幕間 神童の思惑
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ジルコールの神童―――そう呼ばれる少年は一人、部屋でペンを走らせていた。
記述するは、自分の記憶だ。
記憶といっても、ジャッカス・ラッシュフォードという名前を得てからのものではない。
アヤトという名の人間として生きた、生前の記憶だ。
あちらの世界で死に、そして目覚めたらここにいた。
アヤトであったころ好きであったゲームの世界。その世界がここだとアヤトは半ば確信している。
当初は疑問があったが、いまはこの世界がそうなのだと信じていた。
自分の知っていることが多すぎる。身に覚えのある人物たち、出来事に会うたびに疑惑は確信へと変わった。
そして、いま記憶は薄れつつあった。
本来のジャッカスとの同調とかそういった類の話なのだろう。生前見ていたラノベでこの手の展開はよく知っていた。
ゆえに記しておこうと思ったのだ。
自分が知る限りのこのゲームの筋書きを、世界のより良い攻略の仕方を、記しておこうと思ったのだ。
このゲームはいわゆるギャルゲーだ。
『戦騎乱舞』というタイトルで売られ、『戦乱』という愛称で親しまれていた。ギャルゲーと言ってもテキストばかりのゲームではない。実際は戦記シュミレーションゲームといった方がいいだろう。
アヤトはギャルゲーというよりは、戦記物としてこのゲームを楽しんだ。
七才ころよりゲームがはじまる。このとき、ランダムで東方か西方の一領主の嗣子としてゲームはスタートする。
今回、アヤトは東方に生まれた。アヤトとしての記憶や人格が芽生えたのも、ゲームスタートと同じ時、七才の誕生日の朝だった。
それ以後、内政を推し進め、神童として評価されるに至っている。
ストーリーは東方のものだ。
まず東方制覇時代として内政がはじまり、東方で三つの領土を獲得すると、西方など王国全体のマップが出現、以後関われるようになる。
その後、一六才での学園入学までの間に行った諸々の行動によって、国内の情勢が大きく変わり、学園に出現する学生が変わる。
学園ではダンジョン攻略を主として物語が展開される。この頃が最もギャルゲーらしい時期だ。姫騎士やその護衛など、異能、異才を持つ人間たちと出会い、親密度を高め―――あわよくば恋人という関係になる。
ただ、恋人という特別なかたちにならずとも、今回は問題ない。この三年の間に多くの仲間を手にする方が重要だ。なにしろ、三年が終われば、国は乱れ、戦国の世へと移行する。その際仲間にしたキャラクターを自領へと連れ戻り、アヤトは国を建てることになるのだ。その後は、大陸の覇権を争うゲームへと変わることに記憶のなかではなっている。
学園で出会う多くの人物、そのなかで真っ先に彼が気にしたのは西方の姫騎士だった。
ジブリールという名の褐色の肌に、鋭利な美貌を宿した焔髪の騎士だ。
彼女は単体でもかなり強い。知略、内政、突出した武力に指揮能力。いずれをとってもゲームの中では最高クラスだ。
彼女のよい所はそこだけではない。なにより学園で仲間にすると西方の諸領をほぼまとめ上げて合流する。強いだけではなく、領土もついてくるというとてもおいしい人物なのだ。
だが、元々弱小の家であるからか。
かなりの確率で学園編に入るまでに家が潰されてしまうのだ。それを防ぐには早いうちから手を出さなければならない。
そのために引き込んだのがクローゼだ。
彼女がいなければ、ジブリールの家は早々に滅んでしまう。
小狼族の戦士であるクローゼは、初期設定が東であろうと、西であろうと出現し、序盤においては唯一西と東を行き来することのできる貴重な人物だ。
だが、もちろん欠点もある。
クローゼのイベントは強力な姫騎士である東方の姫と天秤にかけられており、クローゼを救えば、東方の姫とは出会うことができないという仕様になっている。
アヤトは西方を見据えて東方の姫を見捨てたのだった。
だが、それだけの価値が西方にはあると思っている。
なにしろ、ジブリールが西方をまとめてから編入されると面倒な西方の反乱イベントが起きないのだ。編入しない場合は度々西方の諸民族からの反乱が、それこそ雨後の筍のようにおこる面倒な土地なのであった。
「でも、惜しいよなぁ」
思わず、そんな言葉がアヤトの口から出た。
覚えている人物のなかでは、その東方の姫が最も好みだったのだ。
ただのギャルゲーであるならば、アヤトは全力で彼女を口説きにいっただろう。
だが、この世界は血なまぐさい争いがいつか確実に起きる世界だ。己が命と、好みの女、ふたつを天秤に載せてアヤトがとったのは、己が命と栄進への安全確実な道だった。
「仕方ないよな」
その一言で、自身の執着を切り捨てて、アヤトは書きものを続行する。
多くの味方にすべき仲間たち、その攻略方法、能力、国を建てるための流れまで書きつけ、ふと思い出したように真っ新な羊皮紙を取りだした。
「いけない、いけない。一番大切なものを書き忘れるところだった」
言って、羽ペンを走らせる。
『親愛なるジブリール卿へ』という書き出しではじまるその手紙を書きながら、思わずアヤトはほくそ笑んだ。
―――この手紙が、ぼくが世界を手にする第一歩になるのだ。
『陶酔しているな』と自嘲するような感情だったが、それは押さえることのできない興奮であり、確信だった。
だが、現実は残酷だ。
この手紙が、たった一通の手紙が。
のちに、神童ジャッカス・ラッシュフォードを悩ませようとは、この時のアヤトには分からなかった。
付 (値は最終成長値)
ジャックによるジャックのための人物評①
ジブリール
智謀 A
内政 B
武力 A
指揮 S
特殊 D
カリスマ S
魔力 F
運 G
性格 武人
備考
美人とは思うが、性格・外見ともに好みではない。
クローゼ
智謀 G
内政 F
武力 C
指揮 D
特殊 A+
カリスマ C
魔力 B
運 C
性格 単純
備考 ブラコン。貧乳。ケモミミ。特殊語尾。属性もりすぎ。
うるさいので、好みではない。