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ぼくと領地経営

◇ 

 ぼくがお嬢さま没落の夢を見るようになったのは、数年ほど前からだ。

 ぼくら小狼族は個体ごとに一つだけ特有の力を持つ。異能と呼ばれる能力だ。体が強く大柄な人狼族の力と対をなすための能力だと言われている。非力で力に劣るぼくらに与えられた異能という強大な力。この力はぼくらを長い間種の滅亡から護ってくれた。

 けれど、これが理由でぼくらの多くは奴隷狩りにあった。大陸に遅れてやってきた人間族の手によって、ぼくの父も母も、祖父も祖母も、それから友人たちの多くも奴隷となった。

 

 おそらくもう生きてはいないだろう。

 

 確認ができたわけではない。ただ、なんとなくぼくはそう思っていた。

 クローゼ姉をはじめとした同胞たちは未だに人間族を恨み続けている。ぼくもお嬢さまと出会わなければ、きっとそうだっただろう。

 ほかの小狼族がどのような異能を持っているのか、ぼくは知らない。

 

 けれど、ぼくの異能は分かっている。

 

 ぼくの異能は未来視だ。夢として未来の可能性を見る。最初こそ悪夢の類だと思ったけど、ぼくの力が未来を見るものであることは、すでに確信している。

 ほかならないお嬢さまの父上と母上を失うことを代償にして、それは明らかになった。

 お二人が失われる悪夢を見て、実際そのようになってしまった。ほかにもいくつか実例があって、ゆえにぼくはぼくの異能が未来視なのだと確信している。

 ぼくの見る未来はいくつもあった。でも、決まってそれはお嬢さまの没落へとつながっている。いくつもの可能性を見たけど、どれもこれもお嬢さまは投獄されて、その果てに功績のすべてをはぎ取られて処罰される。

 

 その時はお嬢さまが十八才になったときだ。

 王立学園の二年の終わりに、お嬢さまはなぜか国家反逆の罪でとらわれてしまうのだ。それがなぜなのか、何が理由なのか。ぼくには分からない。

 ぼくの未来視はすべてが見れるわけではなく、訪れる可能性の結末が見えるだけなのだ。

 こんな中途半端な力なんて、ぼくは欲しくはなかった。こんなどうしようもない未来など見たくはなかった。

 

 でも、希望はひとつだけある。

 ぼくは見た。王立学園をお嬢さまが笑顔で卒業される未来を、ぼくは見たのだ。

 龍殺しと言われる男性と多くの女性たち、そのなかの一人にお嬢さまの姿がある未来。お嬢様を思うぼくからすれば、お嬢さまがそんな後宮の一員みたいな立場であることには不満がある。大いに不満がある。

 でも、それだけがお嬢さまに降りかかるであろう悲惨な未来を回避できる未来なのだ。ゆえにぼくはやらなければならない。

 龍殺しという男とお嬢さまの仲を取り持たねばならないのだ。


 なぜなら、ぼくはお嬢さまの幸いを願う従者なのだから。


 お嬢さまの領地であるクロウゼヴィッツ男爵領は、アクト王国の西側に位置している。温暖な気候で、四季のうち冬がない。かなり暖かい気候なのだ。


 「ようこそお来し下さいました。ジブリール閣下、ジタンさま」


 ぽかぽかと暖かい日差しのなか、ぼくとお嬢さまが試験場と名づけた畑に到着した。

 迎えてくれた初老の男性は、ダンズルさんだ。お嬢さまの領地である男爵領唯一の村カラカンの村長をされている。

 クロウゼヴィッツ男爵領などとおおげさな名前だが、実態は村ひとつとお嬢さまの屋敷、そしていくつかの山と原野があるだけだ。もっとも、これは王国の大半の男爵領がそうなのだけど。


