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川を下るにつれて、両岸の風景は緑から白に変わっていった。水田や森に代わって、綿花畑の一大プランテーションが広がっていく。
麻は着心地が悪いが、硬いので洗濯しても破れない。絹は着心地はいいが、柔らかいのですぐ破ける。木綿は着心地がよく、また洗濯しても破れない。防寒に優れ、夏でも涼しい。そして安い。木綿は人類の衛生環境を劇的に向上させた(病気が減り、寿命が増えた)。産業革命によって人口爆発が始まると、木綿は国際貿易の主力商品となった。世界中で綿花が栽培された。
木綿には種と繊維が絡まって取りにくいタイプと、簡単に取れるタイプの二種類がある。便利なのは簡単なタイプだが、これは世界中でインドとアメリカ南部、そしてムー大陸西部でしか栽培出来ない。このため、三カ国の木綿が世界市場を荒らし回る事になった。
(そのインドはイギリスの植民地となり、苛酷な収奪を受けていた。アメリカは辛くも独立を果たしたが、原料をイギリスに輸出し、加工はイギリスの現地工場が行う不安定な貿易を続けていた。二国の現状は、王子の認識に深い影響を与えていた)
まさに金のなる白い木が、川沿いの大地を覆い尽くしていた。畑では、様々な人種が分け隔てなく働いていた。彼らは一緒に汗を流し、笑って同じ飯を食べた。農村にはアパートが建ち、鉄道が敷かれた。街には蒸気動力の工場が建設され、港が整備された。綿は腐らないので、低速帆船でも構わない。川を行く船は憎たらしいほど遅かった。
川を挟んで北岸が王国領、南岸が結城領である。北は鉄道が発達しており、線路があらゆる方向に張り巡らされていた。南は船が中心で、蒸気船用の大型商用港が各地に整備されていた。蒸気船は早いが燃費が悪く、定期的に水と石炭を補給しないといけない。大きな港には、給水タンクと石炭ヤードが設置されてあった。
北岸の大きな港で、例の蒸気艦隊六隻が羽を休めていた。
大河の河口北岸に、西海岸最大の都市千代浜があった。街の水上入口に、検問所が設置されていた。警備員は老人ばかりで数も少なく、武器は警棒一本だった。彼らはどんな船が来ても無条件で通すので、自動ドアと変わらなかった。
街へ入る船の中に、小型クルーザーの姿があった。その甲板で、白ヒゲの老軍人、バリーネビルがくつろいでいた。
サンタクロースのような老人である。ふくよかなお顔に、丸々とした体。ヒゲは長いが、頭はハゲている。ヘミングウェイ風ファッション(パナマ帽+ボーダーシャツ+ハーフパンツ)に身を包んでいた。
老人を見て、警備員は「よう、提督!」と声をかけた。提督は気安く応えた。
「まだ生きてやがったのか!今穴掘ってやるから入れ!」
「何だこのジジイ、頭に鏡餅載せやがって」
「随分寂しい番所だなあ。姥捨て山かい?」
「若けえのはみ~んな出て行きやがった。俺も後半年若かったら脱走してたね。パーテー終わったらこっちにも来いよ。ああ愚痴りてえ」
二人は笑って別れた。検問所を通過した後、提督は「おう、いいぜ」と呼びかけた。船内から坊や達三人が出てきた。
クルーザーは広い大河から、細い水路に入っていった。
千代浜はコロニアル様式(岩崎邸とかグラバー邸とか、函館公会堂のような建物)の国際貿易都市である。神戸の外人居留地を神戸全体に拡大させたような街だった。
商店には南米産のビキューナ生地から、ロシア産のキャビアまで、世界各地の品が並んでいた。道行く人も国際色豊かで、様々な言語が飛び交っていた。どこに行っても大勢の人がいた。話題のクレープ屋、定番の遊園地、コアラが可愛い動物園。提督は有名人だった。軍人は敬礼し、市民は手を振った。提督も笑顔で応えた。赤レンガ倉庫が建ち並ぶ巨大商業港には、各国の国旗を掲げた蒸気船が停泊していた。街に壁はなかったが、台場は複数あって、長砲身カノン砲が海に向けられていた。
賑わう街や商業港に比べて、軍港は異常状態だった。広い埠頭に、亘理家の旗(月に星)を掲げた輸送船が二隻接岸していた。軍艦はゼロだった。水兵は少年ばかりで、体が細かった。体の出来上がった大人の陸軍兵が、軍港を監視していた。
千代浜海軍は反乱を起こして、沖の島に脱走した。今いるのは急いで卒業させた少年水兵と、反乱軍が置いていった非武装の古い輸送船だけだった。
「この街は、魔王とハゲワシから目付けられてんのさ」と提督は言った。
「ハゲワシから身を守るには、魔王に降伏しなきゃならん。街は不自由になる。魔王から身を守るには、ハゲワシに降伏しなきゃならん。街は貧乏になる。市民は不自由にも貧乏にもなりたくなくて、両方から身を守ろうとしてる。だから両方から攻められて、この街は滅ぶ。有権者が滅びの道を選ぶなら、軍人に止める権利はない」
A「軍人も有権者の一人だ」
B「どちらからも守る道は?」
C「もう駄目だこの国から逃げよう……」
↓
A「ああ言えばこう言う。親父に似てやがんな。干からびた海苔みてえな面しやがって」
B「軍艦がねえのに、どうやって守るんだい?ああ、一隻だけあったな」
C「勝って幕府の役人知ってっから、そん時ゃ紹介状書いてやる。まあ娘婿が色々やってるから、江戸に行く前に会ってみてくれや」
海から生温かい風が流れてきた。提督は空を見上げた。抜けるような青空である。
「夕方から大嵐だ。鬼ギャル、男共からエロ目線で見られたくなきゃカッパ買っとけよ」
「誰がギャルよ。泣いた赤鬼って話知ってる?あの青鬼のモデル私だよ?」