我儘
「ほらな」
目を細めて愉しそうに、どこか安堵の混じった声で空は言った。
「嘘やん、えーっ、あたしらの知らんところで、そんな重要な出来事が······」
「まさかウチらと会うより早く攻略対象に会うてたとは」
私と空が腰掛けるベッドの隣のベッドでは、お風呂上がりにも関わらず既にジャラジャラとアクセサリーを付けたチカと、ついさっきまで窓辺でチカの持ってきたアロマを眺めていたはずのキャシーが、ボフボフと暴れている。
アンバーくんのこととか色々話すべきだろうことができたから、話すついでに泊って行ってもらおうと三人を誘って、今は夕食もお風呂も終えて、皆寝室に集まっている。
昔から四人のうちの誰か、特に私の家に泊まることは多かったから、私の家には四人分の生活用品が揃っている。そのおかげで、こんな急なお誘いにも、三人共来てくれるのだ。保護者の許可を得られるかどうかはまぁ別としてね。
「いや、私も憶えてなかったからさー」
「主は覚えとこうや」
「つか会ってたどころか、もう付き合ってるっていうな。あたしもさすがに、ここまですぐとは思わなかった」
前回空だけを呼んだ翌日に告白されたからな。付き合ってまだ一週間程度だし。
手を繋ぐとかは、相変わらずしていないけれど。文化祭が終わってからも、生徒会室に早く来たとかで二人きりのときは、誰かが来るまでのんびりしたり、お喋りしたりと、以前より距離は近くなっている。
「······風紀とロリコン教師だけやと思ったら、まさか他にもおったなんて」
「キャシー?」
「······あややのことを、昔から知ってる人が、他にもおったんやなって、思っただけ」
「あはは、まー厳密には夏草兄弟も中等部からいるからね、日向の方は同じクラスになったこともあるし」
「「「······は?」」」
笑いながら言うと、三人が同時に真顔でこちらを見た。しかも、普段からカッコイイ系の口調の空はともかく、チカとキャシーまで、低くてガチトーン。その勢いに気圧されて、思わず後ずさる。ベッドに腰掛けてる状態だから、上手くできなかったけど。
「え、何で怒ってるの······?」
「あ、ごめん。怒ってへんけど、うん、初耳すぎてビビってもうた。嘘やろ、え、同じクラス?」
「さらに庶務も? あやや、何でそんな大事なこと、話してくれへんかったん」
「まぁ多分あたしらが聞かなかったからだろうけどさ」
「うん。それにその時は日向とほとんど話さなかったしねぇ。中一の頃だったから、今年のために、色々本格的に動き始めた時期で、結構忙しかったし」
ファンクラブができることは分かってたから、各ファンクラブに一人は情報をくれる人を作るために学年を超えて動いてたし。夏草兄弟以外は先に高校生になるから、当時の高校生達にもそういう人を作ろうとしてたし。
まぁ動こうとした時に、既に私と仲良くしてくれてた人達から『私達が頑張るから、貴女は動かなくて良い』みたいなことを言われてやめたけど。あの時の先輩達は非常にイケメンさんだった。攻略対象達よりも。
「つかちょっと待て。そうか、綾の学校は初等部からあるから、小学生の頃からいる綾は、他の攻略対象達とも会ってんじゃねぇの?」
「あー、その可能性もあるね。攻略対象で、高校からの人は一人もいないからねぇ」
千尋情報によると、夏草兄弟と椿先輩は中等部からで、会長、副会長、柳瀬さんは初等部の頃からいるらしいし。藤崎先生も、ゲーム開始の三年前からいるし。
「でも葵とは······学年一緒だから、見かけたことはあるかなーぐらい? 少なくとも、今年になるまで話した記憶はないね。会長と副会長は、園芸部作るときとかに関わったけど、それ以外はないよ」
「綾が『記憶にない』って言ってもなぁ······」
「それがまるで信用できへん事、ついさっき再確認したばっかやもん」
「書記のことで」
「あー······」
前世で学んだものとかをちゃんと覚えてるあたり、記憶力は良いと思っていたけど。必要がないと思ったものは、すぐに消えちゃうからなぁ。
柳瀬さんとの記憶も、思い出したいんだけどね。
「まぁそんな昔から主のこと好きなんやったら、大丈夫やろ!」
「そう?」