 「閣下はいいと言ったろう。以前のように呼んでくれて構わない」


 眉をすこししかめてお嬢さまが言う。

 ダンズルさんはぼくが従者として一人前になるまでは、お嬢さまのお屋敷で働いていたのだ。ミルドさんと同じく、幼少のころからのお嬢さまを知る数少ない人間だ。だからだろう。閣下などと他人行儀に呼ばれるのが、お嬢さまは嫌なのだ。

 もちろん、ぼくもジタンさまなんて呼ばれるよりも、以前のようにジタンくんと呼ばれた方が心地よい。


 「いや、そういう訳にはいきません。いくら幼少より知る方とはいえ、いまお嬢さまは領主さまです。立場というものがあるのですよ」


 諭すようにそう言って、ダンズルさんは笑った。その笑顔も、諭すような口ぶりも以前のダンズルさんと変わらない。

 その態度は、立場が変わっても、私は変わらないと言外に告げていた。


 「立場か。やるせないものだ」


 それがお嬢さまにも伝わったのだろう。やれやれという態度とは裏腹に、口調は嬉しそうだった。


 「立場とは往々にしてそういうものです。……それは、ジタンさま、あなたもですよ? 平民と言っても、お嬢さまの従者という立場はこの村では特別なのです」

 「うっ、……はい」


 思わず、言葉に詰まる。

 ぼくは平民と変わらない立場であるため、以前のままでもよいのではないかと思ったのを悟られてしまっていたようだ。


 「私とジタンだけ特別扱いか。困ったものだ」


 と、全然困った感じではなくお嬢さまは言う。


 「ほんとうに、困ったものです」


 応えるダンズルさんも困ったところなどまったくない。むしろどこか楽しそうだ。


 「しかし冗談ではなく、ジタンさまはこの村にとって特別になるかもしれません」

 「ほう?」

 「え?」


 ダンズルさんの言葉に、お嬢さまは関心の、ぼくは驚きの声をあげる。


 「これから見てもらう作物もですが、ジタンさまの持ってこられた案はかなり成果を上げておりますから。これで村の経済状況も大幅に改善されるでしょう」

 「たしかに報告は受けたが、そんなにか?」

 「ええ。私たちも驚いています。まあ、実際に見てもらった方が早いでしょう」


 言って、ダンズルさんは畑のなかへとお嬢さまとぼくを案内する。そこにはぼくの身長ほどの植物が青々と生えていた。


 「これが件の作物ですね。名前はウージ、でしたか?」

 「ええ、そう聞いています」

 「これは確かに当地の気候によく合っています。しかも―――」


 言って、ダンズルさんが刈り取っていたウージの外皮を剥いて、お嬢さまへと差し出した。


 「これは、そのまま口に運べばいいのか?」

 「ええ。齧ってみて下さい」

 「甘いな。これが砂糖の原料だというなら納得だ」


 言われたとおりにお嬢さまがかじりつき、感想を漏らした。


 「ええ。―――あ、カスは呑み込んだりせずに吐き出して下さい。

お嬢さまの言われたように製糖にも使えます。また、こちらを試してみてください」


 差し出されたのは木器に入った液体だ。ぼくの予想通りなら中身は―――。


 「これは……酒か?」


 香りをかいだお嬢さまが口にする。

 やはり中身は蒸留されたお酒だったようだ。


 「お嬢さま、お酒は……」


 ぼくは言いながらお嬢さまの裾を掴む。お嬢さまはまだ成人に至っていないのだ。お酒を飲むことはできても、お酒に飲まれないとは限らない。


 「なに、含むだけだ。―――たしかに、酒だ。しかし強いな」


 笑って、お嬢さまが酒を口に含む。

 かと思えば、ごくりと嚥下してしまった。


 「呑まれているじゃないですかっ! お嬢さま」


 「ええ。あとはこれですね。搾りかすで蝋を造りました」

 「すごいな。捨てるところがない。経済作物としては理想的だな」


 ぼくの抗議の声を聞き流し、ダンズルさんとお嬢さまは話を続ける。


 「ええ、蝋に使用しない搾りかすはすべて肥料として畑に撒けますし、問題はないですね」

 「では、本格的に奨励するか?」

 「そうですね。人数もかかりますし、お金になるにはまだすこしかかりますから、小規模ではじめた方がよいと思います。ジタンさまが勧められた焼畑の方にも、いまはまだ人が要りますから」

