出ていない村もあった。働き手を兵隊に取られてしまったのだろう。

 田村軍の一日の移動速度は十五キロだった。これはヨーロッパ各国軍の平均レベルである。足の遅い輸送部隊を連れて歩けば、どこの国でも大体これくらいの速さになった。田村軍の輸送部隊は、戦闘部隊の倍いた。彼らは戦闘部隊の後をのんびり歩いて付いてきた。

 坊やと秋水率いる斥候隊は、田村軍本隊に先行して街に乗り込み、逃げ出す住民をなだめて、食料や寝所を手配した。大体いつも米と漬物を食べ、寺の境内で寝る事になった。輸送の人手が足りない時は、馬車や牛車ごと現地住民を借り上げた。働き手を取られた地域は概して田村軍に好意的で、食事には鶏肉と地酒が付いた。

 その日、田村軍は街道の宿場町に泊まった。兵隊は寺に、幹部は一般的な宿に、田村親子は総ヒノキ造りの立派な陣屋に停泊した。

 坊やは風呂に入ってから、浴衣に着替えて、立派な書院造りの部屋に入った。風呂にいる間に、豪製な船盛とフルーツ盛り合わせが用意されていた。

 部屋で秋水は一人、地図を開いて行軍計画をチェックしていた。彼も風呂から上がったばかりだった。髪は艶やかに濡れて、透き通るような肌は赤に染まっていた。


 A「二人で終わらせよう」

 B「居心地の悪い国だ」

 C「先に食べるぞ」

 ↓

 A 秋水は疲れた顔で丁重に断った。


「いえ、これは僕の仕事です。どうぞ先に召し上がってください」


 B 秋水は黙々と作業を続けた。


「この国は変化を恐れています。ですが目を瞑っても、世界は止まってくれません。変わらないためには、変わらなければいけない」


 C「ええ、どうぞ」と秋水は答えた。 坊やはスイカを志村けんのように早食いした。秋水は笑いかけたが、口を大きく開けて堪えた。坊やはクチャクチャ言いながら、赤くなった口元を丁寧にナプキンで拭いて、またシムケン食いした。秋水は楽しそうに笑って、ようやく作業を止めてくれた。


 父と兄がやってきた。坊や達は正座して二人を迎えた。二人は上座に座った。

 誰かが戸をノックした。「人は通すなと言ったはずだが?」と父。「大竹です、宰相閣下」とノックの主。秋水は戸を開けた。

 褐色の美青年僧侶、大竹丸が、廊下に両手を付いて頭を下げていた。

 悪羅悪羅オラオラ系のイケメン坊主である。蜘蛛のレザーアートを入れた銀髪の坊主頭。エグザイル風に整えた眉。赤いカラコンを入れた瞳。肌は小麦色に焼いて、爪にはマニキュアを塗り、腰にはキラキラにデコった赤瓢箪を吊るしていた。

 味方は王子軍、田村軍の二手に分かれて敵本拠地に侵攻していた。大竹は王子軍の軍師だった。彼は頭を下げたまま、緊急の用件を伝えた。


「お久しぶりです。時間がないので虚礼は省きます。現在、王子殿下の軍は既に木の芽峠を越えて、芳根城を包囲しております」


 秋水は王子軍の行軍スピードに驚いた。田村軍は計画通り十五キロで移動していたが、王子軍は一日六十キロ移動していた。これは秀吉の中国大返しと同じスピードである。

 兄は田村家の立場を弁護した。


「同族相手に手を抜いていると殿下が思っていらっしゃるなら、それはお考え違いというものです。我々は計画通りに進んでいます」


「いやいや、そんな事は」と大竹はすぐ否定した。父は苦言を呈した。


「過度な強行軍は作戦全体を危険に晒しかねない。正貫(反乱軍の大将)が全軍を王子にぶつけていたらどうなった?」

「優柔不断な男ですから、どちらにも主力をぶつける事が出来ずに、千波(敵の本拠地)に引き篭もっています。騎兵隊を割いて送っていただきたい」

「騎兵だけでいいのか?大砲は?」

「いいえ、千波陥落後の治安維持要員として、です。殿下の軍だけで人口二十万都市は管理出来ません。無理を承知でどうかお願いします」


 大竹が去ると、父は苛立たしげに酒盃を呷った。兄は弟達に命じた。


「俺は武士だ、警察じゃない。千波にはお前達が行ってこい。今から休みなく馬を走らせれば追い付ける、可能性はある」


 父は急ピッチで飲みながら言った。


「追い付くだけでは駄目だ。正貫に逃げられる。あれは優柔不断だが逃げ足は速い」


 兄は「古い剣一本に何を」という顔をした。そんな息子を、父はたしなめた。


「御初代様はソハヤをお振るいになって、邪悪な鬼を川向こうに封印なされた。ソハヤが失われたら、奴らがまたやってくる。彼の剣を守る事が、我が一族の任務と知れ」

「それは分かっております。戦後統治から見てもソハヤは必要です。迷信深い住民は、我らを王家に与した裏切り者ではなく、一族の正当な当主と考えるでしょう」


 秋水は地図を指し示した。


「鬼除けの森を抜けて、鬼怒川沿いを南下します。上手く行けば先に到着出来ます」

「今夜中に時世の句を書いておけ。心残りがないように。鬼とは言え、良い物があれば迷わず吸収しなさい」


 迷信を信じる父を見て、兄もここで酒に手を付けた。

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