10-5
先生は川沿いの民宿を住まいにしていた。今夜は坊やもここに泊まる事になった。
夜、坊やは川の水面に寝転がっていた。秋の長雨で、川は増水しており、彼は流されないよう、ロープを手に握っていた。
民宿の裏戸が開いた。お風呂上りの先生が、ピンクのバスローブを羽織って窓から顔を見せた。坊やは集中力を切らして、水中に沈んでしまった。先生は歯ブラシを咥えながら、モゴモゴ何言ってるか分からないがとりあえず何らかのアドバイスをした。
夜になると、田舎の村は真っ暗になった。何も見えなかったが、色々な音で騒々しかった。田んぼの虫の鳴き声。畜舎の馬のいななき。風に揺れる笹藪の音。
民宿の表で、女性の声がした。
「先生!夜分遅くに失礼します。寛治の母です!」
民宿の玄関前に、ランプを持った若い母親が二人、不安な様子で立っていた。
家の奥から、太った女将と、先生がやってきた。ママ二人は堰を切ったように喋り出した。
「先生!先生!子供が!」
「次郎君(坊主)と健太君(半ズボン)と優子ちゃん(三つ編み)、こちらに来てませんか?学校から帰ってないって言うんです!」
先生達に遅れて、ずぶ濡れの坊やがやってきた。彼を見て、母親達の不安は一遍に吹き飛んだ。彼が来たからにはもう安心だ、と。しかし先生は思い詰めた顔になっていた。
「村の皆さんに知らせた方がいいですね。大雨で川が増水していますし。もし足を滑らせでもしたら……」
村の男総出で、子供を探す事になった。教師や村の男は、たいまつを手に村中を探した。川沿いや藪、林も調べた。何度も何度も闇夜に呼びかけた。
「優子ちゃーん!」
「次郎ー!」
「健太くーん!」
返事はなかった。
先生と坊やは田畑を探した。彼女は必死に「次郎君!優子ちゃん!健太君!」と呼びかけたが、反応はなかった。
先生は黒血のトンボを四方に放って、一帯を探索させた。
「君はもう帰って。明日出発でしょ」
A「頼ってくれ。友達だろ?」
B「立烏帽子が心配だ」
C「生徒が心配だ」
寂しい秋風が吹き抜けた。先生は小声で何か言ったが、風のせいで聞こえなかった。彼女の口は「ありがとう」と動いたような気がした。
「手が足りない。君もそろそろ分身出せると思うんだ。昼の訓練よりは簡単なはずだよ」