 「そうだな。人を少なくして山火事など起きればたまらんからな。砂糖も酒も希少だ。その生産を一手に担えれば間違いなく潤うはずだ」

 「ええ、分かっています。ゆえにこそ、慎重にならねばならないのです」

 「ふむ。まあ、その辺りは任せる。ジタンとよく話し合って進めてくれ」


 言って、お嬢さまが袖を掴んでいたぼくの背を優しく押した。

 ここからはぼくに話せというのだろう。


 「焼畑は順調なのですか?」

 「ええ。木材を出したあと山焼をして、ソバやヒエなどの雑穀類と陸稲や根菜類を順ぐりに植えています。いままでの数倍の収量で、みな喜んでいますよ。それに今まで食べられるかわからなかった山菜の類や猟の獲物の燻製法なども教えていただき、本当に最近は食事が豊かでうれしい限りです。あとは、ジタンさまが言う通りならば、茶の栽培と炭焼きでしたか?」


 ―――うん。ここまでは報告にあった通りだ。本当に順調に言っているらしい。


 ぼくはダンズルさんの言葉に首肯する。

 焼畑とウージがうまくいったら、次はお茶を作る気だったのだ。


 「茶を作るのか? 作れるのか?」


 聞くのはお嬢さまだ。お茶の話はダンズルさん以外にはしていなかったから、驚いたのだろう。


 「当地の気候はお茶の栽培にあっているはずですよ」


 ぼくは前もって聞いていた情報を口にする。自信を持って断定できないのが口惜しいけれど、それはいままでもそうだったから気にしない。問題なのは、ぼくの自尊心ではなく、領地の、ひいてはお嬢さまの未来なのだ。


 「それは楽しみだな」


 お茶好きなお嬢さまは嬉しそうだ。

 いつか村で栽培したお茶と砂糖で使った菓子なぞを、ぜひ食べていただきたい。

 その日を思うと、ぼくも楽しくなってくる。


 「ええ、ぼくもです。炭焼きはまだ職人の手配が出来ていないので、しばらく先になるでしょうね」

 炭焼きは渡りの職人が必要だ。方法は知っているけれど、所詮素人のぼくが誰かに教えることなど不可能だし、単純にいまは人手が足りない。村の財政も人もいまは限られている。できるだけ失敗はしたくない。

 「なんだ。炭も作るのか?」

 「ええ。火力ができれば、その先の鉄の精製も、焼き物なども自領で行なえますから。幸い、雑木の多い土地ですから問題はないと思いますよ」

 「そうか。どちらにしろ、400人もいないこの村ではあまり多くに手を出しても無駄か。しかし、実によく思いつくものだ。兵を半農にすると言い出したときも驚いたが、結果あれのおかげで余分な出費は減ったし、生産も上った」

 「ええ、村の者もみな言っておりますよ。ジタンさまは賢狼の類ではないかと」

 そう言われてぼくは安堵する。ダンズルさんの発言は大げさにしても、その言葉は村の人たちがぼくの改革を支持してくれているということだからだ。

 お嬢さまの言った兵を半農にするのは、同時にお屋敷で働いていた人たちを解雇したことでもある。ミルドさんやグラントさん、ぼくなどの数人を除いて、いまはみな農民となっている。

 俺たちの職を奪うのかと、お屋敷の使用人にも兵士の方にもかなりの反発があったことだった。一時期はかわいい顔しても狼は狼だとかいろいろ言われたのだ。

 数年が経つとはいえ、それが受け入れられたのは、ぼくにとって非常に安心できることだった。

 「そんなことはないですよ。ぼくのは所詮人真似ですから。ほんとうにすごいのは、このようなことを次から次へと着想できる東方にいるという男爵さまの方ですよ」

 

