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ぬくもり

 視界の隅に、誰かの手が映り込んだ。

 誰だろう、と読んでいた本から顔をあげる。


「······あ、柳瀬書記」

「ごめん、邪魔しちゃって」

「いえいえ」


 頭につけていたヘッドホンを、机の上に置く。ヘッドホンといっても、音は流していない。これは対体育祭の声援用として空が作ってくれたもので、大きな音を遮ってくれる。まだ試作品の段階らしい。

 頭につけてもあまり疲れないよう、軽量化を優先したせいで完全に音を遮ることはできない、と言っていたけれど、こうして近くの声がちゃんと聞こえるから、むしろ丁度いいぐらいだ。空は機械が一番得意だけど、こういった機械以外のものも多く造っている。

 これを渡された時に聞いたんだけど、前世でも、お店のお客さん?に私のように耳が異常に良い子がいたらしい。同じ悩みを抱えていた、とも。

 その子とは親しかったというワケではなさそうだったけど、いつも『前世は平凡で退屈だった』とどうでも良さそうに語っていた空にしては珍しく、心配そうな顔で、その子のことを話していた。

 別に、嫉妬なんかはしてない。多分。私は前世でそういう心配をする対象がいないし、チカとキャシーも、そうだから。前世での知り合いを心配するという行為が、新鮮で、慣れないだけ。


「それより柳瀬書記、どうしましたー?」

「乙さん、今日は生徒会室に、来ないって、言ってたから」

「ああ、文化祭の一日目で、大分前倒しで仕事しましたからねぇ。······あれ、何かまずいことでも発生しました!?」

「ううん、そういうワケじゃ、なくて。俺も、三日目までは、休む予定、だから。一緒に、いられるかなって」


 恥ずかしいのか段々声が小さくなって、最後は多分普通の人じゃ聞き取れないレベル。それでも誤魔化すことはなく、どう、と不安そうに私を見る。


「私は大丈夫ですよ~。ふふ、わざわざ一年の教室まで来なくても、メールで良かったのに」

「······乙さんに、会いたかった、から。······今日、これからでも、大丈夫?」

「勿論! 柳瀬書記が、いいのなら」


 そう言うと、彼は目を細めて微笑んだ。こうして彼と二人で長時間出歩くというのは、文化祭以来じゃないかな。

 ゲームぐらいしか入っていない鞄を持つ。彼は私のすぐ隣を歩いているけれど、世間話をする程度で、特別恋人らしいことをするワケでもない。

 だから今までも何度か2人きりで喋っていても、付き合ってることはまだ気付かれてない。少なくとも、そのことについて誰かに訊かれたことはない。


「どこ行きます?」

「ゲームセンター、行かない?」

「良いですねぇ。行きましょ行きましょ」


 ゲームセンターは騒がしいけれど、結構楽しい。空達とも行くし。運が絡んでくるコインゲームとかは得意じゃないけど、格闘とかシューティングとか慣れればできるようになるものは好き。

 ······しかしまぁ、柳瀬さんがゲームセンターに誘ってくるなんて意外だ。彼はそんなにゲームをしているイメージはないし、そんな人が多いところを好みそうでもない。

 それを彼に言うと、彼は顔を真っ赤にしながらも答えてくれた。


「乙さんは、ゲームが好き、だから······俺もゲームをしたら、話すきっかけに、なるかなって。······結局、話しかける勇気は、出なかったけど······」


 まさかの私が理由。彼の顔が赤いのも相まって、恥ずかしくなってくる。柳瀬さん、何年も前に好きになった人を探し続けてたってのを聞いた時から思ってたけどさ。

 この人、その辺のヒロインより、よっぽど健気だよね。

 表情はあまりコロコロ変わる方ではなく、クールというより無気力そうな感じなのに、いるかも分からない想い人を探し続け、見つけたら話しかけるためにその人の趣味を調べて······何とひたむきな。


