10-7
千代海軍のフリゲート艦と装甲艦が、大河を東に進んでいた。坊や、ゆるパパ、ピアース、提督の四人は、装甲艦の甲板に立って川を眺めていた。軍のカメラマンは、彼らを遠慮なく撮影した。提督が切れた。
「うるせえなあ!どんだけ魂抜きゃ気済むんだ?」
ゆるパパは上機嫌だった。
「まあまあお義父さん。彼だって仕事なんだから。ねえ?」
「誰がお義父さんだ。牛のキンタマみたいな面しやがって」
「何言っても今日の私には効きませんよ?完全勝利の清々しい朝です」
ピアースはゆるパパに釘を刺した。
「浮かれるのは和平文書にサインしてからにしてください」
「伯爵様。交渉のコツは相手をどうやって引かせるかです。自分が如何にクレイジーな奴と思わせるか、ですよ。自分の中の獣を解き放つんです。私なんて五百ミリペットボトル入るくらいアナルガバガバですけど、これは狼の尻尾だと思ってますから」
「クソみてえな尻尾だな!」
ゆるパパほどではないが、ピアースも表情が緩んでいた。魔王を討ち、皇帝を動かして有利な条件で和平を結んだ。千代浜は西海岸の覇者となった。
ゆるパパは坊やに話しかけた。
「ところで伯爵様。どうですうちの娘二人。美人でしょう、可愛いでしょう。私の頭に妻の顔ですからね。反対だと恐ろしい事になっていました」
提督はゆるパパを睨んだ。彼もさすがに黙った。
「好きな男と付き合わせろ。なあ坊や。正直俺は怖い。今のお前の人気、異常だよ。お前の性格も、下手したら顔や名前さえ知らないのに、皆坊や、坊や、坊やって。これで和平交渉をまとめたら、どうなっちまうんだ?」
「どうって。じゃあお義父さんは戦い続けろと仰る?」
装甲艦は民間フェリーとすれ違った。船上の客は黄色い声を上げた。
「坊やー!坊やー!」
「こっち向いて!坊やさーん!」
感動して号泣したり、気絶して倒れる客もいた。ゆるパパは愛想よく手を振った。
「そうは言ってねえ。ただな、こりゃブームだ。バブルだよ。浮かれて自滅した奴、世間に甘やかされて廃人同然になった奴を、俺は何人も知ってる。だからこれが終わったらお前、地味な活動に徹しろ。周りが本当のお前をしっかり見てくれるようになるまでだ」
「お義父さん。ここで勝負しないでどうします。我々が望めば、西海岸の覇権どころか、大陸の再統一も夢じゃありません。伯爵様には、何としても皇帝になっていただく」
ピアースは随伴するフリゲート艦を眺めた。船上に軍服の秋水とテリー、スーツのアシュリーがいた。船内のどこかに先生もいるはずだった。彼は二人に提案した。
「一旦全員で集まりましょう。意思統一を徹底させる必要があります」