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諸君、狂いたまえ   作者: カイザーソゼ
第12章 虹を架ける
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12-7-A

 A 第12章 僕らが旅に出る理由


 坊やを失った千代浜は、王国に吸収された。西海岸三国は一つとなり、新たな歴史を歩み出した。

 軍を辞めた鬼庭は、王都の本屋で出版サイン会を開いた。本のタイトルは「失われた戦争」。今回の事件の全容が、公表出来る限りでまとめられていた。売れ行きは好調だった。

 鬼庭は着慣れないスーツを着て、ぎこちない笑顔を見せた。読者の両手は全力で握り締めた。力士と勘違いしたのか、赤ちゃんを抱っこさせようとする読者もいた。鬼庭は快く応じた。鬼将軍の胸に抱かれても、赤ちゃんはスヤスヤと眠っていた。鬼庭はその寝顔に目を細めた。

 王都郊外の訓練場で、赤い軍服姿のテリーが新兵の行軍訓練を監督していた。彼女は軍に残った。

 数十キロの装備を付けて、ひたすら訓練場を歩き回る訓練だった。テリーは鬼庭が乗り移ったような大声と表情で指導した。新兵は泣き出しそうになった。

 脱落しそうな兵士がいると、テリーは休むよう命じた。やっと解放されたという顔で、兵士がダラダラ出て行こうとすると、テリーは無言で睨み付けた。彼は全力ダッシュで出て行った。周りは笑い、テリーも苦笑いした。それから、彼女はまた厳しい表情に戻って、訓練を監督した。

 訓練が終わると、彼女はファッション誌「サルピルマンダ」のインタビューを受けた。軍事雑誌のいかつい男性記者の取材を受けた経験はあったが、モード系雑誌のスマートな女性記者の取材は初めてだった。

 テリーは終始優しい表情で、男性社会で生きていく事を「楽しい」と表現し、その楽しさを教えてくれた友人の事を語った。マスコミが作り上げた虚構の英雄ではなく、等身大のありのままの彼を知ってもらう事が、無実を証明する一番の道なのだと思えた。

 ピアースはスーツ姿で全土を巡り、事件の証拠や証人を探した。

 成果は乏しかった。玄関先で水をかけられた事もあったし、土下座しても首を縦に振ってはもらえなかった。一方で、匿名ならばと証言してくれる人もいたし、見かねた地元紙の記者や、所轄の刑事が非番に手伝ってもくれた。その中には、皇女詐欺事件を担当したシルバの姿もあった。

 国王死亡時、現場にいた元女官の家には、卵を投げられても、警察を呼ばれても何度も通い詰めて、ようやく話を聞かせてもらった。

 青ヒゲの元警備兵にも会った。彼の話から、山中に隠れ住んでいた赤ら顔の元伝令兵に会う事が出来た。彼は、大竹が主の死を喜んでいた所を見てしまったので、不運にも殺されかかった男である。青ヒゲの元警備兵は彼の殺害を大竹に命じられたが、見かねて逃がしていた。元伝令兵に会うと、彼はピアースの両手を握り締めて号泣した。

 軍を引退した作務衣姿の提督は、クルーザーで海釣りに出かけた。しかし竿に当たりが来ても、船上の提督は熱心に上申書を書き続けた。あの時何が起こったのか、そして本当の犯人は誰なのか、彼は知る限りの事を書き連ねた。これで真犯人が裁かれて、友人が無実になるかは分からない。ただ、出来る限りの事はしておきたかった。

 千代浜の街頭で、制服姿のアシュリーは、拘留されている真犯人の早期起訴と、友人の無実の署名を募った。

 通行人は冷笑して通り過ぎた。絡んでくる者もいた。生まれて初めて罵声も浴びせられた。

 しかし署名に応じてくれる者も確かにいた。人目を気にしてコソコソ署名してくれる者もいた。アシュリーは涙ぐんで頭を下げた。

 街頭に立ち続ける彼女を見て、車椅子の戦傷兵が署名活動に加わった。一緒に戦った老人は老人ホームの団体船でやってきた。鬼の面を付けた子供もやってきた。揃いの半被を着た女性ファン軍団は大挙して押しかけた。アシュリーは涙を拭って、通行人に署名を呼びかけ続けた。