「私がゲーム好きとか、どうやって知ったんですか······」

「教室とかじゃ、ほとんどゲームしてた。話しかけるために、よく見てたから、多分、色んな事、知ってる」

「······え」

「といっても、ストーキング、とかはしてないから、表面的なことしか、知らないけど······前に着てたあのローブ?は、新しく作る度に、色が変わってるとか、同じクラスに、なったことが、ある人なら、どこかのファンクラブに、所属してても仲が良いとか、誰にでも、基本優しいというか、紳士的だけど、自分より相手を、優先してるワケじゃ、ないとか」

「ちょっと待って柳瀬書記、何でそんな細かい事、特に最後の」

「最後のは、去年あたりに、乙さんが、自分で言ってたよ。相手の子に、優しくしてるから、大切な子なのかなって、思ってたら、駄々をこねてた相手に、『貴方に、私より優先するほどの価値はないでしょ?』って。他にm「あああああ柳瀬書記、ストップ!」あ、うん」


 違う! いや、そういうことを言ったかもしれないけど、私は普段そんな冷たくしないから! 多分その相手の子が余程うざったかったんだよ!

 この人、どこまで見てんだよ······! ストーカー並みに観察されてるじゃないか。本人にそのつもりはないんだろうけどさ。だってこの人、きょとんとしてるもん。何で私に止められたのかまるで分からないって顔してるもん。


「乙さんがヘッドホンってのも、珍しいよね。いつもイヤホンだし」


 『いつも』って言葉が少し怖く聞こえたのは仕方がないだろう。いやでも、そうだよ、彼はこんなに観察する程、私を好いてくれているんだよ! 観察の過程で私の嫌な部分も見ただろうに、それでも好いてくれているんだ!


「あー、空······友人が、作ってくれたんです。煩い時に、ある程度音を遮れるようにって」

「そっか、乙さん、耳が良いもんね。······ねえ」

「はい」

「えっと······」


 彼は一瞬言い淀む。が、そこまで言いづらいものではないらしく、すぐにまたゆっくりと言った。


「······名前で、呼んでほしい、です」

「いや何故敬語なんですか」

「······なんとなく?」

「おお······まぁ貴方が構わないのなら。諒先輩か、諒さんか······」


 後者は某公園前の派出所の方を強く連想してしまう。それは彼も同じらしく、「さん付けは······ちょっと」と困り顔だ。


「じゃあ諒先輩、ですかねぇ」

「うん······」


 そうは答えるものの、何かしっくりと来ないらしい。彼は首を傾げて唸っている。······でもこれ以外、候補がないからなぁ。

 ニックネームにするか? 日向達みたいにやなりん? それにさんを付けてやなりんさん? 省略してやなさん? いや似合わない······。うーん、前に先輩呼びが良いって言ってた気がしなくもないから、やなりん先輩か?


「······凄いダメ元ですけど、諒くんとかどうですか」

「あ、うん、それが良い」

「年功序列も何もな······ん?」


 完全にネタのつもりで、笑いながら提案したのだけれど。


「俺は、そっちの方が、良い」

「え、でも」

「······初めて会った時は、敬語でも、なかったし」

「そっ、それは失礼致しました!」

「ううん、俺はむしろ、仲が良い人には、敬語とか使ってほしくない、から」

「さすがに敬語を外すのは······」

「じゃあ、呼び方だけで、良いから」


 何だろう、詐欺師の手口の一種な気がしてくるけど。


「······頑張ります」


 失礼じゃないか、馴れ馴れしいと思われないか。ぐるぐる考えつつも、努力宣言をする。本人が望んでるんだし、さすがに怒られない、とは思う。


「乙さんは、そういうの、ある? してほしいこと」

「私は特に······ああ、そうだ」


 ······さっきの呼び方みたいに、ダメ元で言ってみようかな。


「手を繋いでも、良いですか?」


 そう言って、左手を差し出した。

 今気付いたけど、手のひら上に向けてるし、これ完全に私が男役だな。

 さすがに手を差し出されては断れないのか、彼は顔をまた赤く染め上げながら、手を繋いでくれた。顔に熱が集中してしまっているのか、私とほとんど変わらない冷たさ。それでも人間特有の温もりは、あるけれど。

