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坊ノ岬沖海戦

作者: カラスミ

 昭和20年4月26日、大和を中心とした第二艦隊は沖縄方面に向け徳山沖を出撃していた。


「雪風は菊水紋、入れないんだな」


航海の安全祈願を願う神「船霊」の憑代である少女たちは艦名を与えられ、それぞれの艦に乗り込んでいた。


「ん?戦艦じゃあるまいし、不恰好だからね、私はいつも通りで」


沖縄にちょっとそこまで、といった気軽さで雪風は答える。


「不恰好とは失礼な。そんなことはないよな? 濱風」


雪風、磯風、濱風は陽炎型駆逐艦の姉妹艦である。


「そうですね。まぁ、たまには悪くないんじゃないでしょうか」


本作戦は、艦隊が沖縄に突入後、艦を座礁させて戦うという特攻作戦である。

生還の目がない最後の出撃であった。

少女達は船霊の神通力を以て話を交わす。



本作戦に参加した駆逐艦は8隻。

初春型駆逐艦4番艦「初霜」

朝潮型駆逐艦10番艦「霞」

陽炎型駆逐艦8番艦「雪風」12番艦「磯風」13番艦「濱風」

夕雲型駆逐艦16番艦「朝霜」

秋月型駆逐艦3番艦「涼月」8番艦「冬月」


初霜、霞、朝霜には姉妹といえる存在がもう、いない。



「寂しくなってしまったものだな」


磯風は空を仰いで呟いた。


「日本の飛行機は全部落とされてしまった…か」

「私は、空を日本の飛行機が覆ってるなんて見たことがありません」

「あたしも見たことないぜ」


冬月と朝霜は憧憬、疑問、不満が絡み合う反応をする。


「以前は飛んでいたんだ。敵機との交戦中は自機に当ててはいけないから、対空射撃を止めてただ眺めているんだ」

「眺めているだけですか」

「必要があればトンボ釣り、いや、搭乗員を助けたりもしたさ」


言葉がわかるか不安になり磯風は言い直す。

いつか仰ぎ見た青き空は、今となっては薄暗い曇天になっていた。

作戦中、もうだめかと思ったことは幾度もある。直撃弾を浴びたこともあったし、補給が切れかけたこともあった。

だが、こうも悲壮感が漂うのは初めてだ。これではいけないと磯風は話を振る。


「戦争が終わったら、皆はどうしたい?」


生き残るためには確固たる意志の強さが必要だ。

磯風には戦い抜くために皆に確認する。


「そうですね…私は人を助けることが出来ればいいかもしれません」


濱風が答える。


「そうだな。お前は敵を沈めるより、人を助ける事の方が多かった気がするな」

「私も頑張っているんですよ?機会がなかっただけで」


水雷戦に特化して作られた陽炎型駆逐艦だが、時代の流れにより艦隊の主戦場は砲撃戦、雷撃戦から航空戦、潜水艦による隠密任務に移行していた。

駆逐艦の主要任務は戦闘から護衛、輸送、救助等に軸を変えていた。


「看護婦にでもなるか?」

「看護婦ですか…まぁ、それもいいかもしれませんね」


濱風は蒼龍、飛鷹、武蔵、金剛、信濃の乗員及びガナルカナル島の陸軍の救助などをしてきている。

その活躍により助かった命は計り知れない。


「あたしはゆっくり温泉にでもつかりたいねえ…体中が痛くて参っちまうぜ」


朝霜は本作戦への参加が急遽決まって艦の整備が先延ばしにされた。

まぁ、仕方ないけどさ、と肩を回す。


「雪風は?」

「ん?外国に行く。海外を見て回るわ」

「今までと変わらないな」

「そうだね、私はいつも通りで」


雪風は相変わらず淡々としている。自分が沈むことがないと確信しているような素振りだ。


「雪風は強いな」

「信じているからね」


雪風は乗員達が艦を絶対沈ませないと信じているし、乗員達は想いに雪風が応えてくれると

信じている。

雪風と乗員の間には強い絆があった。


「私は海を…平和な海を眺めていたいな」

「…その横に、私がいてもいいかな。姉さん」

「いいよ。冬月がいれば寂しくもないしな」


涼月と冬月が話す中、初霜と霞は真直ぐ正面を睨み、朝潮は目を伏せていた。


「なんか老夫婦みたいだな」

「若いはずなんだけどな」


初霜と霞からは返答はなかった。船霊の憑代となった少女は月日が経つにつれ、互いが馴染んでいき、一体化していく。

その過程で人らしい感情は摩耗し擦り切れていってしまう。それが憑代になった少女達の運命だった。

いつの間にか会話は途切れ、艦隊は静かに海を進んでいった。



以下それぞれの駆逐艦のその後を書き記す


朝霜:機関故障のため艦隊から落伍

   敵機と交戦中と無電が入った後連絡途絶

   乗員326名戦死 生存者なし


濱風:被弾により航行不能、被雷し轟沈

   乗員100名戦死


霞 :直撃弾が機関室を破壊し航行不能

   砲雷撃処分により沈没

   乗員17名戦死


磯風:軽巡洋艦「矢矧」の救援作業中至近弾を受け航行不能

   雪風による砲雷撃処分を受け沈没

   乗員20名戦死


初霜:帰還 損傷、戦死者なし

   終戦直前に触雷し大破着底

   戦後解体


冬月:帰還 中破 直撃弾2発(不発)

   乗員12名戦死

   戦後触雷し死傷者をだすも工作艦に指定

   昭和23年解体 船体は若松港の防波堤に利用された


涼月:艦首部に直撃弾を受け大破

   後進で佐世保に帰還

   乗員57名戦死

   戦後解体 船体は若松港の防波堤に利用された


雪風:帰還 損傷なし

   乗員3名戦死

   戦後復員輸送艦に指定

   1947年に中華民国に賠償艦として引き渡され「丹陽」に改名

   1971年解体




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