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第四話 トラブル体質な不良

 拳太は駆け出していた。あの老婆から告げられた言葉に思わず拳太は今まで抑えていた感情の箍が外れそうになったが、無我夢中で走り回ることでそれを頭から追い払った。

 ようやく思考が頭を回る頃にはすっかり息が切れ、心臓と呼吸の音しか意識に入らなくなっていた。


 「ゼェ……ハァ……ゼェ……」


 痛む肺にいっぱいの空気を出し入れしながら体力の回復だけを考えるようにしていく

 ようやく息が整った頃には、もうすっかり気持ちが落ち着き始めていた。


 「…………フゥ、フゥ……チッ、みっともねー……」


 湧き上がる感傷を抑えきり、拳太は火照った体を冷ますべく学ランを脱ぎ、とりあえずは袖を細めて腰に巻き付ける

 そこでようやく周囲に気を回せるようになった拳太は、今自分がいる場所が町一番の酒場の目の前だということに気が付いた。

 拳太は特に寄ったことは無いが、その存在は結構印象に残っている、と言うのも、働き先の親父がよくこの店の事を口にしていたからだ。


 しかし、やれ仕入れる酒が安いだの料理が適当だの、珍しく饒舌に話す割にはかなり辛辣な物言いだったのだが、拳太はそれを特に気にすることは無かった。


 「大方、嫉妬でもしてるか店員との仲が悪いとかだろーが……さて」


 今まで特に関わりもなく、寄ろうとも思わなかった店だが、せっかく近くまで来たのだ、覗いてみたいという好奇心が拳太の心中をじわじわと満たしてくる

 朝の仕事も終わっているし、まだ次の仕事までには結構な余裕がある、走り回ったせいでかなり汗を掻いてしまったし、ここで一杯飲み物を頂くのもいいかもしれない

 そう結論付けた拳太は、ポケットの中の通貨の金額を数えながら、店の中が見えるほどの小さな親子扉を押した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「そういやよぉ、聞いたか? あの噂」


 水を頂き、まだ食べたりない分の軽食を待っていると、後ろのテーブルから二人の男たちの会話が聞こえてくる、ただ水を飲むだけで待つことにも退屈を感じ始めていた拳太は、少々行儀が悪いとは思いつつも、頬杖をついて呆けているフリをしてこっそりと男たちのさりげない談笑に耳を傾けた。


 「あん? 噂って、あの『あいどる』とかいう踊り子たちの話か?」


 「ちげぇよ、そっちじゃねえ……ホラ、最近の盗賊たちの事だよ」


 「ああ、なんか最近多いよなぁ……集団の数も増えたし」


 「なんでも、近々戦争が起こるから、国が奴らを雇って戦力を増やしてるって話だぜ……」


 「普通に徴兵すればいいだろ、ベスタ王に限ってそりゃあないぜ、つーかそれならなんで増えてんだよ」


 「……まぁ、そうなんだけどよ、でもこの頃何かと変な事多いだろ? ほら、こないだなんかさ……」


 そこまで聞いたところで、拳太が注文していた料理が並べられる、彼は持ってきた店員に少し頭を下げると、フォークとスプーンを持って食べ始める

 しかし宿の親父が文句言うだけあってまずくは無いが微妙な味だった。


 (アイドル……やっぱり、オレ以外にもこの世界に来ている奴らがいるみたいだな)


 先ほど聞こえた単語に興味を示す拳太だったが、今の彼には調べるだけの余裕はない、貯金をしているとはいえ、日々の生活費から差し引かれた給料では雀の涙だ。

 そもそも働いてから一週間も経って無いのに金なんか貯まるはずもない


 (何をするにしても、しばらくは働くか)


 拳太がどうするにせよ、先立つものが無ければどうにもならない、働くついでにこの世界の事を調べてみるのもいいだろう

 魔法にせよ、国にせよ、人にせよ、拳太には知らなければならないことがまだたくさんある


 (そう、だから――)


 これからもバニエットに会いに行くのも悪くない

 そんな事を考えながら拳太はからの食器を持っていきやすいように整え、代金を払うべく席を立つ

 そうしてポケットの中で目当ての硬貨を探している時、突如扉が荒々しく開かれた。


 「ハァ……ハァ……おい! 動くなよ! こいつが目に入らねぇか!?」


 ギィギィと扉の軋む音と怒号に人々が振り向けば、そこには拳太より同じか少し年上といった容姿の緑色のバンダナを巻い頭に巻いた青年が矢の装填されたボウガンを掲げて見せつけるかのように振り回していた。

 酒場と言う狭い距離では必殺ともいえる武器の存在に、皆が顔を青くして両手を挙げて硬直する


 (……思ったより物騒な場所なんだな)


 最早自分のトラブル体質が巻き起こす域を超えている

 異世界の治安の悪さに内心溜息を吐きつつ拳太もまた周囲の人に倣って両手を上げる

 しかし、先ほどまで代金を払おうとポケットの中をまさぐっていたせいで手を抜く際に地面に落ちた硬貨が音を立ててしまう

 静まり返った酒場内でその音はよく響き、周囲の注目を集める、その中には当然バンダナの男も含まれていた。


 「おい、何やってんだ!」


 「……ああ、さっきまで金払おうとしてたからよ、落としちまった……いるか?」


 「チッ! ……こっちに来い、早くよこせ!」


 追われているにも関わらず金に執着する男の姿に辟易としつつも拳太はゆっくりと落とした硬貨を拾い上げ、男の元まで持っていく

 拳太の掌から分捕るように硬貨を取ると、男はそのまま拳太の片腕を押さえつけてボウガンを押し付ける

 腹に当たる矢じりの感覚が、その脅威を拳太に分かりやすく伝えていた。


 「いいか、妙な真似はするなよ? 少しでも抵抗したらこいつがお前の脇腹に風穴空けるぜ」


 「……なるほど、頭のいい」


 よりにもよって自分が人質に取られた拳太が嘆く間もなく、酒場の扉が再び荒々しく開けられる、今度は金属の鎧に身を包み、目元を隠す兜を身に着けた騎士が三人ほど入ってくる

