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トイレは異世界につながっているのですか?

どうせなら彼女に殺されたい、そう思った。




教室という立方体の中の、机と椅子という空間の中、さらにスマホ画面。そこに映っている都市伝説と踊る文字、それらの異形の怪物たちが跋扈する話だけが、僕の唯一の世界だった。


今の時代にスマホがあるのは少し嬉しい。両親が学校に通っている時なんて、学校で1人の世界に閉じこもるには本という道具ぐらいしかなかった。


けれど、今の世界にはスマホから簡単につながるインターネットという大海原がある。そこには情報がたくさんあって、様々な疑似世界があって、怪物たちにすぐに会えた。


『トイレの花子さん』に『理科室の動く人体模型』『ベッドの下の男』や『首なしライダー』。そして――。


人々の噂話から生まれたものなのに、彼女たちはこの現実世界の闇の中に存在するかのような錯覚を覚える。


いや、僕にとって彼女たちは錯覚ではない。例えるならば皆がアイドルや2次元の美少女を追いかけるように、僕は都市伝説を夢中になって追いかけていた。会いたい。会ってひと目見てみたい。


そして今も――


「おう、登志。今日も頼むわ」


しまった!


教科書を盾にしてスマホを操作している間に、とっくに昼食の時間になっていた。


僕の周りから人が離れていった。皆僕を憐れむように、けれど決して関わりたくないと目が言っている。


僕の空間が少しずつ壊されていく。今はもう、糞ったれな現実という名の世界に引きずり戻されてしまった。


「聞いてるのか? と・し・く・ん?」


「は、はいぃぃ!!」


スマホが僕のいる中学2年のクラスの皆に行き渡っている時代だと言うのに、このような輩は絶滅していない。そして、たいてい狙われるのは友だちもいなくて、身長も小さくて、教室の隅で1人縮こまっているようなやつ。


つまり僕だ。


「俺たち、いつものように弁当忘れちまったんだわー。それでさー、学校の隣にあるホカ弁。そこでデラックスチキン竜田きんぴらゴボウ付きのり弁。3つ頼むわ」


名前長いんだよ! このやろう!!


「で、でも正門の反対側で昼休み中に戻ってこれな……」


「あるだろう? 方法が」


「え……それって……!?」


「旧校舎突っ切って、中の裏口から出ればいいじゃねーか」


言うと思った。ここの教師の怠慢かはわからないし、たまに、年にほんの数回だけ使われるからかもしれない。


とりあえず、旧校舎の入り口はほとんどの時間開いていた。夜中に探検に行っている生徒も何人もいるのに、そこの扉は何故か閉ざされていない。


けれど、中に入るのは学校でもほんの一握りのやつだけだ。自分の勇気を周囲に示したいやつ、女と入って恋愛フラグを立てようとするやつ。


「ほんじゃまあ、頼んだわ。俺たち教室でお腹空かして待ってるからよう」


顔をぐいっと近づけて凄んでくる。3人の中で金髪のリーダー格。ボクシングをやっているという噂もある。名前は……覚えていたくない。


僕は追い立てられるように、教室から出た。


「行くしか……ないか……」


体力テストは後ろから数えて一桁に入る僕が走っても、クラス1位の小走り程度で抜かされてしまう。ただ、だからと言って歩いていたら、昼食どころか次の授業にも間に合わない。


ハァハァ。


息を切らせて階段を下りると、理科室の隣にある一本の渡り廊下が見えてくる。


途中から古い木の板に変わってしまう廊下。それが旧校舎への一本道だ。


渡り廊下の横枠に手を当てながら、玄関へと向かう。昼間だと言うのに、少し日が陰ってきているように思える。


僕は旧校舎の玄関に着いた。


ふぅ、と息を整えて、前を見る。


――早いけれど、前言撤回しよう。


実際のところ僕は都市伝説マニアであって、彼らの生息地に踏み込む勇気は一欠片も持っていない。ホラー映画は大好きだけど、現実世界で血を見ると具合が悪くなる人間と同じ。


旧校舎の扉は、僕の背丈の2倍もないはずなのに、まるで巨人を防ぐための防壁のように思えた。


「それでも――」


時計を見ると、あと30分ぐらいしかない。弁当を作りおきしてあるのを祈りながら、今から店に行って、あまる時間は5分ぐらいだろうか?


