11-2
話は和平交渉の直前に遡る。
港に上陸する前、坊や達はフリゲート艦の遊戯室で、極秘作戦について話し合った。
ビリヤード台を挟んで、部屋の右側に坊や、先生、秋水、ピアースが並んだ。左側にゆるパパ、提督、アーバイン姉妹が立った。左側は何で呼ばれたのか分からないという顔だったが、右側は既に覚悟を決めた表情だった。
ゆるパパは不満げな顔で尋ねた。
「一体何なんです?今更意思統一も何もないでしょう。天下はすぐ目の前にあるんだ」
先生は作戦の概要を説明した。
「私と彼は、千代浜城を落とした頃から、ある作戦を準備していた。あいつを倒す最後の作戦。そしてあいつも、私達を殺して全てを手に入れる計画を、裏でずっと進めてきた。
違和感を感じたのは、あの過熱報道。調べると、あいつが小さな機関紙を操って、マスコミを扇動しているのが分かった。風船をパンパンに膨らませたのがあいつなら、針で刺して割るのもあいつ。あいつは市民の熱狂を最大限まで煽った後に、私と彼の関係を暴露するつもりなのよ。
港に上陸したら、私と彼、どちらも死ぬ。完璧に殺すだけの罠を、あいつを既に準備した。私には村から誘拐した子供の人質。彼には接近戦で殺す仕掛け。私達は全てを曝け出して殺される。カリスマの存在に支えられた国は崩壊する。そしてあいつは鬼怒川の向こうから鬼の大軍を呼んで、大陸全土を支配する」
皆、言葉をなくした。ゆるパパは反論した。
「証拠は?全て憶測じゃないですか。このブームを大竹が作り出した?」
「ネビル(提督)。あなた、彼と市役所でインタビューを受けた時、隣で聞いていたでしょ。記者がうっかり口にした言葉」
提督は以前、市役所で政党機関紙のインタビューに応じた事を思い出した。記者は先行きに不安を感じていたが、坊やの力強い言葉を聞いて、顔色が一気にパッと明るくなった。
―「それ絶対記事にします!やっぱり伯爵様は本当のヒーローだ!青い光の剣を手にした伯爵様は無敵です!千代浜市民の誇りです!絶対、絶対魔王に勝てます!」
先生は話を続けた。
「記者はこう言った。『青い光の剣を手にした伯爵様は無敵です』。聞いた?」
「ああ、確かに聞いた。でもそれがどうした?」
先生は坊やにウィンクした。彼はソハヤを抜いて、皆に青い光の剣を見せた。初めて見る者も、以前見た者も、その神秘的な輝きに心を奪われた。先生だけは目を瞑っていた。
「もういい、納めて」
坊やは剣を鞘に仕舞った。先生は目を開けて説明を再開した。
「これまで、彼がソハヤを抜いたのは三回しかない。一、テリーの呪いを解いた時。一、小学校でアシュリーとピアースに見せた時。そして一、彼が鬼怒川であいつと戦った時。記者が剣の色を知っているはずがないのよ。あいつから聞かない限りね」
先生はあけぼの記事をまとめたスクラップブックと、記者の尾行写真を置いた。
写真はどれも隠し撮りだった。記者が昼の住宅街で、主婦とすれ違い様に手紙を交換し合う一枚。記者が公園で犬連れの老人と親しく話す一枚……
「機関紙の報道は正確だった。当然でしょう。黒幕が情報源なんだもの。ピアースに尾行してもらったら、向こうの情報部と定期的に接触してる事が分かった」
先生は調査報告書を置いた。そこには、記者と接触した人物らの正体が載っていた。主婦は王国軍情報部のエージェント、老人は王室調査庁の古株だった。先生は駄目押しとして、ダンボール箱一杯の資料を何個も台に積み上げていった。
「まだある。盗撮写真。盗聴記録。手紙の写し。私達が始末された後にリリースされる予定稿」
予定稿には「虚構の英雄 千代浜は騙された」「真実はこうだ 鬼と談合した桃太郎」「王を殺せと坊やは言った 先王暗殺事件の真相」といった扇情的な文言が踊っていた。
ピアースが言った。
「俺はこの話を、魔王戦が終わった後に聞いた。最初は疑ったが、調べて確信したよ。大竹はずっと、俺達は喜ばせていたんだ。太らせてから食うために」
「思考の死角は恐怖の泉。そこを衝かれた私達は脆くも崩れ去る。
でもね、それはあいつにも言える。あいつの作戦は、彼が伯爵の地位に拘る事を前提にしている。彼が拠って立つ源は千代浜だと思っているの。だから私達は、自ら千代浜を捨てる事で、あいつの死角を衝く。
私達はこのまま港に上陸する。殺されて、ソハヤを奪われて、鬼の大軍を呼ばれた所で、その援軍を横から掻っ攫う。血吸の太刀で、鬼と新たな契約を結ぶのよ」
秋水はもう一つのヒヒイロカネの剣である、血吸の太刀を抜いた。ソハヤと違う赤い光が部屋を満たした。彼女はすぐに刀を納めた。
先生は「あれを」と坊やに言った。坊やは指先を切って黒血を滴らせた。その血は坊やそっくりの分身に化けた。
「何も本当に死ぬんじゃない。死ぬのは分身の方。ただ、ソハヤは本物を使う。一旦壊して契約を破棄しないと、鬼はこちらに来れないし、人もあちらに行けないから。
二対一なら勝率四割。けど百万二対一なら百割勝てる。ただ、勝ったとしても、私達は人類の裏切り者だから、西海岸には二度と戻ってこれない」