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瀬戸内海のような大きな川を、大小の船舶が航行していた。
大河は北の山脈地帯に発して、肥沃な大陸を巡り、西の太平洋に注いでいた。気候は温暖で水は穏やか。川面には数多の小島が浮かんでいた。川沿いは広大な平地で、田畑か森のどちらかだった。行き交う船は国際色豊かで、中国のジャンク船もあれば、日本の和船もあり、スペイン植民地のガレオン船もあった。蒸気船もあったが数は少なく、まだ帆船が主流だった。
蒸気動力のフェリー船が川を下っていた。乗客のほとんどはデッキに出て、煙を吐く煙突や、水を掻き出す外輪を珍しそうに見物していた。
船内は静かだった。客室も、食堂も、廊下もほとんど無人だった。
遊戯室前の廊下の掲示板に、手配犯の顔写真と罪状が張り出されてあった。殺人、強殺といった恐ろしい顔の凶悪犯が並ぶ中に、「国王陛下弑逆事件」の坊やの顔や、「皇女殿下成りすまし事件」の何とも雅な平安美人顔が混じっていた。
ビリヤード台が並んだ遊戯室で、坊や達三人は今後の方針を話し合った。坊やはニット帽で変装していた。
秋水は地味なジャージを着て、坊やの隣に姿勢正しく座っていた。純朴な田舎の美少女JCといった印象である。真面目な眼鏡をかけて、黒髪をツインテールに結って、前髪を兎の可愛いヘアピンで分けていた。
先生は九頭身のエロボディを引き立てるベアトップ+ホットパンツ姿で、花のヘッドドレスで銀髪を飾り、手足の爪をキラキラにデコっていた。綺麗でエッチで華やかで、ともかく目立つS級黒ギャルだった。彼女は小麦色の長い足をセクシーに組んで、ビリヤード台に腰掛けていた。
A「ここに来る前に何回声かけられた?」
B「鬼は鬼でも鬼ギャルだ」
C「足がエロいな」
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A「私が男にナンパされて、秋水が男と女にナンパされる。君は目立たなない。木を森に隠す作戦、大成功だったね」
B「誰がギャルよ。私の好きな食べ物知ってる?鬼まんじゅうだよ?」
C「足にエロスを感じた時が、脳の老化が始まった時よ。森羅万象をエッチな目で見てるから、頭が早々に腐ってきたんじゃない?」
秋水は頭を抱えた。「ともかく」と先生は鬼側の事情を説明した。
「出島のような所、私達の国にもあるの。だから大体の事は知っている。
十五年前に開国した後、君達の国は二つに分裂した。鎖国を解いた前の皇帝は暗殺された。半年に一度、大陸のどこかで戦争が起きるようになった。
私達の国は変わらなかった。改革派は逮捕された。あいつが属していたのは最もラディカル(急進的)なグループでね。剣の破壊と積極的な対外進出を唱えて、以前から鬼怒川を密かに越えて人間世界に干渉していた、らしい。取り調べに完全黙秘したから全容は分からない。
あいつは牢の中でもどんどん支持者を増やしていった。最後には所長まで取り込んで、表から堂々と出て行った。上はあいつを殺すために、私をこちらに送り込んだ」
先生はお守りと赤瓢箪を見せた。
「川を越えると、鬼の体は豆に化ける。田村俊宗の呪いでね。豆になって食べられた鬼婆の話あるでしょ?あれ、ほぼほぼ実話だから。俊宗の呪いは、俊宗の遺骨で跳ね返せる。これ(お守り)には俊宗の歯が入っている。鬼の国にあるのはこれ一つだけ。あいつはどこかで俊宗の墓を発見したのよ。じゃなきゃ、今頃鬼怒川の豆の木になってる。
こっちの瓢箪で鬼を封印出来る。でもそれだけ。鬼はヒヒイロカネでしか殺せない」
先生は改めて坊やに頼んだ。
「だから、君にあいつを殺してもらいたい。あいつは慎重で用心深い。これからは人間を使って倒しに来るでしょう。私の理想は、勝てるまで山奥で修行する事」
「僕の願いは犯人にされた父と、殺された兄の汚名を晴らす事です。本当の犯人は分かっています。王国の中枢にいる彼らを裁くために、王国の背骨をへし折る。
魔王は五年で大陸を統一すると言い切りました。山に篭もっていれば、差は離れる一方です。先生、王国の拡大阻止にどうか力をお貸しください。大竹伯爵が王国内で確固たる地位を占めるのを阻止出来れば、殺害も容易になるはずです」
「山篭りしたら、こっちより向こうが強くなっちゃうか……(人間社会への)関与は必要最小限に留めろと指示が出ているから、対人戦はこちらの裁量内で動く。君は?」
A「家族の名誉のために戦う」
B「魔王の野望を挫く」
C「二人の願いを叶える」
秋水は強い表情で、先生は優しい表情で頷いた。秋水はこれからの作戦を説明した。
「千代浜に手紙を送りました。受け入れてくるかは未知数ですが、もし駄目でも、港から海外に脱出出来ます。千代浜に向かいましょう」
「西海岸最大の都市ね。独立の気風が強い。国王にも散々歯向かってきた」
「はい。領主の亘理伯爵は坊ちゃまの縁戚に当たります。きっと……」
汽笛を鳴らして、単縦陣(縦一列の陣形)の蒸気艦隊がフェリー船を追い抜いていった。計六隻。後方の三隻は非武装の輸送船で、前方の三隻は戦闘艦だった。高速、軽武装の小型コルベット艦。最新の大口径施条砲を搭載した中型フリゲート艦。そして高火力、重装甲の大型装甲艦。全身を鉄で覆われた真っ黒な装甲艦は、艦隊の中でも異様な存在だった。フェリー船の横を、黒鉄の戦艦が川の主の如く悠然と横切っていく。甲板の客は喝采を上げた。
三人は窓から様子を窺った。装甲艦の甲板に、司令官らしき豪華な軍服の男と、黒袈裟の大竹が立っていた。先生は「落ち着いてよ?」と二人をなだめ、秋水は「分かっています」と答えた。「君が冷静で助かる」と先生。
誰もが艦隊を無条件に恐れ、または崇める中で、秋水だけは冷静に分析していた。
弾丸を跳ね返す鉄の装甲。命中率抜群の大火力砲。フェリー船を追い抜くスピード。確かに船は一流だが、水兵はそうでもなかった。ある水兵は咥えタバコで作業していた。また別の水兵は将校が来ても敬礼しなかった。掃除を怠った甲板には鳥の糞がこびり付いていた。不潔、不規律な軍隊だった。
天地を引き裂く力があっても、使う気がなければ意味がない。それは鬼だけでなく、この艦隊にも言えそうだった。




