第六話 たとえ一人でも
「……集まったか、では早速会議を始めよう、先ずは状況報告から」
「ハッ、北方面ですが――」
盗賊団が去り、町の混乱も一通り落ち着いてから暫く、衛兵達の詰め所では今後の方針を決めるべく会議が行われていた。
もうすっかり日は暮れ、部屋が備え付けのランタンだけに照らされて薄暗くなっている、そんな時間になるまで働いているにも関わらず依然、幸助とその部下たちには疲労の色が見えない、鍛えているおかげなのだろうか、と拳太は未だぼんやりとしている頭で考えた。
「――遠藤? おい、遠藤、後は君だけだぞ」
「……ああ、すまねー……こっちは怪我人とかは見当たらなかった、壊れた建物も幾つかあったが、そこまで滅茶苦茶にはなってねぇ」
ただ、と前置きして拳太は己の手の中にあるハンカチを見つめながら、今にも掻き消えてしまいそうな声量で呟く
「バニエットが……この町の獣人達が、攫われた」
拳太の呟きを聞き、兵たちは一様に腕を組んでううむと唸る、不思議そうにしている彼らの様子が気になって拳太は目線を握りしめたハンカチから上げて、改めて部屋の方へと向ける
と、そこで、拳太は彼らを見てある違和感を抱いた。
(……どういうことだ? 人が攫われてるってのに、この妙な脱力感は)
自分が神経質になっているのだろうか、とも思ったが、どうにも拳太の目にはいまいち彼らに緊迫感が無いように思えた。
現に彼らは、攫われた獣人の事ではなく、盗賊団の目的について話し合っている、もちろん奴らを捕まえるためには必要な事であることは拳太にも理解できたが、それでも先ずは攫われた者たちを心配する声の一つがあってもいいのではないだろうか
そして、僅かな苛立ちと共に募った違和感は、次の兵たちの言葉で確信に変わった。
「しかし、攫われたのが獣人だけで良かった、これならあまり戦力を割かなくてもいいだろう」
誰がこぼしたのかも分からない、もののはずみで出たような言葉
おい、と誰かが諫める言葉も出たが、それが耳に届く前にガタリ、と大きな音が鳴った。
「ん? どうかしたか坊主」
「え、遠藤……落ち着け、確かに今のは――」
それまでどこか上の空だった拳太が、不穏な雰囲気を纏いながら椅子がずれるほどに勢いよく立ち上がる、明らかに喧嘩腰の態度の拳太を見て慌てて幸助がなだめようとするが、聞き入れる様子もなく、拳太は彼らの眼前まで詰め寄った。
「どういう、ことだ? 今の……言葉の、意味は」
努めて冷静であろうとした口調で問いかけてはいるものの、拳太の口から出る言葉には隠し切れないほどの怒気が滲み出ており、拳太に一番近い場所にいた兵士は狼狽えながらも問いに答えた。
「どういうも、何も……『獣人』は確かに大切な労働力だ、大勢失うのはそれだけ損害も大きいが、それでも人命に被害は無かったんだ。わざわざ危険を冒してあいつらの本拠地を探して乗り込む必要も無いってことだが?」
その言い草に、拳太は思わず絶句した。
まるで拳太の質問の意味に気づいてはいない、いやそれどころか――互いの認識そのものが全くかみ合っていない
「なぁ……あんたら、あいつらと話したことはあるか?」
「は? 今度は何だよ?」
「いいから、答えてくれ」
唐突な話題転換に兵たちは困惑するも、互いに顔を見合わせた後に次々と似たような返答を返した。
「そりゃあ、まあ……」
「買い出しの言いつけとか、暇なときとか」
「むしろ、無い奴の方が少ないんじゃないか?」
そんな彼らの答えを聞いて、拳太は拳を固く握りしめると、今度こそ怒りを露わにして彼らを睨みつける
場の険悪な空気が一層鋭くなったのを感じて、兵たちは身構え、幸助も拳太の背後でいつでも押さえつけれるようにする中、拳太はもう一度口を開いた。
「そんなあいつらとの出来事を思い返して、それでもさっきのセリフが本気で言えるのかよ?」
怒りを込めたはずの拳太の言葉はどこか悲し気で、ともすれば懇願するような切実さを伴って彼らに問いかける
しかし、拳太の望みとは裏腹に、若干の躊躇いを残しつつも無情にも彼らは頷いた。
「………………そうか……すまねーな」
「あ、おい! 遠藤、待て!」
拳太は目を伏せると早足に部屋から出ていき、それを幸助が慌てた様子で追いかける、取り残された兵たちは、どうすればいいかわからずにただその場に居続けるだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「遠藤! 待て、どこへ行く気だ!」
もうすっかり暗くなってしまった町の中、せかせかと歩を進める拳太に幸助がようやく追いつく、拳太は無視して先に進もうとしたが、幸助が目の前に回って立ちふさがったことにより拳太は余儀なく足を止められる事となる
「退いてくれ、時間がねーかもしれないんだ」
「時間がない? ……! 遠藤、君はまさか!」
その一言に、幸助はすぐさま拳太がどこに行こうとしているのか、そしてそこで何をしようとしているのかを察知する
