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ぼくと神童の手紙

◇ 

 クローゼ姉さんの突然の帰郷から一日が経った。

 時刻は夜。ぼくはあらかたの仕事を終えて、いまは自室で資料の整理などをして過ごしていた。

 

 「のぅ、のうのう、ジタン。妾、ヒマなのじゃが? 激しくヒマなのじゃが?」

 机に座って作業をするぼくの後ろにあるベッドの上でごろごろとクローゼ姉さんは寝転がっていた。

 「……………」

 「のーう、ジーターン。ヒマっ! 妾、ヒマなのじゃー」

 

 ぼくが無反応だったのが気に入らなかったのだろう。先ほど以上の騒々しさで、姉さんがぼくにそう訴えた。

 

 「ぼくは忙しいかな」 

 

 仕方がないので、ぼくは変わらず資料を見たままそう言った。

 だが、姉さんはそんなぼくの言葉など聞きはしない。いつものことだ。

 

 「妾はヒマなのじゃっ!

 ほれ、ジタンの好きなショーギも持って来たのじゃ。今日はハンデとして飛車を落としてもいいのじゃ。だから、のう、ジタン。妾と遊ぼうぞ」

 

 ―――ショーギが好きなのはクローゼ姉さんであってぼくではないし、飛車なんて姉さんが落とした日には三歳児と遊んでも大変な結果になるよ!

 

 という内心の言葉を飲み込んで、ぼくは事実だけを口にした。

 

 「……何度も言うけど、ぼくにはまだ仕事があるんだよ、姉さん」

 「さっきからジタンはそればっかりじゃっ! 下水の整備だとか、水路の確保だとか、防壁の整備だとか、なんなのじゃっ! まるでジャックのようなことばっかり言いおってっ!! 妾には全然理解できんのじゃっ!! 退屈なのじゃっ!」

 

 ―――理解できているじゃないか。

 

 ぼくは思った。

 確かに姉さんの言うように、ぼくは下水や水路などのインフラを整えるための準備をしている。これもぼくのオリジナルの考えじゃない。そもそもインフラという言葉も姉さんに教えてもらった―――つまりは、ジルコールの神童が言ったことだ。それをウージの栽培などともに平行して行おうと思っていたのだが、予算の関係でまだ行えていなかったのだ。

 

 そこで今回の失敗だ。

 ぼくは改めて計画を見直すことにした。

 

いくらジルコールの神童が大成功した先例があるとはいえ、彼の住む東方と西方にあるクラウゼヴィッツでは、風土も人の気風も、置かれている状況も何もかもが異なっている。

 そのことを、一応ぼくは分かっているつもりだった。でも、実際は違った。その結果として産まれたのが、ヴォルド男爵による介入の可能性だ。

 ぼくは知らないうちにうぬぼれていたのかもしれない。ほかの人が知らないジルコールの神童の考えを知ったことで、それだけで成功できるとうぬぼれてしまった。

 神童が成功したのだから大丈夫だと、ある意味思考放棄していたのだろう。だから次こそは、自分自身の頭で考え見究めた上で、事にあたろうと反省したのだ。


 「姉さんに理解できなくても必要なことなんだよ」

 「くうぅ、言うことまでジャックに似ておるっ!! 久方ぶりに会った実の姉を放っておいて仕事とはっ! 妾と仕事のどっちが大切なのじゃっ!!」

 

 クローゼ姉さんが悔しそうにぼくに尋ねる。

 ちなみに、ジャックというのはジルコールの神童のことだ。ジャッカスの愛称でジャック。よほどクローゼ姉さんは親しい仲にあるらしい。

 

 「―――いまは仕事かな。お嬢さまの力に少しでもなりたいし」

 

 そう。お嬢さまは『仕方ない』と言ってくださったけど、ぼくは失敗したのだ。

 またお嬢さまに迷惑をかけることだけは絶対にしたくなかった。

 

 「ッ!!!! ジタン……。ウソ、じゃよな?」

 

