僕は都市伝説に自己紹介しますか?
しばらく放心していた。当たり前だろう。違う世界に来てしまったと思ったら……周りが……。
「ちょっと聞いてるの? お兄ちゃん?」
「え、そのお兄ちゃんって」
「わたし一応小学生だもん。小さい子は自分より大きい男の人をお兄ちゃんて呼んでも間違いはないんだよ!」
「そ・れ・よ・り! 話を聞いていなかったお兄ちゃんに改めて説明するね!」
「いや……あの……できればその前に彼らを……」
僕を真ん中において周囲からじっと見られているのは恐ろしい。たぶん……おそらく……きっと……彼らは人間じゃないわけで。
「あ、そっかー。じゃあ、簡単に紹介するね」
「まず、この女の人が『テケテケ』のカシマさん。このパーティーじゃ、1番のお姉さん!」
カシマさんと呼ばれた女性は、純白のスカートを翻しくるりと回ると、僕にお辞儀をした。
僕に向けた笑顔に顔が赤くなる。透き通った肌はこの世のものとは思えなくて、けれどその笑顔はまるで桜のように美しかった。
「ど、どうも」
テケテケとカシマさんって違う都市伝説じゃなかったっけ? というよりもテケテケだとしたら、あの長いスカートの中は……。
「次に――トシくんが来るまで1人だけ男? だった『くねくね』のクルネ君」
彼? は茶色のロングコートの中から白い顔をちょこりと出して挨拶した……らしい。
一応、僕も頭を下げておく。
「そして最後は……トシ君たちが『メリーさん』って呼んでる女の子。ここでもメリーちゃんってみんな呼ぶんだよ」
フリルの付いたドレスに金髪、碧眼、赤いリボン。そして人形のように無表情な美しい少女がそこにいた。
メリーさんは人形だから、無表情でも当然……か。
ネットの情報と彼女たちの様子が重なって、離れていって、混線して……僕はただただ紹介を聞いていた。
「ん、そう言えば私もまだだった。と言ってもトイレで呼んでくれたから知ってるよね。そう、あの有名な『トイレの花子さん』は私のことだよー!」
「花ちゃん、でいいからね」
「う、うん。花ちゃん、そして皆さんよろしく……お願い……しま……す?」
「では、君の名前も教えて下さいね。花ちゃんったら、何も言わないで行っちゃったから」
カシマさんがベッドに座り……たぶん座ったような恰好をしながら、僕に尋ねた。
「は、はい。僕は……霧島中学校2年生の、鏑木登志って言います」
「トシ君、でいいからね。わたしはお兄ちゃんって言うけど」
花ちゃんが僕の肩に飛び乗って言う。慌てて足を掴む。倒れる――と思ったけれど、何故か少し重いだけだった。足は地面にしっかりとついている。
地面、正確には木の床だけど、さっきいたトイレとは全く違った。
部屋にはベッドが4つと小さなタンス。その上に花瓶がある。質素だけど、泊まるには十分なホテルだ。ホテル……これ、ホテルなんだろうか?
花ちゃんの足を持ったまま、僕は現状にほとほと困り果てて、とりあえず2つだけ質問をした。
「あなた達は誰……なんですか? そして、ここは……どこなんですか?」
クルネ君がビシっと僕目掛けて触手を突き出すと何か言った。
「シンプルでいい質問だね、だってさ。あとお兄ちゃんが落ち着いているのが嬉しいって」
僕は、落ち着いているのだろうか? いやいや、まさか。臆病と自信満々に公言できる僕が落ち着いているはずがない。
まあ、言ってしまうとあまりによくわからなくて、感覚が麻痺している。
「最初に花ちゃんが言ったみたいに、ここはRPGみたいだけどゲームじゃない世界。異世界と言ったらわかりやすいかもしれない」
下から聞こえる声にビクッと身体を震わせると、無表情なままメリーちゃんが話している。
おいおい、口動いてないよ。腹話術みたいだよ。
けれど……異世界。それは確かにわかりやすい。ゲーム、漫画、小説。色々なもので何度も聞いたことがある。
異世界に飛ぶ主人公。大抵とても凄い能力を持っていたり、世界を変えるような知識を持っていたりする。
ただ……僕の周りにいるような珍妙なパーティーが出て来るとは聞いていない。はずれクジを引いた気分だ。
「で……最初の質問は、お兄ちゃんにはよくわかってるんじゃないの?」
皆が笑顔? のようなものを僕に向けてくる。
「その……僕は都市伝説が好きですし……貴方たちのことは知っています。でも……あれは皆の噂話で……」
「じゃあ、前にいる皆は何なの?」
顔の前で足がぶらぶらと揺れる。
「仮装大会……とか、かな?」
「ふーん」
そう言って花ちゃんが床にぴょんと下りる。
「信じてもらうにはクルネ君がわかりやすいけど……」
ニマアと笑う。
「ここは、カシマさんにお願いしよー! ほらほらカシマさんスカートめくってめくって!」
慌てるカシマさんのスカートに花ちゃんがまとわりつく。そりゃあ、という掛け声とともに布が宙を舞った。
僕はというと……顔を赤くして完全に後ろを向いていた。テケテケだったら足がなくて驚く、もし足があったらパンツが見えて嬉しいって、こんな瞬間になんてことを!
「ほーらほら、こっち向いてよ」
手を掴んで無理矢理に回転させられた僕が見たものは……予想の前者だった。足がどこにも、ない。
少し……ガッカリした。と思いながら、視線を上に向けると……ちょうど足の付根のところにひらひらとたなびく、それはそれは美しく、薄い布切れが……!!
「おおっ!」
思わず声が出る。
「きゃああああああ!!」
「お兄ちゃんの変態!!!」
ちょっと待て! これは僕、全然悪くないだろう!!
けど、次の瞬間。花ちゃんの渾身のボディブローと、カシマさんの華麗な右ストレートで僕はKOされた。
「いててて……」
立ち上がると、花ちゃんが僕の顔にグッと近づいて自慢げに言う。
「どう? これで信じてくれたでしょ?」
「はい……」
何だろう、この非日常の中にある奇妙でいて普通な日常風景は。少し置き換えれば美味しい状況とも言えなくはない。言えなくはない……けど。
僕は4人の都市伝説を見渡して肩を落とした。
これから、いったいどうすりゃいいんだ?