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きっと、気のせい

分岐点の続きです。

 今までの傾向や纏め役達からの情報から考えて、日向の好みは女の子らしい可愛い子。ぶりっ子は見抜いてしまうみたいだけれど、まぁそういう庇護欲をそそるような子が好きなようだ。

 そんな彼が、可愛いとは程遠い私を、好きになるだろうか?

 否、ならない!


「私はあの人の好みじゃない、だから好かれることはない! つまり、消す必要はない!」


 自分の出した結論を胸を張って言う私に、三人は呆れたような目を向けてくる。明らかに『何言ってんだこいつ』みたいな顔だ。


「えぇ······何でそんな顔をするんだい」

「いや、庶務さんの好み云々は置いといて、あーちゃん、好かれることはないって断言するから」

「あいつはもう既に······」


 空が何かを言おうとする。

 それを、キャシーが遮った。


「そらりん」


 キャシーは空を、呼んだだけ。それで理解したのか、空は口を噤む。


「······何で二人で分かりあってるのさぁ······私にも教えてよー」

「大丈夫、()()()()の性格? 性質上、多分そろそろ分かる。もし何も起こらんくて、分からんかったら、その時話すわ」

「え、キャシー珍しいな、野暮なことはしねぇぜみたいなキャラちゃうやん」

「別にそんなんちゃうよ、ウチらが答え言うたら、嫌な展開になるでしょ。ウチはなるだけそういう展開になってほしないもん。逆にこれで······せやなぁ、二学期中には、『弟』が行動起こすと思うけど、もしホンマに何もなかったら、両方意気地なしってことやろ。だから多分、教えても大丈夫」


 肝心なところを隠されたまま、会話が進む。彼女らが隠すそれを、無理矢理聞いたりはしない。私に害意があってのものではないと分かっているしね。

 我慢できなくなったら聞くけど。

 日向のことを話しているなら、『弟』は、葵のことを指すのだろう。葵が行動を起こすってのは、どういうことなんだろう。キャシーの言う『嫌な展開』ってのも気になるし。


「······まぁ、庶務との間に何かあったら、何でも良いから教えてくれよ。あたしらは綾と一緒に体験することはできねぇからな」

「ふふ、分かってる。シナリオはノーマルエンドを迎えたけど、面白そうなことがあれば報告する」

「おう。······じゃあな」

「会いたくなったらいつでも呼んでや~」

「週末にでも、また集まろ」

「はいよ~」


 ちょっとだけ出し物を見て回るらしい三人に手を振って、私は生徒会室の方へ、足を向けた。




 こういう日に、たとえ一人でなくても彼らが外を歩き回るのは危険だから、ほとんどの人が生徒会室にいると思ってたんだけど。

 いざ部屋に入ってみれば、そこには日向と柳瀬さんしかいない。あまり頻繁に見る組み合わせではないけど、攻略対象達って、ファンクラブができてるという共通点からか、皆基本的に仲は良いからね。いつものごとく日向が柳瀬さんとお喋りしていた。

 私が部屋に入ると、二人ともがこちらを見た。


「あっ、お帰り綾ちゃん!」

「お帰り、なさい」

「ただいま戻りましたー。夏草会計と菊屋副会長、藤崎先生はともかくとして、あとの二人は······」

「椿は、例年のごとく単独行動、会長が、それを心配して、探しに行ってる」

「ねぇねぇ綾ちゃん、一緒にお店回ろー!」


 日向からの突然の誘いに、ほんの少し目を見開く。······全く、この人は。適当にその辺で、好みの女の子を漁ればいいのに。それが嫌でも、柳瀬さんと行っとけばよかったのに。

 いや生徒会室を空にするワケにはいかないから、それこそ駄目なんだけど。


「他の誰かが帰ってきたらねー」

「行ってくれるの!?」


 私とでいいなら、と答えれば、日向はぱあっと顔を明るくさせる。高校生男子だというのに、子どもっぽい笑顔が似合っている。

 その反応に、少しだけ、気分が良くなる。元から空達に会えてるんるん気分だったけどね。


「······日向くん、遊びに行くのはいい、けど、仕事しなきゃ、副会長が、怒るよ」


 若干不機嫌そうな柳瀬さんが、ぽつりと言った。それを聞いて、日向は一瞬固まって。


「······今すぐ終わらせる」


 マジの目で、答えた。

 先ほどまでのお喋りが嘘のように、黙々と仕事を進めていく。見たことない速さだ、そんなに副会長に怒られたくないのか。けしかけた柳瀬さんも、びっくりしてる。


「わぁ、凄い集中力」

「綾ちゃんといられる時間増やしたいもん」

「あら嬉しい」

「棒読み!?」


 つい、真顔で答えてしまう。日向に言われると、さすがの私でも照れる。だから棒読み気味になったのは許してほしい。

 だってこの人、お世辞じゃないのがよく分かるんだよねぇ。お世辞の対応は慣れてるけど、ガチの褒め言葉なんて空達からのぐらいしか慣れてない。

 こういう素直な人は、大抵私を嫌うんだけどなぁ。実際、中一の時に彼と同じクラスだったが、彼は私を嫌いとまではいかずとも、苦手そうにしていたのを覚えている。興味がなかったから、そもそもほとんど関わらなかったんだけど。