 背後で、クローゼ姉さんがベッドから跳ね起きるような音がした。

 よほど驚いたようだ。でも、ぼくにはその理由が分からない。

 お嬢さまのために、自分にできることをするのが、そんなに驚くことなのだろうか。

 

 「………お嬢さまの力になりたいのは本気だよ」

 

 だから、ぼくはそう言った。お嬢さまの力になれるかはわからない。でも、なりたいと思う気持ちだけはどこまでも本気だった。

 

 「……ジタンが……。終わったのじゃ、世界は終わってしまったのじゃ……。

『ねーさま、ねーさま』と妾の後ろを離れなかったあの天使のようなジタン。妾が物欲しそうな顔をしていると、いつもデザートを分けてくれた心優しいジタン。『ぼく、お姉ちゃんと結婚するの』と言っておった超絶可愛かったジタン。そんなジタンが、妾より仕事をとるなぞ……」

 

 「あの、クローゼ姉さん? たしかに小っちゃい頃『姉さま』とは呼んでたし、愚図る姉さんにデザートを譲ったりもしたけど、ぼく一度も姉さんと結婚したいとは言ってないよね」

 

 流石に聞き逃せない言葉があったので、ぼくは振り返って姉さんに応えた。

 姉さんは床に膝をついて深く俯き、尻尾も耳もこれでもかというほどに下がっていた。資料ばかりを見ていたので気にしていなかったが、姉さんはぼくの答えにかなりショックを受けていたようだ。

 

 「あの、姉さん?」

 「こんな……こんなジタンに誰がしたのじゃぁああっ!!!」

 

 そんな叫びをあげ、姉さんが勢いよく立ち上がる。

 

 ―――あ、だめだ、これは。まったく話を聞いてない。

 

 ぼくがそう思った時だった。

 ノックに続いて、お嬢さまが扉を開けた。

 

 「ジタン。ちょっといいか。クローゼがどこにいるか―――」

 「貴様かぁあああっ!!!」

 

 瞬間、クローゼ姉さんがお嬢さまにとびかかった。

 

 「っ!! ―――なんだ、クローゼか……。すまん。思わず蹴ってしまった。大丈夫か?」

 

 飛びかかった姉さんを反射的に足蹴にして、お嬢さまが言う。

 姉さんは蹴られた勢いそのままに、開かれた扉に頭をぶつけていた。

 

 「……姉さん」

 「ぐうぅ……。ジズめ、どこまでも忌々しい。そもそも貴様が居らねば、ジタンがこんなになるはずもなかったというのに」

 

 扉にぶつけて赤くなった顔を押さえ、目には涙を浮かべながらクローゼ姉さんはお嬢さまへの恨み言を口にした。

 

 「姉さん? お嬢さまがいなかったら、ぼくはそもそも生きてないんだよ? お嬢さまになにかしたら、分かってるよね?」

 

 悪いとは思ったけど、ぼくは姉さんの肩を掴んでそう言った。

 お嬢さまが居なければ、などと例えクローゼ姉さんの言葉でも聞き逃すことはできなかった。

 

 「あ、あああぁ、ジタンが妾を怒ったのじゃ……」

 「いきなり飛びかかってきたと思えば、いきなり落ち込んで、相変わらずせわしないやつだな」

 

 ぼくに怒られ、消沈した姉さんを見ながらお嬢さまが言う。昔はこんな光景が日常茶飯事だったからだろう。お嬢さまに、とくに気にした様子はない。

 

 「ははは、疲れでも溜まっているのかもしれませんね。それで、お嬢さまはどのようなご用向きですか?」

 「うん、これのことで相談がしたくてな」

 「そうですか。クローゼ姉さん」

 

 ―――内密の話だろう。

 

 そう思ったぼくがクローゼ姉さんに部屋から出てもらっていようと声をかけると、それをお嬢さまが静止した。

 

 「いい。クローゼにも聞いてもらいたのだ」

 

 お嬢さまは手紙をぼくに差し出した。

 それは件のジルコールの神童からの手紙だった。

 

まさか土日も仕事とは……。

そんなこと言ってなかったよね? 面接のおじさん……。



以上、本文が短いことの言い訳でした。

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