拳太は、バニエットたちを助けに行くつもりなのだ、大勢いるであろう盗賊たちの集団の元へ、たった一人で
「だめだ、尚更君を行かせられない……それに、こんな暗い中、当てもなくどうやって行くっていうんだ!」
「当てならある」
「な……何を根拠に?」
即座に返された拳太の言葉に、一瞬幸助の動きが止まる、嘘を言っている風でも無く、その真意を確かめるべく幸助は疑問を投げる、拳太は歩きながらではあるものの、幸助の疑問に答えていった。
「先ず、あいつらはとにかく数が多い、少なくともこの町全域に襲撃をかけて、各地の対処を間に合わせられなくなる位には」
腕前こそ兵士一人に複数でかからなければ互角で戦えない程度の者が殆どだが、そんな奴らでも数がそろえば脅威となり、他所にも飛び火する、今日の襲撃の時のように
しかし、数が多いことは何もメリットばかりを生むわけではない
「そして、さっきの会議で聞いた限りじゃ数に対して馬が少ない、その数少ない馬だって誘拐に割いちまって自分たちの足を確保できてねー」
「つまり遠藤はこう言いたいわけか? 『それほど時間も経っていない今、奴らはそう遠くない、限定的な場所にいる』、と……」
「そういう事だ」
襲撃時の連携ぶりから盗賊たちは偶発的に集まった者たちではなく、それぞれが繋がっていると確定してもいいだろう
そして、この電話などの通信機器が発達していない世界において、ここまでの連携を発揮するには必然的に同じ場所に集まらざるを得ないはずだ。
手紙を使えば話は別かもしれないが、距離に応じた郵送時間の差異と国の助けが得られない以上その可能性は低い
と、拳太が自分の考えを述べると幸助はなるほどと呟いて顎に手を当てて頷いていた。
「一応、魔法器具による通信手段はあるが……あれは通信係を用意しないと使えないくらいには複雑な手順を踏む必要があるから、それもまず使わないだろう」
「しかし、それでも奴らの居場所を一人で、それも馬もなく突き止めるには時間がかかるぞ?」
「そっちも心当たりがある」
その言葉と共に拳太の足が止まり、ある建物の前に体を向ける
そこはそれまで通り過ぎて行った民家と違って石造りの、どこか重々しい印象を抱かせるもので、夜の街頭を担う松明にぼんやりと照らされて、その印象をさらに増幅させている
そこは、昼間に拳太達がいた場所でもあった。
「留置所? ……ここがどうかしたのか?」
「……あれだけの数で、この町のあちこちを掻きまわすとなると、当然乱闘になる、そうなれば敵味方の区別をつけるための物が大抵はある、そして今回は見間違いじゃなけりゃああいつらは緑色の布を何らかの形で身に着けていた」
「緑色の布……そうか!」
その者は、幸助にも心当たりがあった。
幸助自らが追っていて、拳太もまた目にした者、更に現在こうして留置所に捕らえられている人物など、拳太、幸助共に一人しかいなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァ? 嫌だね」
その人物――昼間酒場で拳太を人質にとって返り討ちにあったバンダナ男は、拳太達から用件を聞くなり嘲りを交えた調子で協力を否定した。
「なんで、何のうま味もなくお前らなんかの協力しなけりゃいけないんだよ、バカバカしい」
「……そうか、では残念だが君にはここで死んでもらおう、後方の憂いは断っておかなければいけないしな」
「安心しな、一瞬で折ってやる」
「ま、待て! 分かった! 分かった! 話し合おうじゃねぇか!?」
幸助は底冷えするような眼を男に向けると腰の剣の柄に手を伸ばし、拳太もまた自分の拳を鳴らして男の元へとにじり寄っていく、それを見た男は慌てて幸助に牢越しに縋りつき先程までとは打って変わって情けない声で必死に呼びかけた。
もちろん幸助と拳太に彼を殺すつもりなど微塵も無い、ただ男が非協力的な態度を取ることは火を見るより明らかだったので一芝居打とうと事前に決めてあっただけだ。
「だ、だがマジな話よぉ……俺の身の安全を確保してくれない限りにゃ協力なんて出来ねぇぜ? 裏切りのリスクを負うわけだし、成功しても鉱山送りの刑にでもされちゃ意味がねぇ」
男の言葉に幸助がもっともだな、と返答する
元々ただで協力を得られるとは二人とも考えていなかったため、男の要求はむしろ破格だ。
問題は、この男が役に立つのかと、肝心な時に裏切ったりしないものかというわけだが
「自分の身をわざわざどうでもいい他人のために危険にさらすんだ、こんな要求くらい呑んでくれよ、な? な?」
不安げにびくびくと頼み込む男の姿を見て、二人の考えは一致した。
すなわち、道案内させた後、適当に遠ざけておけば大丈夫だろうと
「いいだろう、では今から君を一時的に釈放するが……おかしなことは考えるなよ?」
「昼間みたいに寸止めなんてしねーぜ?」
「わ、分かってる、分かってるから……」
念を込めた二人の脅しに怯えながら、三人は留置所を後にした。