表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第五話 空白の一か月

 一先ず男を縄で縛り上げ、留置所へと連行する途中、拳太は幸助に危険を冒すことへの説教を延々続けられたが、そうこうしているうちに目的の場所までついてしまい、幸助は一度話を切り上げた。


 「では、これから僕はこの男を牢に送らなくてはならないが……遠藤、君と話したいことがある、一緒に来てくれないか?」


 「……そろそろ仕事に戻らなくちゃいけねーんだけど」


 「そこは僕の部下に説明させよう、後は君さえよければ」


 そこで拳太はあの強面の親父の心配そうな顔が脳裏に浮かび、ほんの少し迷ったが身元のきちんとした騎士が事情を話してくれるのなら要らぬ気を遣わせることも無いだろうと結論を出すと、改めて拳太は幸助に向かい合って言った。


 「わかった、オレも聞きたいことがあるんでな」


 「そうか、では茶でも飲みながらゆっくり話すとしよう」


 そう言ってほほ笑む幸助の嬉し気な表情に、何か引っかかるものを感じた拳太だったが、例え殆ど関りの無いものでもこの異世界で同郷の者に会えたことがそれほど心の励ましにでもなったのだろうと考え、それほど深く詮索しなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「すまないね、こんな殺風景なところで」


 「いや、別にいい」


 二人の部下に後の事は任せ、拳太と幸助は人目のつかないように空いている尋問室で茶の準備をしていた。

 二人きりで話すことは勿論、この世界に転移してからの事である


 「まぁ、オレはそんなに話すことは無いがな、ここに来てからずっと宿屋でバイトしてただけだ」


 「ふむ……意外だな、僕はてっきり、どこかで魔物退治でもやって大金を稼いでいるのだと思ったが」


 「……はぁ?」


 突拍子もないことを言い出す幸助に対して、拳太は思わず素っ頓狂な声を出して呆れた様子で幸助を見る、そんな拳太の視線を受けて幸助もまた、不思議そうな目で拳太を見やる


 「いや……僕たちに発現した『力』を使えばそれぐらいなら可能だろう?」


 「『力』? 何の事だ?」


 「……まさか遠藤、君は『能力』に目覚めてないのかい?」


 「……さっきから何訳の分かんねーこと言ってんだ?」


 拳太が本当に何のことかわかっていないことを察したのだろう、幸助は驚きながらも拳太に向かって手を突き出す。

 いったい何をするのかと拳太がその手を凝視していると、不意に彼の顔にそよ風が吹いた。

 窓の無い部屋で風が吹いた事に目を見開き、拳太は幸助に目を向ける


 「僕たちがこの世界に来た時、神の加護とやらで発現した力……僕は風の魔法だけど、他にも身体強化とか、治癒能力とか、色々な能力がある、僕がこの国の騎士団の警備隊、一つの町を任される班長になれたのもそのお陰さ」


 随分と都合のいい力に拳太は思わず嘆息する、と言っても同じクラスメイトであるにも関わらず拳太にはその力が無い当たり、何者かの作意を感じざるを得ないが、拳太は自分の人生がおおよそ神に嫌われまくっているかのようなものである事を思い出し、今更気にするほどでもないかとその疑問をあっさりと流した。


 「能力、ね……まったく、オレにはそんなもん欠片一つとしてねーぜ」


 だから、この言葉も単なる当てつけというか、久しぶりに少し軽口を叩きたくなったから出たセリフに過ぎなかった。


 「ふむ……確かにそれなら一か月も音沙汰が無かったことにも納得できるな」


 ――だが、幸助のこの言葉を聞いて、拳太の頭の中から再び疑問が泉のように湧き出てきた。


 「待て、一か月?」


 「ん? 僕たちが召喚されたのは一か月前、あの王城に召ばれたんじゃないか……そういえば、君はあの時どこにいたんだい? 遠藤だけどこにもいなかったから心配した人もいるんだぞ?」


 無論、僕もクラスメイトとして心配していたがね、という幸助の安堵したかのような言葉も耳に入らず拳太は考察に耽る


 (オレの自覚している範囲でこの異世界に来てからまだ五日目……オレだけあの場所に召喚されて二十五日近く意識不明だった……? いや、流石に無茶がありすぎるな、せめてオレ以外にも場所や時間のズレた奴がいれば説明はつくんだろーが――――)


 「遠藤? ……おい、遠藤!」


 呼びかけられても一向に返事をしない拳太に、幸助はしびれを切らして肩をつかんで大きく揺する、そこまでしてようやく拳太の意識は現実に戻り、反射的に幸助の方へと顔を向けた。


