産声
彼らがこの地に降り立って200年ほど経ったある日、彼らの住む村で一人の赤子が産声を上げた。名を、ナルザス。後の建国王である。
今の世にて、彼をよく知る者らは皆、口々にこう言う。
「あいつは、謙虚さというモノをよく知っていた男だ。今までに見た誰よりも、あいつは謙虚で素直だった」
当時の男の一般的な容姿といえば、欲望に満ちたギラギラした目とクマやオオカミの毛皮を着た得体の知れない戦士といった趣だったが、ナルザスは狐や白熊の毛皮を好み、素直かつ謙虚でどんな者にも分け隔てなく接する男だったという。
またある者はこう言う。
「あいつは宗教を信じていなかった。あいつが信じていたのは、もしかしたら太陽と天候を司っていた“彼ら”だったのかも知れん。そこん所は解りようがない。だが少なくとも、あいつは自分以外の誰かをあまり信用しなかった。それは神でも同じだった」
当時の宗教は、“世界が終わった日”に全世界の99%の人が死んだ際に、イスラム教・キリスト教・仏教と宗教の名前如何に関わらず全ての宗教が失われた。
無論生き残った宗教関係者もいたが、その者らは高次元生命体の手によって曳きたてられて行った。どこに行ったのかに関しては知る由もない。だが二度とその者は姿を見せなかったので、おそらくは死んだのであろう。
そんなことがあって後、生き残った人々は新たな宗教を創り始めた。それが創世教である。創世教の教義はただ一つ、謙虚であれ。それだけである。
それにはきちんと理由がある。高次元生命体が殺したとする99%の人々の多くは、自らの欲望に忠実な者たちばかりだった。逆に生き残った者たちは謙虚さを捨てなかった人々だった。だからこそ【謙虚さを忘れるなかれ】という教義が生まれたのだろう。
またある女はこう証言する。
「ナルザスは、いい男さ。優しくて、勇気があって、謙虚で。あたし達を『一つの命だ』と言って、ほかの誰よりも優しく扱ってくれる。でもあたしは、ナルザスが怖い。彼は、誰も信用してない。いつの日か出会うと予言された女性、それ以外は絶対に信用していない。」
当時の男のステータスと言えば、勇敢で乱暴である事だったから、女に対しても暴力を奮う者が多かった。その影響で、性行為に臨む女は護身用の短剣を身に着けざるを得なかった。
ある時などは、5人の男が1人の女を廻して犯し、最終的にサンドバッグ代わりにして殴り殺し、遺体を木に吊るすという事件まで起きた。その犯人達は逃亡したが、結局”彼ら”に捕まって―生きて戻れぬ旅と知らされずに―星の海へと放逐された。
そんなことがあったから、女性たちは身を守らざるを得なかったという訳だ。
しかしナルザスという男はそういう暴力行為からは無縁な―相手に原因が無ければ暴力を奮わない―男であったから、女たちからは慕われていた。
もっとも、彼は予言された女性以外を愛する気はなかったらしいが。