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第八話 魔物

 「……誰もいない?」


 薄暗く、中がよく見えない小屋、拳太は慎重に木を伝い、二回の窓から音を立てないようにしてまで慎重に侵入したが、表の騒ぎのせいか人の気配すらしない

 誘拐した人質が押し込められている場所なら、見張りの一人や二人はいると思っていたが、もしやタックが騙したのだろうか? と思案する


 「……ねーな、まるでメリットがない」


 しかし、小屋の中には何も見当たらない、一階は食糧庫、二階は財物庫となっており、双方足の踏み場が殆ど無いほどに荷物が敷き詰められており、とてもここに大勢の人を押し込めることができるとは思えない、現に拳太は時折背の高い荷物を乗り越えながら探索をしている


 「クソッ、動きづらいぜ……………?」


 そこで、ふと積み荷に足をかけた拳太に違和感の残る感触が返り、ギシリと床が僅かに軋む、今までの積み荷は中にたっぷりと物が入っていることが分かるぐらいにしっかりと床にその重さで根を下ろしており、ましてや床が軋むような事は一度も無かった。


 「……なんだ、軽いぞ?」


 調べようとその箱を持つと、拍子抜けするほどにあっさりと持ち上げられた、やや大きいため持ちづらいが、それでも遠くまで難なく運べる程度には軽い、と言うより中身はすっからかんだ。

 疑問を挟むのも束の間、拳太がいくつか箱を除けた場所に目を向けるとちょうど馬車が通れるほどの坂道が地下に続いていた、壁や天井は苔生していたが、石で整えられた床だけが潰れてその灰の岩肌を晒しており、つい最近使われていたことが窺える

 間違いない、ここだと拳太は確信を抱きながら焦燥に突き動かされるように地下への坂道を駆け下りていった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 暗い、寒い、どうして、そんなことを何度考えたことだろうとバニエットは思い返す。

 それは正に突然としか言いようのない出来事だった、住処に火が放たれ、瞬く間に広がると同時に大勢の人間が乗り込み、次々と自分たちを攫って行ったのだ。

 助けを求める間もなく、気が付いたらこの先の見えない暗闇の中に押し込められていたのだ。

 救いだったのがバニエット一人ではなかったことだろうか、今にも恐怖でどうにかなってしまいそうだったが、側にいる祖母のぬくもりと仲間たちの息遣いを頼りにバニエットは耐える事ができたのだ。


 「……!」


 そうして耐え続けて一体どれだけ経っただろうか、不意にバニエットの耳が異音を捉える、他の獣人達もそれぞれの発達した器官で状況の変化を感じ取っており、僅かにざわめきが広がり、次に来る何かに備えて皆警戒態勢を取る

 祖母に強く抱きしめられ、バニエットもまた腕を伸ばしてより深くしがみつく


 「……誰もいないか?」


 暗闇の一角から光が差し込み、そこから一人、誰かがバニエット達の前に姿を現した、逆光となっているためその人物の顔は見えないが、頭に巻いているバンダナの緑色は認識できたので、仲間たちの緊張がより強くなる

 一体、何をしに来たのかとバニエットが恐怖に身を震わせて彼を注視していると、彼はおもむろにバンダナを外して叫ぶ


 「バニエット! いないのか!? 誰か返事をしてくれ!!」


 その声が聞こえた途端、バニエットの中にある恐怖は全て吹き飛び、心中には驚きが満ち、次に歓喜が湧き上がってくる

 自分を助けに来てくれた――その事実が彼女の体を熱くさせる


 「ここです! ここにいます!」


 祖母の腕の中を飛び出し、格子をつかんで絞り出すように叫ぶ、自身の絶叫で耳が痛むが、そんなものが気にならなくなる位の激情が湧く、早くこちらに来て安心させてほしいと声を上げる

 そうして駆けつけてきた男の顔は、やはりバニエットの想像した通りの人物だった。


 「そこか!? 待ってろ、今開けに行く!」


 暗闇の先にあるバニエットの叫びを聞きつけ、拳太はタックから渡されたピッキングツールを片手に駆け出す、バニエットたちを捕えている格子の鍵は単純な構造であったため、手順さえ知っていれば誰でも鍵を開けられるとのことだ。

 この時、拳太もバニエットも、他の獣人達も互いの事を注視していた、だからだったのだろうか、拳太は彼らを助け出すことで頭がいっぱいであったし、獣人達も状況の変化に対応しようと夢中になっていた。