 凄く、緊張してる。手が強張ってる。

 ······やっぱり嫌がることをさせるのは、駄目だよねぇ。


「あはは、冗談です」


 繋いでいた手を、ゆるりとほどく。最後の指が離れるその瞬間まで、彼の緊張がとけることはなかった。さっきまで感じていた温もりが消えて、代わりに冷気が、手のひらに触れる。その虚無感を隠すように、左手を緩く握る。


スキンシップ(こういうの)、無理してしなくても良いですよ。嫌いな人は多いんですから」


 いつもと同じように、へらへらと笑ってみせる。彼に、違和感を持たせないように。

 私は彼に、新しい話題を提示した。




 様々な音で溢れ返って賑やかな店内で、画面に映るゾンビ相手に銃をぶっ放す。無傷で1ウェーブを越えてガッツポーズを決めたのは、私だけではない。隣の彼も、口角をあげて「よっしゃ」と呟いた。


「いや、ホントに強いですねぇ。一緒にやってて、メチャクチャ楽しいです」


 前にこのゲームをやったのは、纏め役達に情報交換を兼ねたお茶会に誘われた日かな。帰りに八人という大人数でゲーセンにやってきて、椿先輩のとこのまとめ役と一緒にこのゲームをやったんだけど。

 彼女のドSぶりを再確認させられました。あれで私に対しては被虐趣味を見せるから、不思議なもんだよねぇ。


「クレーンゲームと、こういう銃?を使う奴は、練習した、から」

「それでもノーダメージは凄いですよ、っと······これ最高難易度なのに」


 画面端からも湧いてくるゾンビに銃を連射しながら、呑気に会話する。いつもこの難易度だから、ボスが強すぎて倒せない!なんてこともなく、普通に倒した。

 最後までノーダメージ狙ってたから、さすがにボス戦中はお喋りする余裕なかったけどね。

 諒くんは銃を撃つとき人格が変わるタイプではなく、真顔で撃ち続けるタイプの人でした。ちなみに椿先輩のとこのまとめ役さんは、人格が変わるタイプでした。


「今度の目標は、ラスボスをお喋りしながら倒すこと、ですかね」

「それ、目標、なのかな。次、何する?」

「んー、ここにある奴は大体やりましたからねぇ。それに、もう結構な時間ですし、今日は帰りませんか?」

「え······あ、本当だ。夏じゃないから、外真っ暗、だろうし、帰ろっか」


 来た時と同じぐらい賑やかなゲーム音や人の声から離れ、防音のためか随分と分厚いドアを開けてから、気付いた。


「······雨」


 柳瀬さんは一言呟いた後、こちらを見た。心配そうな、でもそこまで焦ってはなさそうな顔。普段とほとんど変化はないけど、なんとなーく折り畳み傘とか持ってるか聞きたいんだろうな。

 そんな彼に、ゆるゆると首を横に振ってみせると、俺も持ってない、という風に彼は頷いた。

 仕方ないと思うんだ。今日天気予報では『降水確率10パーセント☆』って言ってたんだもん。10パーセントで持ってこようと思う方がおかしいよ。


「これ、明らかに······」

「当分止みそうにないですね」


 にわか雨で許せる量じゃない。この中で傘をさしたら、ダダダダダって音する奴だ。


「ご自宅、どこですか? あまり遠いようなら、一旦学校近くの私の家まで行って、傘貸します」

「あ、多分俺の家、乙さんの家より、近い。そこの角曲がって、すぐにある。走ったら、一分ぐらい、かな。傘は、俺が貸すよ」

「走って一分!? 近いですねぇ」

「うん、だからここで、俺、ゲーム練習、してた」


 行こう、と促して彼は走り始める。慌ててそれを追いかけると、本当にすぐに彼の家に着いた。

 そりゃこんだけ近かったら、傘がなくてもそこまで焦らないわな。

 彼は鞄から鍵を取り出して鍵を開けたあと、こちらを振り返った。


「入って。濡れたの拭いた方が、良い。一分ぐらい、だったけど、ひどい雨、だったし」


 本来は断るべきなのだろうけど、扉を開けて待ってくれてるのに、断る勇気はない。私はお邪魔します、と告げて中に入った。彼も後から入ってきて鍵を閉めると、さっと中に入って、大きめのタオルを持ってきてくれた。自身の頭にも、淡い色のタオルをかけている。