僕は思い切って扉に手をかけ――ゆっくりと開いた。


靴箱が並んでいる。


中は今いる校舎ととても大きく変わるわけじゃない。一度写真を見せてもらったけれど、机や椅子が埃を被っていることと、備品がないことを除けば、たいていの教室は揃っている。


構内図も簡単だ。裏口までの最短距離は頭の中にある。


もちろん、床も壁も天井も木製ではあるけれど。


足音を殺して裏口方面へと向かう。


音を出さないようにしているのは決して怖いからじゃない。そう――僕の痕跡を残さないように、走ることを避けているだけだ。決して怖いからじゃない。


裏口まで向かうには幸いなことに職員室とトイレぐらいしかない。


トイレ、トイレ……か……。


ああ、嫌なことを思い出してしまった。いや、大好きなんだ。大好きなんだけど、今、この場では出てきて欲しくない。


職員室のプレートの下を通り過ぎ、裏口が見えた時……それは聞こえた。


しくしくしく。


身体が固まると同時に、何となくその状況を予想していた自分がいた。


しくしくしく。


美しい少女の悲しげな声が響く。もちろん、女子トイレから。


止まるな、このまま突き進むんだ! 鏑木登志!!


しくしくしく。


「あ、うううう……」


魔力か妖力というのがあるとするならば、こういうものに近いのかもしれない。僕の足は、意志とは反対に女子トイレへと向かっていった。


声はまだ続いている。ごくりとつばを飲み込むと、後ろから何かに押されたように、僕の足はトイレへと踏み込んでいた。


うん、これは駄目だ。僕はもう駄目だ。


錆びついた鏡。木製の個室。個室は開いている。こちらから3番目の扉は除いては。


もう……ここまで来たらやるしかない。というよりも、何もやらなかったとしても、僕の生存は保証されない気がする。


呼び声に惹かれてきたのならば……当然……そう考えなくてはいけない。


それならば……最期ぐらい都市伝説をこの目で見ておきたかった。


僕は今度は自分の意志で扉の前まで歩いていった。木の板が軋む。木製の扉の前で深呼吸して、思わず咳き込む。


やり方は知っている。何度も何度もネットで見た。いつかやってみたいけれど、絶対にやりたくないと矛盾した感情を抱いていた。


1回、ノックする。


悲しそうな声が止んだ。


ああ、これは確実にいるパターンだよ。いたずらだったらどんなに良かったことか。もう足が床に張り付いて動かない。


腕を振り下ろして……2回目のノックをする。


ゴクリ、と息を飲ん……いやいや、待て待て。俺は今、息を飲んではいない。むしろ呼吸が止まっている。何だこれは?


まあいい……次のノックですべてがわかる。


3回目。最後のノック。


「う!」


う!?


これも僕の出した声じゃないぞ。こんな事ネットの何処にも書いていなかった。


いや、気を取り直そう。僕の運命はもう決まっているのだから。


最後の呪文。


「は、は、花子さん?」


疑問形。


「あ、そうだよ」


ん。んーー?? 何だこれは?? 「何か用?」みたいなテンションだったぞ。これが誰も知らない現代の『花子さん』なのか!?


「――『何して遊ぶ』って言わないの?」


「あ、うんそれは……」


『何して遊ぶ』というのは、花子さんを召喚した後に、人間が言う台詞だ。絶対に花子さんから言うことじゃない。


だって、僕が『僕が何して遊ぶ?』と聞いたら……首を……


「ほらほら、『何して遊ぶ』って聞いてよお」


「あ、うん。えと『何して遊ぶ』」


扉がバンと開いて何かが抱きついてきた。そして――


「RPG!!」


「はあぁぁぁぁぁ!!!!????」


物凄い力で引っ張られて、便器の中に引きずり込まれた。何故か水洗トイレでウォッシュレットまで付いていて、水は富士山でとった天然水みたいに爽やかだったけれど……当然のように僕は気を失った。

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