 活動は千代浜から各地に広がった。全国から様々な思いが王都の裁判所に届けられた。

 王宮の玉座に、卑弥呼衣装の可憐な五郎八女王が座っていた。女王の右隣にはドレス姿の美しい愛王太后が立っていて、娘に優しい眼差しを送っていた。

 宰相に就任したゆるパパは女王の前にまかり出て、諸案件の裁可を仰いだ。

 五郎八は一枚目の書類にサインして、国璽(国王用の立派な判子)を押した。二枚目の書類を見て、彼女の手は止まった。

 五郎八はゆるパパの方を見た。彼はずっと頭を下げ続けていた。五郎八は愛の方を見た。彼女は穏やかに頷いた。五郎八は大竹の訴追同意書にサインして、国璽を押した。

 王都の裁判所で、国王暗殺事件の第一回公判が開かれた。大竹はいつもの僧侶姿で被告人席に立ち、そしていつもの余裕の表情を浮かべていた。

 裁判冒頭、弁護人は無罪を主張した。逮捕は不当で、起訴は扇動された市民の復讐感情に阿った司法の自殺だと断じた。

 検察は予定にない証人の尋問を要求した。弁護人は取り下げるよう言ったが、検察は事件のために必要な事だと主張し、裁判官もそれを認めた。

 検察は隠し玉の証人を呼んだ。絶対にいるはずのない証人が現れて、法廷中がどよめいた。大竹も証人を見て非常に驚き、それから降参したように天井を仰いだ。

 田舎村の小学校の教室で、子供達が寂しそうに自習していた。普段は歩き回ったり、お喋りしたりしているのに、最近は皆真面目に机に向かっていた。

 邪魔しないように、静かにドアが開いて、ジャージ姿の立烏帽子先生が現れた。子供達は彼女に抱き付いて、大泣きに泣いた。先生も涙を流しながら、彼らを抱き締め、背中や頭を愛おしく撫でた。

 大陸横断鉄道が、森林地帯を東に走っていた。列車には食堂車、寝台車が連結されており、客席は長時間の旅にも対応可能なスペースを持っていた。

 坊やは一等客席に座って、資料を読んでいた。座席は柔らかいし、マホガニーの内装は綺麗だし、部屋も広いが、窓の外には変わり映えのしない森が延々と流れていた。坊やの対面の席には、少女らしいピンクや白の荷物が並んでいた。

 坊やは資料をテーブルに置いた。表紙には「供述調書 セルゲイモストボイ」とあった。

 戸が開いて、髪を切った秋水が入ってきた。

 いつもボーイッシュで中性的だったが、今日は透明感のあるガーリーな美少女だった。ヘアスタイルは爽やかなポニーテールから、可愛らしいひし型ショートボブに変わった。ヒラヒラのベルスリーブチュニックに、ヒラヒラのミニのシフォンスカートを合わせて、やや渋めのショートブーツを履いていた。

 秋水は一旦坊やの対面に座って、殺風景な森を少し眺めた。それから、彼女は遠慮がちに尋ねた。


「そっちに行っていい?」


 坊やは頷いた。秋水は彼の隣に座ると、安らいだ表情で身を寄せ、手を握った。

 海の向こうの偉大な大統領はこうも言った。


 ―「敵が友になる。その時、敵を完全に滅ぼしたと言えないか?」


 少年は数多の敵と戦い、その悉くを友とした。友に支えられて、少年は新たな旅に出る。

 列車は森を抜け、丘を越えて進む。日が沈み、切なくて美しい夕暮れが訪れる。故郷が遠く離れていく。この列車の終着駅は帝都ラージャグリハ。大陸の中心だ。

(終わり)

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