 いつまでもそのスピードを眺めているワケにもいかないとパソコンを取り出そうとしたとき、こちらに向かってくる足音が聞こえた。一人分しか足音がないから、椿先輩か、彼を見つけられなかった会長かな、と思えば、案の定扉を開けたのは会長で、ひどく疲れている御様子。椿先輩を探し回ったんだろうなぁ。


「会長、お帰り!」

「悪い、椿には逃げられた······」

「お疲れ様です」

「······また椿、ファンの子、連れてきそう······」

「え?」

「会長、帰って来たし、綾ちゃん行こー!」

「え、あ、うん」


 日向が私の手首を掴んで、半ば強引に立たされた。ぽかんとする会長に日向は「遊んできまーす」と、鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌で言って、そのまま外に連行された。

 暖かい生徒会室にいたからか、廊下がひんやりしているように感じる。

 もう秋なのだし、当然といえば当然のことだ。


「椿先輩がファンクラブの子を連れてくるって、どういう······」

「毎年委員長が単独行動して、それでファンクラブの子に見付かって、追っかけ回されて、生徒会室に逃げてくるんだよねー」

「······毎年って、いつから」

「委員長が中一の時からだって。会長達が言ってた」


 中一の頃からか。予想はついてたけど。

 うーん、もしかしたら口調が理由かな。まだ彼が口調を隠していた頃に、それを隠すのは疲れる、というのを聞いたことがあるし。

 まぁそれでも二年前あたりからは堂々と使ってるから、去年のとかは理由分かんないんだけどね。


「あっ、ねぇ綾ちゃん、葵のとこ行かない?」

「夏草会計のとこ? ······ああ、何かケモ耳お化け屋敷みたいなやつだよね」

「うん! 綾ちゃんお化け屋敷は好き?」

「んー······」


 私のお化け屋敷での反応は、あまりよろしくない。急に出てきたりしたら驚くけれど、血とか死体とかお化けとか見てもね。こちらに敵意を持った人間じゃないから、命の危機を感じないし。

 第一、寝ていたとはいえ、一回死んでんだからね、私。


「普通」

「あれ、怖がらないタイプ?」

「なんか、昔から」


 死体とか見ても、完全に他人事だったし。


「『キャーコワーイ』とか言って君に抱きつきはしないよ」

「え~期待してたのに~。じゃあ別のとこ行こ」

「君はお化け屋敷好きじゃないの」

「わざわざ暗いところに一人で行く趣味はないかなぁ。あんまり良い反応しないって、よく言われる」


 意外。凄い怖がってるイメージあったわ。

 まぁ二人とも特別好きなワケでもないなら他のところに行きましょうってことで、適当にいくつかまわる。

 色々あった。前から思ってたけど、音羽学園ってガッツある子ばっかが来るのかな、お化け屋敷や喫茶店は勿論、遊園地だったり、ニクラス合同でからくり屋敷だったり。中高生の作れる限界ギリギリのものが結構あった。

 からくり屋敷は本当に驚いたね、うん。入る前からなんか時折音がするとは思ってたけど、案内されて教室に踏み入った途端周囲の機械達が動き出してカラカラ鳴り始めた時は、感動した。音だけじゃなくて、実際に動いてんだもん。感動するしかないよね。

 空達にメールを送ったらまだ学校にいたから、オススメした。あそこはもっと知られるべきだ。


「······さっきから人が減ってると思ったら、お昼だからか」

「ホントだー。皆、食堂に行ってるのかな? どっかカフェに入ろー、綾ちゃんもお弁当でしょ」

「食堂は人が多いだろうからすぐ売り切れそうだと思ってね。······そうだ、君のクラスに行こう」

「えっ」

「君のとこ、カフェじゃなかった?」


 執事とメイドが『お帰りなさいませ』とか言ってくれそうな感じの名前の。


「······『使用人カフェ』です」

「いやぁ、一度メイドさんに『お帰りなさいませお嬢様』ってハート飛ばしてほしかったんだよね。あ、いらっしゃいませかな?」

「綾ちゃんの場合男が言うと思います」

「男の子かー」


 私が男の子に萌えるのは二次元限定だからなぁ。

 二次元では男の子、三次元では女の子が萌え対象。


「自分のクラスに客としていくのか······」

「他のクラスという完全なる敵地で休むよりは、自分のクラスの方が良いよ、多分。それか、かなり遠いけど生徒会室まで戻る?」

「今戻って副会長と遭遇したら怖いので僕のクラスに行こう!」

「そうしよー」


 分かりやすく顔を青ざめさせた日向に、手を引かれる。

 その時初めて、手を繋がれていたことに気付いた。日向に誘導されながら、数秒間繋がれている手を見つめて、ようやく現状を理解した。


「······うわぁ」


 一気に、顔が熱くなる。多分耳まで赤いだろう。ローブと仮面があれば、簡単に隠すことができたのに。

 この人、いつの間に手を握ってたんだ。私は無意識に手を繋ぐなんてことしないだろうし、日向から手を繋いできたんだろうけど、まるで気付かなかった。私そんなにこの人との会話に集中してたのか?

