『アンバーくん』
分岐点の続きです。
「んー、あの人がこちらを好きな気配は一切ないし、私も特に問題ないし······消すのは先延ばしにしてもいい?」
そう言うと、チカとキャシーは、笑って頷いた。
「そっか、了解!」
「ええんちゃう? 消さへんことのデメリットは、あややがあの人にドハマりして辛くなるのと、告白された時に信用できずお断りする、ぐらいやし。両方心配ないんやったら、大丈夫でしょ」
「そーちゃんも、ええよな?」
チカに尋ねられた空は、相変わらずの無表情のまま、頷く。
「······あたしは、綾の出した答えに従う」
「あははっ、それもそーやな! 聞くまでもなかったわ!」
楽しそうにからからと笑うチカとは対照的に、空は黙って目を逸らした。
何を考えているのか、尋ねれば絶対教えてくれるけれど、やめておこう。
空は、私に気付いてほしいワケではなさそうだ。
空達と別れて生徒会室に戻ると、中には日向と柳瀬さんの二人しかいなかった。副会長と藤崎先生は仕事終わった葵を迎えに行ってるとして、何で会長がいないんだろう。
「あ、綾ちゃん! ねぇねぇ、一緒にお店まわろー!」
「いや生徒会室に柳瀬書記が一人だけってのは危ないでしょ。桐生会長はどこに行ったの?」
「会長は、椿を探しに、行ってる。椿、今、一人で外をうろついてるから」
「桐生会長も椿先輩も危ないやつじゃないですか······そもそも、何で椿先輩は単独行動を······」
「さぁ? 委員長は、毎年一人行動してるし。それより綾ちゃん、一緒にまわろーよー!」
「遠慮しておくよ。そんなに行きたいなら、他の人を誘いな」
「綾ちゃんだから誘ってるのに!」
「はいはい」
わざとらしく怒る日向を適当にあしらいながら、ロッカーからパソコンを取り出す。これから暗くなるのが早くなっていくし、仕事はやれるだけやっときましょうかね。
私も柳瀬さんも仕事を始めて、誘うのを諦めたらしい日向は、ふてくされながら席に着いた。一応席は決まっているのだが、日向は勝手に会長の席に座っている。
まぁ会長の席ならいいか。
「意外と生徒会室に皆残らないんですねぇ。二人一組で行動してるからかもしれませんけど」
「······それに、毎年、椿が一人で、行動して、誰かが、探しに行ってる」
「もう毎年のことなら、放っておけばいいでしょうに······」
「委員長、一人で外に出るくせして、何度も女の人連れ込んできたんだよー!」
「連れ込む······?」
「追いかけられて、ここに、逃げ込んでくる」
何だ、一瞬椿先輩が女の人といちゃこらするために連れてくるのかと思った。うん、椿先輩はそういう人じゃないよな。
しかしまぁどうして毎年一人で歩き回るんだろう。椿先輩は、そんな他人に迷惑かけるようなことを何度もする人じゃないんだけど。
「······目的は、聞いたけど、はぐらかされる」
柳瀬さんが唐突に言ったものだから、驚いて彼の方に目を遣る。
「······不思議そうな顔、してた、から」
「うわぁ、そんな分かりやすかったですかー」
彼の答えに、苦笑した。気を付けていないと、気持ちが顔に出てしまう。ローブを着ている間は、気にしなくても良かったんだけど。
そろそろ新しいローブ作ろうかなー。仮面でも良いんだけど、やっぱ仮面だけって、怪しすぎるし。
今度は気取られないよう、パソコンの画面に映しだされるリストを見ながら考えていると、入り口のドアが横に動く音が聞こえた。
お帰り、と言う日向の声も聞こえてくる。会長が帰って来たらしい。
「悪い、椿には逃げられた。······何だ、乙、帰ってきてたのか」
「ええ、少し前に」
「······乙さん、会長戻って来た、から、一緒に、外回らない?」
「良いですねぇ、何だかんだでまだ他のクラスの出し物とか見てないんですよー」
「え!? 綾ちゃん、さっき僕が誘った時は断ったのに!?」
「あの時君と私が出ていったら、柳瀬さん一人でここに残ることになるでしょ。会長が帰ってくるまでに女の子の奇襲に遭ったらどうするのさ」
「タイミングの問題で僕フラれたの!?」
「うん」
後はまぁ、面倒だったしね。イケメンさんと二人で出歩くとか、最悪学校中の女子全員を敵に回すぐらいの覚悟が必要だ。普段なら仕事だからと言い訳ができるが、こんな浮かれた中でその言い訳は通用しない。
「じゃあ行ってきますねー」
酷い、とか何とか怒っている日向を無視して、柳瀬さんと一緒に外に出る。