 「――!!」


 それが確かな隙となって、拳太に牙を剥く、暗闇の横合いから飛び出してきた物体に拳太は気づくことすらできずにぶつかり、その質量の重みがもたらす衝撃に耐えきれなくなって吹き飛ばされ、ピッキングツールを持つ手から力が抜けて彼方へと転がっていく


 「が、ァ!?」


 それが楕円形の連なった何かだということを理解した時には拳太の体はいくつかの障害物を道連れに壁に叩きつけられた、壁と拳太に挟まれて潰れたものから水分と甘い匂いが放たれ、どうやら果物がクッションになってくれたようだ。

 しかし固い壁に背を打ち付けなかった事も所詮気休めに過ぎず、ただの人間でしかない拳太には先程の一撃はあまりにも大きく、手足に僅かな痺れを残して動けなくなっていた。


 「うぅ……く!」


 それでも迫りくる危機を前にこのまま終わるわけにはいかない、拳太は痛みを訴える体に構わず頭を上げて暗さに慣れてきた目で周囲を見渡すと、ちょうどバニエットの手の届く場所にピッキングツールが吹っ飛んでいる事に気が付いた。


 「おい、バニエット! そこに転がっている針金を拾え!」


 「え? あ、あの……」


 「早くしろ、急げ!」


 呆然と此方を眺めていたバニエットに喝を入れ、彼女は格子から腕を伸ばして予め形を整えておいたピッキングツールを掴む、傍から見たところ歪んだ様子もなく、問題なく使えるだろう


 「その棒を鍵穴に突っ込んで左に押し込みながら回せ! それで開くからとっとと逃げろ!」


 「は、は、はいぃ!?」


 そうやって指示を飛ばしていると、とうとう拳太の向かい側から重い足音が響いてくる、拳太を吹き飛ばしたものを前に突き出しながらギチギチと聞いてるだけで悪寒の走る音をかき鳴らしながら近づいて来て、とうとうその姿が露わになった。


 「な、なんだ……!?」


 拳太の口から驚愕の呟きが出て、周囲の獣人達もまたその異形に凍り付き、視線が『それ』に強制的に釘付けにさせられる、『それ』は青く、透き通るような体をしていてガラスとも水ともつかない不思議な質量感を有している、その青に包まれた大きな体の中でも眼球に当たるであろう四つの球体だけが赤く輝いていて、一つの例外もなく拳太の姿を映していた。


 「サソリか……!?」


 未だその怪物の全容は明らかになっていないが、拳太を吹き飛ばした楕円形の球体連結棒の先端には禍々しい棘があったことと、ザリガニなどとは比較にならないほどの太い鋏がその生物が何を模しているのかは生物学者でない拳太でもすぐに分かった。

 そしてその生物を、ひいてはいる程度の特性を理解しているが故に、拳太の脳裏にはある考えがよぎる


 (まさか……この体の痺れ、毒か?)


 てっきり衝撃にやられて体が動かなくなっていると拳太は思っていたが、いつまで経っても体を走り回る電流のような痺れとそれに伴う鋭い痛みは収まる様子を見せないし、力を入れて起き上がろうにも込めた先から不自然に抜けていって指先を痙攣させるようにしか動かせない、明らかに体に異常が起きている証拠だった。


 「や、ヤバイ……体が、もう……」


 それに考察が届いた時にはもう、拳太の毒は全身を回り始めていた、首を起き上がらせて周囲を見渡すどころか、口を回す余力すら消えかけていた。


 「せめ、て……ちゃんと、逃げろよ」


 怪物が拳太に向かって歩き出すと同時、それによって硬直していた獣人達も我に返り、バニエットが鍵を開けた端から半ば混乱状態に陥りながら出口へと向かう、多少脱出までに時間はかかってしまうだろうが、怪物の意識は拳太に向かっている、少なくとも自分が死ぬまでは時間を稼げるだろうと判断した拳太は足掻くのをやめて目を瞑る


 (情けねー……けど、無意味におっ死ぬよりかは、マシか……?)


 ここを抜け出せても、混乱状態の獣人達では盗賊の拠点を首尾よく抜け出せるとは思えないが、そのあたりは翠鳥に任せよう、ナルシスト気味な、しかし確かに誇りを持っていたクラスメイトに願いを託して、拳太は静かにその時を受け入れた。

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