 「大丈夫か? 急に呆然としていたが……」


 「いや……それよりもだ、翠鳥、オレは一つ言っておかなきゃいけねー事がある」


 心配ないと言わんばかりに手を振り、拳太は真剣な面持ちになって幸助を見据える、そんな彼の意志を察したのか幸助もまたそれまでの心配げな顔を変えて拳太の言葉を一字一句聞き逃さんと拳太を見返す。


 「オレは――」


 爆音、それが拳太の言葉を遮った。

 古いとはいえ、防音機能も兼ね備えているはずの尋問室にも大きく響き渡った轟音は今、拳太達の立っている場所をも揺らし、拳太達は硬直してその場に立ち続けるだけでも必死になる


 「ぐっ!?」


 「ッ……!」


 やがて硬直から立ち直ると同時、尋問室の扉が叩かれ、幸助の部下の一人が焦燥を含んだ声で名乗りを挙げ、入室の許可を求める

 幸助が扉の鍵を開錠して開けると、騎士の男が兜の下からでも分かるほどに青ざめた様子で告げた。


 「盗賊の集団が、町のあちこちで襲撃! こちらも迎撃していますが、数が多すぎて対応しきれません!」


 「な、なんだと!? 集団なんて、どこから……!?」


 悲鳴のように告げられた報告に、幸助は突如として現れた敵の群れに思わず呆然とする、拳太は知る由もなかったが、この町、ひいてはこの国自体が長い平和を築き上げており、盗賊が現れ始めたのもここ数年、それも単独犯が殆どで、複数犯だった場合でも集団と言えるほどの人数は集まっていなかった。

 幸助もその事を聞かされており、警戒を引き上げることはあれど、唐突な大規模襲撃に咄嗟に対応できないのも仕方ないことだろう


 「……んな事は後だ、翠鳥、オレたちはどうすればいい?」


 「……! あ、ああ!」


 先に立ち直った拳太の言葉を受けて、幸助も何とか呆然自失に陥ることは避け、毅然とした表情で幸助は自分の指示を待っている部下に告げる


  「襲撃犯への対応は近くにいる時の迎撃のみに留めろ! 一先ず財産の保護と住民の避難を最優先させるんだ!」


 「了解!」


 幸助の指示を聞くや否や、部下は鎧を着ているにも関わらず、矢のように駆け出しあっという間に姿が見えなくなる、拳太がそんな彼を見送っている間に幸助は傍らに置いてあった軽装の鎧を着こみ、矢筒に入れられた剣を腰に差した。


 「君にはここで待ってて欲しいが……今は君のあの冷静さと器用さを借りたい、いいか?」


 「ああ」


 幸助から投げ渡された短剣を受け取りつつ、二人もまた外へと飛び出した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 外は酷い有様だった、街道は荒れ、一部の建物には火が付き、人々の悲鳴と怒号がどの方向からも聞こえてくる

 予想を遥かに超えた事態に二人は思わず顔をしかめる


 「何だこりゃ、まるで戦争じゃねーか……!」


 「僕は一先ず戦闘地域の援護に行く、遠藤は避難の手伝いを頼んだ!」


 幸助はそれだけ言うと全身に緑色の煌めきを纏い、次に風を生みながら疾走していく、文字通り風のように走り抜けていく幸助を片目に拳太もまた行動を開始しようと一歩踏み出した。


 「……!!」


 その時、拳太の目の前を一台の馬車が通り抜ける、顔つきの悪いバンダナを巻いた男たちが乗っているのを見るに、盗賊団の物だろう、彼らは拳太の事など気にも留めずに荒々しく馬を走らせている

 そして、通り抜ける刹那、馬車の後部に差し掛かった時、拳太の時間は急激に減速した。



 馬車には布が被せられて、側面から見えなかった。


 後ろから見た馬車には、格子がついていた。


 格子の中には沢山の人がいた。


 中にいるのは獣人だった。


 女子供も中にいた。


 見覚えのある顔があった。


 それは、それは――――


 「バニエットーーー!!」


 「――! たす――!」


 拳太が叫んだ名、知り合ってまだ一週間と経っていない名、それでもこの世界で拳太に初めて笑顔を向けてくれた少女の名をあらん限りに叫ぶ、バニエットも拳太に気づいて格子の中から勢いよく手を出し、拳太もまたそれに応える


 「………………」


 拳太の叫びもまた別の叫びにかき消され馬車は拳太の視界から消えていく

 拳太の伸ばした手が掴んだのは――バニエットにあげた桜色のハンカチだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