何か所か互いの行きたいところへ行って、次にどこへ行こうか話しているとき、柳瀬さんが唐突に言った。
「乙さん、アンバーくん、って、分かる?」
精一杯さりげなさを装って、というような声音で、微かに震えている。だけど、そんなに緊張する理由が、よく分からない。
勉強方面以外ではあまり信用ならない頭で、『アンバーくん』という言葉を検索する。
「何かのキャラクターですか?」
「ううん」
「んー······分かんないですねぇ」
軽く首を傾げて言うと、柳瀬さんは確認するように、こちらを見た。
「本当に?」
その声に、落胆、というか。悲しそうな色が、混じっていて。
「すみません······」
私も、ほんの少しだけ悲しくなった。
家に帰ってから、再び『アンバーくん』を知らないか脳内を探る。
あの後何もなかったかのように柳瀬さんが振る舞うから、私もそれに倣った。それがひどく大事なことのようだったのに、知らないと答えた私に対して、彼は失望の目を向けなかった。そのことに安堵すると同時に、自分に嫌気が差す。
今世の親に怯えられても全く気にならなかったのに、完全な他人で、こちらに友好的かどうかすら分からない相手に嫌われたくないと思うなんて、馬鹿みたいだ。
嫌われたくないから、絶対に私を嫌いにならない人を作りたくて、友人達を集めたというのに。
「······ああ、空達に聞くか」
あまり期待はせず、三人に『アンバーくんを知ってるか』という内容のメールをそれぞれに送る。相変わらず、すぐに返信が来た。
私を常に優先してくれるなんて、本来、ただの友人関係では有り得ないことなのだ。きっと、一回目の人生で四人揃っても、こういう関係にはなれなかった。
前世で自分がどんな人間かを理解していたから、なれたのだ。
「チカは、知らない。キャシーもか」
二人に私も分からないと返して、空からのメールを見た。それには、『知っている』とも『知らない』とも書かれていない。『誰から聞いた?』とだけ書かれていた。
他の人から聞いたなんて、メールには書かなかったんだけどな。
不思議に思いながら彼の名前を打って返すと、今度はメールではなく、電話がかかってきた。
「もしもし?」
『綾、今いいか』
「いいよー」
どこか焦った様子の空に呑気に答えると、向こう側から、何か躊躇っているのが伝わって来た。やっぱり、空は知っているみたいだ。
「今日あの人と文化祭まわったんだけど、その時に『アンバーくん』が分かるかって聞かれたんだ」
『何て答えたんだ?』
「分かんないって言ったよ。空は知ってるの?」
『······綾も知ってておかしくないんだけどな』
ため息交じりにそう言うと、空は簡単に説明してくれた。
『小学校······一年か? まだあたしにしか声をかけてなかった頃に、どこだったっけな、多分綾の学校とかその辺で、遊んでたんだよ。で、何か一回あたしが一人でどっかに行って、綾のところに帰ってきたら、柳瀬さんらしき人がぼーっとお前を見つめてて、お前はアンバーの瞳を見つけたって事で、はしゃいでた』
その時に、相手のことを『アンバーくん』と呼んだ、らしい。
「よく覚えてるねぇ」
『相手の特徴的に柳瀬さんだと分かったから、やっちまったなーって思ったんだよ。当の本人は、相手が誰か気付いてねぇし』
「結局、興味がなかったんだろうねー。全く記憶にないもん。でも、何で今更そんな昔のことを言ってきたんだろ」
『柳瀬さんにとっては、大事な思い出なんだろ。あの時はまだ自分の目がコンプレックスだったろうけど、綾に会って、目を見られたからな』
最後まで聞かずとも、理解した。ゲームでヒロインちゃんがとったような、『瞳の色が黄色でも気にしない』という態度であれば、珍しい人だな、で済んだんだろう。多分、もう瞳の色を気にしない今褒められても、同様に珍しい人だとしか思われない。
自分の瞳を隠すほど劣等感を持っていた頃に、他人より眼球が好きな私が······綺麗だと、褒めちぎったのだろう。それがどれほどのことなのかは、彼本人しか知らないけれど。
······何て分かりやすい物語。
『夏祭りで遭遇した時、綾はあの人を見てたけど、あの人も綾を見てた。······ああ、馬鹿正直に、言葉通りに受け取るなよ』
「あはは、分かってる分かってる。要するに、柳瀬さんも私が好きってことでしょ」
『······綾が昔柳瀬さんの目を褒めたから、だけじゃねぇと思うぞ』