 それを受け取って、軽く拭く。あまり濡れてないつもりだったけど、私も彼も、意外と濡れてる。······今日は湯船に浸かろう。


「ごめんね、いきなり、場所の相談もなしに、連れ回しちゃって」

「いえいえ、そんなことないですよ。楽しかったです。ゲームセンター好きですしね。それに、柳瀬書記と一緒にいられるだけでも楽しいです」

「そう言ってくれる、のは嬉しい、けど······呼び方」

「······あっ」

「結局、一回も呼んで、くれてない······」


 うわぁ、見事にバレてる。


「いや、その、二人きりとかじゃなくて、周りに人がいる状況で、そういう恋人らしいことをするのは、嫌がられるかなって······」

「······他の人ならともかく、乙さんだったら、何をされても、嫌じゃない」


 『何をされても』ってのがちょっと変態チックですね、なんて返す余裕もなく。一歩こちらに踏み出した彼に、左手首を掴まれる。強い力ではない。でも、何もせずに解けるほど、弱い力でもない。


「······あのね」


 優しく細められた瞳が、私を見つめる。

 いつの間にか私の手首を掴んでいた彼の手は、するりと上に動いて、指を私の指に絡ませていた。


「俺は、こういうことをするのが、嫌なんじゃ、ない」


 繋いだ手に、ぎゅ、と軽く力を込められた。


「全部君が初めて、だから、他の人みたいに、慣れてないし、凄くどきどきして、全然上手にできない、けど······俺は、君と、手を繋ぐとか······キスとか、したいと、思ってる」


 ゆっくりと、彼の顔が近付いてくる。ふわふわとした髪が、今日は濡れていて少し冷たい。

 鼻先が触れそうなぐらい、近くなって。彼が目を閉じたから、私も閉じた。

 唇に、柔らかいものが触れる。一瞬離れたけれど、私が目を開けるよりも早く、また同じ感触がきた。開いていた右手も、指を絡められる。

 ついさっきまで、一緒に寒い外にいたはずなのに、彼の手はひどく暖かくて。人間らしいぬくもりに、心の底から満たされる。


「······ん」


 彼が小さく声を漏らして、離れた。ゆるりと、瞼を上げる。

 彼は熱のこもる目で私をじっと見つめ、ほんのり頬を朱く染めたまま、微笑んだ。言葉だけじゃなくて、行動でも、私を好きだと伝えてくれる彼に覚えたのは、嬉しさか、愛しさか。


「······諒くん、好きです」


 込められるだけの想いを込めて、私は彼の手を握り返した。




   ──────GOOD END「暖まった手」

この話のテーマはイケメンじゃなけりゃストーカーな諒きゅん(違います

いや本当に放置してたらただのストーカーになる勢いでした。

というわけで、ここからは『If~バッドエンドで乙ちゃんがフったのが柳瀬さんだったら~』のエンド後予想です。

そんなの見たくねぇよ、という方は飛ばしてください。

告白するのは、何かの節目とかではなく、彼が勇気を出した時。断られた後、彼はおそらく開き直って、堂々とアタックしてきます。そして、彼が卒業するときに、再度告白されます。その時は、乙ちゃんも受け入れるんじゃないでしょうか。

たとえ断られてもアタックし続けます。彼が乙ちゃん以外を見ることは、もうありませんからねー。

イケメンじゃなかったら真っ先にストーカー案件です。


(文化祭三日目なんてなかった)

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