 そもそも手を繋ぐ意図も分からない。いつ気付くか試してるのか? 日向にとってはただのスキンシップなのか? うん、おそらく後者だ。私だって男女構わず手を繋いだり、仲いい人にはぎゅーしたりするじゃないか。

 そうやって高速で頭を回転させて色々言い並べるけれど、顔から熱が引くことはない。

 だってこれ完全に、誘導するためだけに繋がれた手じゃない。指まで絡めてるから、むしろ動きづらくなってる。

 ってことは、彼は少なくとも自分から手を繋ごうと思うぐらいには、私に友好的なワケで。


「夏草庶務」

「どうしたの?」


 いつから手を繋いでたの、と聞こうとして、やめる。変に聞いたら、離されてしまうかもしれない。


「······やっぱり、何でもないよ」

「えーっ、気になる!」

「早くメイドさんに会いたいだけ」

「そこは執事でしょ······」


 彼が呆れた声を出すと同時に、ぐ、と繋がれた手に力を込められた、気がした。私よりもやや高い体温が、手の平や指の間からじわりと伝わってくる。

 ······わざとか? わざとやってるのか? というかどう反応すればいいんだ。そもそも気のせいの可能性もあるし。気のせいじゃなかったとして、その行動に意味はあるのか。

 散々迷った挙句、私は緩く握り返した。本当に、注意を向けてなければ気付かないぐらいの力で。こんなことをして、自分が彼に何を望んでいるのかも、よくわからない。

 返された弱い力に気付いたのか偶然か、彼の手が強ばった気がした瞬間、声が聞こえた。


「お帰りなさいませ、ご主人······って夏草くん!」

「女子と一緒とかリア充かよ! ここはリア充が来るとこじゃねえ!」

「綾ちゃん、とりあえず座ろー」

「あぁ、うん」


 中に入れば手を離されるかと思ったが、日向にその気配はない。

 結局席に着くまで、その温もりは続いた。




 精神衛生上の問題であの後すぐに日向と別れ、特にあてもなく気の赴くままに校内を歩き回っていた。文化祭終了の鐘が、そろそろ鳴る頃だろう。明日もあるから一般生徒達はそのまますぐに帰ることも多いが、生徒会や風紀、各委員会およびクラブの役持ちはそうはいかない。

 特に生徒会と風紀は、外からの客が全員帰ったかの見回りがある。鞄を下げて見回りは重いだろうし嫌だから、一度生徒会室に帰ろう。

 ただ、そう思って生徒会室に戻っただけだった。

 生徒会室はいくらか防音処置がなされてる以上、音に集中していないときは中の音などそう聞こえない。だから、私は気付かなかったのだ。


「日向は、綾ちゃんが欲しいの?」


 入り口のドアを開けてただいまと言おうとした瞬間、滑り込むように聞こえたそれは、葵の声で。予期していなかったそれにすぐ反応することはできず、私は一瞬入り口で棒立ちしてしまった。奥に座る葵と、こちらを振り返った日向が目を大きく見開く。

 彼らの表情が変化するのを見た時点で、やらかしたと理解した。彼が日向にこういう言い回しをする時がどういう時なのかを、私は知っている。日向も、知っているだろう。

 どう反応するのが最適かを考え、とりあえずは一歩下がって静かに扉を閉めた。

 ······さぁ逃げよう! 全力で逃げよう!


「綾ちゃん!」


 勢いよく扉が開かれる音と共に聞こえた声は、多分日向のものだと思う。顔を見れば確実なんだけど、そんなの確認できるはずがない。

 私が悪いわけじゃない。あんなところであんな話をする二人が悪いんだ。

 それはわかっているけど、だからといってあの場に残れるほど私はなんかもうそういう場数を踏んでいない。美しいまでの不意打ちをくらった私には、逃げるしか選択肢がなかった。

 人の少ないところへ、人気のないところへと走りながら、逃げ場所を考える。同じ生徒会に所属している以上、文化祭後に集まらなきゃいけないから、どうせすぐに顔を合わせる。それはわかっているけど、逃げないなんて私にはできない。

 散々迷った挙句、変に人と会う前に、と見つけた多目的室という名の空き教室に逃げ込んだ。

 ああもう、本当に……どうしよう。

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