 しかし、拳太はその光景に目を見開く、思いもしないその顔、うわさも聞かないからてっきりここで会うことは無いだろうと思っていたその顔

 相手もまた、拳太を見て驚愕を露わにしていた。


 そう、その者の名は――


 「遠藤!?」

 「翠鳥(みどりどり)……だったか?」


 『翠鳥幸助(みどりどり こうすけ)』、拳太のクラスメイトにして、自身の容姿に自画自賛を送って止まないナルシストな男で有名な奴だ。


 「あ? なんだお前ら友達か? ……へへっ、こいつはついてるぜ!」


 互いの名を呼んだ二人を見比べたバンダナ男は口元を歪めると拳太を盾にするように幸助の前に押し出す、無論ボウガンは突き付けられたままだ。


 「おい! こいつを撃たれたくなけりゃ今すぐここの金全部持ってきて俺を見逃せ! なんなら頭撃ってもいいんだぜ!」


 「くっ……!」


 男を捕まえるのは簡単だ、拳太が撃たれている間にさっさと取り押さえてしまえばいい

 ボウガンは誰でも簡単に、素早く矢を放てるのが利点だが装填に時間がかかるのと、遠距離では著しく威力が落ち、そもそも弓と比べて弱いのが欠点の武器

 例え幸助一人だったとしても、男のボウガンでは鎧を貫けずに捕縛されてしまうのがオチだろう

 しかし人命の危機に幸助は尻込みして動けずにいる、いくら同郷の者とはいえ、ロクに話したこともない不良が相手でもだ。


 「まったく……お優しいことで」


 「……? 何を言っている?」


 そのお人よし具合に拳太は思わず苦笑し、幸助は訝し気に眉を顰める

 そんな彼を見やり、拳太は散歩にでも行くかのような気軽さで手を振ると、あっけからんとこう言った。


 「いいぜ、気にせずやれ」


 「なッ……!」


 「はァ!?」


 あっさりと言ってのけた拳太に幸助は絶句し、バンダナ男も驚きの声を上げる、周囲の人々もどよめいている

 男はそんな周りに気を回す余裕もなさげに拳太に向かって声を荒げる


 「お、お前ッ、自分が何言ってんのか分かってんのかァ!?」


 「ああ、別にそれぐらいどうってことねーしな」


 「遠藤! 正気か!?」


 狼狽えるバンダナ男を挑発するように拳太は口元をにやけさせる、男を逆上させたらまずいと幸助が慌てて制止させようとしたが、それよりも拳太が先に口を開く方が先だった。


 「どうした? 撃てねーのか」


 「――ナメんなァァ!」


 からかわれている、そう感じ取った男の頭は一瞬で沸騰し、拳太を射殺さんとボウガンを額に向け、引き金に指をかける

 あとは、そのまま指を引けば矢が発射され、拳太の頭蓋骨を砕いて酒場の古びた床に脳髄をぶちまける事だろう


 「や、止め――!」


 幸助が何か言う前に、男は指に力を込める、それだけで拳太の命は散るだろう

 人質が死に、矢も無くなったとあれば男は捕まるだろうし、罪も重くなるだろうがそんなことはお構いなしだ、今の彼はただ自分をおちょくっているこの男に対する報いを行う、それだけが目的


 だが、しかし――


 「う、撃てねぇ……!?」


 壁を押しているかのように、引き金はびくともしない、男がどれだけ力を入れても自身の震える手がカチカチと音を立てるだけで矢は飛び出さない、何故と考えても理由が思い浮かばない

 そんな男の思考の空白、それは一秒、あるいはそれにも及ばない間だったのかもしれないが――――つけ入るには十分すぎた。


 「オラァ!」


 力の緩んだ一瞬、拘束から解き放たれた拳太の拳、掛け声と共に合わせて放たれたそれは上げられた男の顔面に入り、思わずたたらを踏んで尻餅を着く、取り落とされたボウガンを素早く拾い上げると、男の眼前に突き付けた。


 「動くなよ、こいつが目に入るだろ?」


 片目の視界いっぱいに映る矢じりに完全に戦意を砕かれた男は、観念するかのように倒れこんだ。

 汚れた床も気にせず、大量の冷や汗を掻いた男は荒くなった息を整えつつも拳太を見据えていた。


 「な、なんで……」


 「ほらよ」


 撃てなかったのか、そう問う前に拳太はボウガンからあるものを取り出して男の横に放り投げる

 それは甲高い音を立てながら何度も放射線状にバウンドし、最終的に男の顔の側で止まった。


 「コイン……!?」


 そう、ボウガンにはコインが挟まっていた、矢を押さえつける機構と、それを開放するためのレバー、その間に挟まっていたため引き金を引くことができなくなっていたのだ。


 「いつの間に……いや、そもそもコインは俺に渡したはずじゃあ……」


 「……確かに俺は金を落として、テメーに取られたさ、でもな」


 拳太は左手――ポケットに突っ込み、それからずっと自由になっていた手を下に垂らすと、更に二枚の硬貨が床に落ちる


 「落としたのは一つ、なんて一言も言ってないぜ」


 すべてのカラクリを理解した男は今度こそ脱力し、諦めたかのように仰向けのまま両手を挙げるポーズを取る、拳太はボウガンを捨て、男が抵抗できないように床に押さえつけると


 「で、どうすんだ?」


 いつも通りの不機嫌そうな表情で、幸助に尋ねた。

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