棒読みではないものの、柳瀬さんに対してそこまで関心を持っているワケではないらしいチカに、苦笑を返す。
「私は、彼が私のことを美化しすぎてるんじゃないかって、心配になるねぇ」
これは、私を好きだと言ってくれる彼に対して、失礼なことなのかもしれないけどさ。それを咎めるような彼女らじゃない。むしろチカとキャシーはきょとんとした後、前者はカラカラと、後者はクスクスと笑って言った。
「「そうやったらええのになぁ」」
「うわ、二人とも酷い。泣いちゃうよー?」
「ククッひでぇなぁ、綾を泣かせるなんて。わーるいなーわーるいなー、せーんせーにー言ってやろー」
「そーちゃんソレえらい懐かしい歌やな!? あーちゃんちゃうで、そういう意味で言ったんやないで!?」
「チカちゃん、多分二人とも分かってるから」
「嘘やん!」
酷いのはそっちやんか、と怒って、チカがこちらに枕を投げてきた。自分の予想が当たったからか、空は今日機嫌が良いらしい。投げられた枕を受け止めると、立ち上がってチカに投げ返した。私は参加する気はないから、チカ達がいるのとは反対側に逃げる。
気が付けば、キャシーまで参加していた。私達四人の中で一番小柄で、『仕事』の時も道具を使って戦うキャシーでも、私のため、と言って昔から身体を鍛えている。彼女が枕を投げると、枕はとんでもない速さでチカに向かっていった。多分これを見たら、世の中の男性達は、女の子という存在を信じられなくなるだろうなぁってぐらい。
まぁそれを受け止めるチカもチカだけど。
「空、頑張れ~」
「了解。······おっしゃチカ受け取れえええええッ!」
「待って嘘やろやめてえええええええええッ」
寝っ転がりながら何の気なしに空を応援すると、空はこちらを向いて親指をグッと立て、手に持っていた枕を全力でチカに投げつけた。それと同時にあがるチカの悲鳴。······さっきからチカばかりが狙われているのは、気のせいかな。うん、多分気のせい。キャシーは疲れたのか、座った状態でチカに枕を投げつけている。
とても微笑ましい、光景。友達の家にお泊りする、仲のいい女の子達。
でも、言葉にするほど、簡単に作れる光景じゃない。この光景は、勝手に出来たものじゃない。私が動いて、彼女らが、私の汚い願望を受け入れて。そこから何年もかけて、出来た光景。
私の家に三人を呼んで泊まってもらうときは、いつもこんな風に、『友達らしい』光景が見られる。
だけど、時折。
『──────そうやったらええのになぁ』
当たり前のように、私達の異常な部分が混じり込む。
あれは勿論、私の不幸を願ってのものじゃない。冗談でもない。
彼女らが私を好いてくれているからこそ、私に彼女らと同じぐらい特別な存在を、作ってほしくないらしい。まぁ要するに、独占欲のようなものだとキャシーが言っていた。
そうやって、徹底した愛を私に向けてくれるからかな、彼女らの愛を疑ったことはない。これから先も疑うはずがない。
「······ねぇねぇ」
ドタバタ騒がしい中で、特段大きな声を出すこともなく、聞こえなくてもいいや、ぐらいの気持ちで呼びかけた。
「どうした」
「何や~?」
「どうしたの」
それなのに、三人はパタッと動きを止めて、私を見た。まるで私を最優先するのが、当たり前かのように。
「んー、ぎゅーして」
唐突な我儘。だけど彼女らは微笑んで、三人で抱きしめてくれる。
「好きだぞ」
「主、大好きやでーっ」
「······好き」
「うん、私も好き」
暖かい。その温度に、言葉に、安心する。
三人にもみくちゃにされながら、ふと、思った。もしも彼も、彼女らのように、偶然ではなく、『作った』関係だったなら、もっと簡単に、信用できたのかもしれない。
別に、深い意味はないけれど。
······柳瀬さんとも、こういうことしたいなぁ。
浮かんだ我儘は、彼への不安と共に、奥の方へと仕舞い込んだ。
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ネタがね? ネタがね?
次話以降、書き溜め一切してない&普通に学校あるためちょっと遅くなります。まったく冬休み、私は一体何をしていたんだ(白目