 ぼくはそう事実を口にする。

 

 「ああ、いま話題のジルコールの神童か。六歳から領の政治を事実上担い、その上王都では大公殿下のご息女を人さらいから救ったという。魔法も剣術も桁外れだという噂だが、知識もずば抜けているとは、恐ろしい麒麟児だな」

 

 ジルコールの神童。その名の通り、王国の東方に位置するジルコール領の男爵のことだ。王国一の田舎と称された当方の一領土を、瞬く間に発展させた稀代の男領主だ。

 数年前までは男爵の子息という立場だったが、最近正式に跡を継がれ男爵となった。男爵の戴冠式には異例なほどのにぎやかさで、噂では大公殿下が参ったとかも聞く。いまやジルコール男爵領は東方だけでなく、王国中の注目の的になっているのだ。

 

 「運よく知り合いがその男爵の領地に滞在しているので色々聞かせてもらっているのです。ぼくが言っているのは、その中から当地に合いそうなものだけですよ」

 「それでも、私もみなもジタンに感謝しているよ」

 

 そう言って、お嬢さまはぼくの耳をやさしく撫でて下さった。

 

 「ありがとうございますっ! お嬢さま」

 

 ぼくが言うとお嬢さまは嬉しそうに目を細める。

 やはり、笑われているときのお嬢さまのお顔が一番いい。

 

 「そうなると、あとは諸々の販路だが……。仕方ない。面倒だが、今度茶会でも開くとするか。そこで酒と糖菓子でも振る舞えば、いやでも喰いついて来よう」

 「そうですね。それはしていただけると助かります。あとは、いつも通りルード・ルード商会を使えばいいでしょう。……いやですけど」

 

 ぼくの脳裏に有能だが、性格に難ありの商人の顔が浮かぶ。

 それはお嬢さまも、ダンズルさんも同様のようだ。三人とも苦虫でも嚙み潰したような苦い顔をしていた。

 

 「あいつか……。まあ、仕方ない。当家に選り好みは許されんからな」

 

 お嬢さまが言う。その言葉は誰よりも自分自身に向けているようだった。

 

 「さて、ではあらかた終えたと思いますので……」

 

 言って、いそいそとダンズルさんが大きな机といすを運び出す。

 

 ―――ああ、これは……。

 

 いやな予感を感じながら、ぼくはそのさまを黙って見ていた。

 

 「ああ、そうだな」

 

 お嬢さまもなにが次にくるのかわかっているのだろう。

 ぼくとは違って乗り気な様子で、用意された椅子へと腰かける。

 ダンズルさんの調子はずれな鼻歌とともに用意されるのは、升目のひかれた木の盤と、駒たちだ。それらをじつに楽しそうに、お嬢さまもダンズルさんも並べていく。

 そのさまを見ながら、ぼくは実験場に用意された小屋へと向かう。

 きっと長くなるだろうから、お茶などを用意するためだ。

 

 「さあ、お嬢さま! ショーギをしましょうっ! 今日は負けませんよっ!!」

 「はは、望むところだ」

 

 後ろでは楽しそうに弾むダンズルさんとお嬢さまの声が聞こえる。

 ジルコールの神童が広めた遊戯のひとつ。それがショーギだ。

 娯楽の少ない村の生活で、お嬢さまの退屈が紛らわせればと勧めたのだが、これが間違いだった。

 なぜかダンズルさんたち村の人を中心に大流行してしまい、いまでは暇を見つけてはみんながショーギに興じている。

 もちろん、それはお嬢さまも例外ではない。

 お嬢さまが一番強いものだから、みなお嬢さまとショーギで遊ぶ機会を今か今かと狙っているのだ。

 お嬢さまが喜ばれたことを、素直に喜ぶべきなのだろうが、

 

 「……ショーギは教えなければよかったなぁ」

 

 二人の勝負を見に来た村の人たちに囲まれて、ショーギに首ったけなお嬢さまを見ていると、思わずそんな後悔が出てくるぼくだった。



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