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諸君、狂いたまえ   作者: カイザーソゼ
第12章 虹を架ける
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12-7-B

 B 第12話 戦場のボーイズライフ


 大竹は死んだ。曲りなりにも王国を守っていた者がいなくなった。今、少年の目の前には、彼が握っていた圧倒的な権力がある。西海岸の全てを自由に出来る力だ。誰かがそれを振るわなければ、この国は列強に食われるか、市民の反乱で崩れてしまうだろう。

 外では欧米が虎視眈々と大陸を狙い、内では各王家が勢力争いを繰り広げている。魔王は未来が見えない人々を憎んだ。変わらない世の中を破壊しようとした。彼は死んだが、その革命は終わらない。

 黒煙に覆われた空を、化け物の群れがおどろおどろしく飛びかっていた。色取り取りの服を着た死体が、野に打ち捨てられていた。その血は大河に流れ込み、川を青く染めた。白目まで赤くなった八百万の鬼の軍隊が、青い大河の上を西に進んでいた。

 千代浜、王国連合軍は豊津要塞の決戦で壊滅した。魔王を討ち取った栄光の地に、赤い軍服の死体二十万が横たわっていた。

 住民はゲリラ作戦で抵抗した。少年は逆らった街を焼いた。伝統ある寺院も、手塩にかけた畑も、最新設備の工場も、逆らえば全て燃やされた。降伏すれば破壊は免れたが、密告役の黒い血の虫が街中に放たれた。

 根拠地を失ったゲリラや難民は、千代浜に落ち延びていった。

 千代浜の街の入り口は、軍に封鎖されていた。方々から難民が押し寄せたが、軍は一人たりとも入れなかった。無理に入ろうとすると、軍は容赦なく発砲した。難民は街の外にキャンプを作り、何時来るか分からない鬼の軍団に怯えながら、劣悪な生活を送った。

 富裕層は船で大陸から逃げ出そうとした。しかし海には大鬼が先回りしていて、逃げる船は全て沈められた。今や港には船は一隻もなかった。船の残骸が漂う沖合を、背びれの生えた大鬼や、銀色の鱗を持つ二つ首の大蛇が悠々と泳いでいた。

 流通が途絶えると、市内はたちまち逼迫した。少し前まで、この街は西海岸最大の商業都市だった。ショーウィンドウには最先端のファッションが並んでいた。人々はエレベーター付きのマンションに住み、レストランで世界中の料理を味わった。今、彼らは男か女かも分からない汚れた格好をして、橋の下に住み、虫や木の皮を炙って食べていた。

 餓死者、病死者が続出した。街の至る所から、死体を焼く黒い煙が立ち昇った。土葬の場合、遺族は奪われないよう武装して、墓の傍で寝泊まりした。

 街から動物の姿が消えた。ペットや公園の鳩、動物園の猛獣も食料となった。公園には動物の骨が投げ捨てられた。中には動物以外の骨もあった。

 市内は無政府状態だった。飢えた市民は隣町や難民キャンプを襲った。時には軍の食料庫さえ襲撃して、部隊と銃撃戦を演じた。混乱を収めるべき市役所は、市民の焼き討ちで既に廃墟と化していた。警察は商店街からミカジメ料を徴収し、軍は略奪品や横流し品の闇市を主催した。富豪の家は徹底的な略奪を受けて、ドアノブまで持っていかれた。

 市民の怒りはマスコミにも向けられた。新聞社が集まった通りに、ロープが何十本も張られて、そこに縛り首にされた記者の死体が大量に吊るされた。死体の頭には、新聞紙で作った袋(生前に記者が書いた記事)が被されていた。街路樹の樹皮も葉も食い尽くされた街に、奇妙な果実が実っていた。飢えた市民が死体の下に立って、早く熟して落ちてこないかと、舌なめずりして見上げていた。

 西海岸最後の砦は、戦う前から滅びつつあった。

 一方、王都の市民は表向き普段と変わらない生活を送っていた。しかし密告黒虫が飛んでくると、彼らはすぐに口を噤んだ。

 行方不明になる家族が増えた。教室やオフィスに、不自然な空席が幾つも生まれた。市内の至る所に田村家の旗が飾られ、街は赤一色に染まった。

 王宮にも田村家の旗が翻っていた。広大な敷地を誇る城だったが、各門の前に警備兵がいるぐらいで、中に人は全くいなかった。

 少年は一人、玉座に体育座りで座っていた。絶対的権力者は、絶対的な孤独に震えていた。他人は全て、この座から引きずり下ろそうとする敵に見えた。彼は引き篭もりのように、「蟠龍起萬天」の旗を被ってじっとしていた。

 いつの間にか、彼の横に鈴鹿が立っていた。少年と初めて会った時と同じ、牛若丸のような赤い格好をしていた。鈴鹿は少年の変わり果てた姿を哀れんだ。


「『大抵の人は災難を乗り越えられる。本当に人を試したかったら権力を与えてみる事だ』

 知ってる?リンカーンの言葉なんだって。

 魔王も大竹も、権力を握って狂ってしまった。大竹はきっと、心のどこかで魔王を尊敬していたんだと思う。狂ったあいつは魔王になろうとした。あいつはある意味、魔王の革命の最も忠実な後継者だった。

 あいつはね、君に自分を殺してもらおうとしたの。君に権力を握らせるために。狂わせて、革命を継いでもらうために。大竹を倒すために戦ってきた君が、第二の大竹になっちゃうなんて……」


 鈴鹿は涙を浮かべた。少年は耳を塞ぎ、体を微かに震わせた。鈴鹿は涙を拭うと、震える少年を聖母のように優しく抱き締めて、その耳元で甘く囁いた。


「いいよ。一緒に堕ちてあげる」


 魔王が死に、狂王が生まれた。革命の第二楽章が始まる。

(終わり)

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