心の内を読んだように、空が言った。でも、明らかにそうじゃないか。柳瀬さんは、私が『目の色を褒めてくれた子』だから好きなんだ。
そのフィルターが消えたら、幻滅されるだけ。
「乙ゲーじゃあるまいし、六年は昔の時の淡~い恋を、よくここまで保てるねぇ。あ、これ元は乙ゲーか」
茶化すように言っても、空は私を咎めない。普通なら、口が過ぎると、咎められるのだろうけどね。
『······まぁ柳瀬さんが綾をどう思ってるかはお前も気付いたんだから、その気があるんなら、明日にでも聞いてみればいい』
「え、何を?」
『何で今更、昔の話を蒸し返したか』
「聞いてみたところで、私の望むものは得られないだろうよ。それならこのまま何も聞かない方が楽で良いんじゃない」
『······お前に確認して来たってことは、ただ単に思い出を共有したいんじゃなくて、あの人が、今の関係を変えようと思ってるんじゃないのか』
淡々と、けれど遠慮のない言い方。
空からのものでなければ、不愉快だと一蹴しただろう。
「二人きりになれたらね」
『······そうか』
空自身緊張していたのか、心の底から安堵したように息をついた。友人達を差別しているつもりはないのだけれど、私の選択を否定するような、そういう場面になると、どうしても空にしか許さない事とかが出てくる。
それは、空が一番好きだからとか、一番信頼しているからとかじゃない。私は三人共同じぐらいに好きだし、信頼している。
ただ、空は······きっと、私のすべてを出会った時にぶつけられて、それでもなお、私の友人になることを受け入れてくれたから、特別なんだ。
『柳瀬さんのこと、黙ってて悪かったな。変に言ったら、綾が楽しめなくなるかと思ったんだ』
「あはは、ありがとう、空。確かにあの時点で聞いてたら、やっちまったって思いが強すぎて、楽しむどころじゃなかっただろうねぇ。······柳瀬さんに聞けたら、また連絡する」
『ああ。おやすみ』
「おやすみなさい」
前世では実の母親以外からはまず聞くことのなかった言葉を最後に、電話を切る。
近くにあった椅子に座り込むと、脳裏に前世の恋人の顔がちらついた。
「······私の性格が好きだと言ってくれた貴方すら、お姉ちゃんに靡いてしまったのにね」
性格が好きだから付き合うなんて最高な形だったのに、それはかつての義姉の登場で、簡単に壊れてしまった。今世では義姉がいないから大丈夫、なんて思えない。
見た目だとか、能力だとか、お金だとか。努力しようと思える範囲で手に入れられるものは、すべて手に入れた。さすがにそれら目当ての人は私が嫌だけれど、まぁ、手にしておいて損はない、というか。私のためになるし。
だけど、一番問題の性格が、直らない。直せない。直そうと思えない。恋愛事に関わらないうちは、直す必要もなかったからね。
私だって、恋愛がなければ生きていけないワケじゃあない。相手は私を好きじゃありませんっていうのなら、特に問題はなかったんだ。
でも相手は私を好きで、空がそこに何かを期待していて。
「まぁなるようになるさ」
うだうだと悩む自分が嫌になって、思考を放棄する。
ふと、かつての恋人に会いたくなった。彼のことが恋しいんじゃなくて、昔に戻って、彼に尋ねたくなったんだ。
義姉に魅了されたのに、それでもなお、私を好きだったのは。今あるものを何も持たない私を、好きになったのは。
私に何か、他の魅力があったということなのだろうか。
「······嫌だねぇ」
ぼーっとしたまま呟いて、机に伏せた。
「長く一緒にいて、慣れただけでしょうに」
昔のことなんてすぐに忘れてしまうのに、義姉が彼に覆い被さりながら私を見て嗤う、あの顔が忘れられない。その後義姉に向けられた、彼の表情も。
私がこんなになったのは、二人の影響だろうか。気が付けば、最初の人と添い遂げたいという願望を持っていたせいで、そのきっかけを忘れてしまった。いや、もしかすれば、きっかけなどないのかもしれない。生まれた時から、既に持っていた願望なのかもしれない。
たとえ始まりがいつであったとしても、それから逃れられないことに、変わりはないのだけど。
本当に、恋愛事さえ絡まなければ、何も問題はないのに。
空が直してくれた時計の音を聞きながら、私は小さく笑った。
あああああああめっちゃサボって申し訳ございませんんんんん(しかもまだほとんど書けてないという
と······とりあえず······頑張ります······




