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エピローグ。~菊屋 聖視点~

 教室に荷物を取りに行って戻ってくると、尊は数分前と体勢を変えずに一枚の紙を前に唸っていた。

 それは毎年中等部・高等部の生徒会の会長と副会長に出される仕事で、来年生徒会役員に役職を割り振るとしたら、誰をどの役職にするか、というもの。

 三年前もやったのだから、初めてというわけでもないだろうに、尊の紙には一文字も記入されていない。


「尊、まだ決まってないんですか」

「そんな簡単に決まらねぇよ······理由も書かなきゃいけねぇから、適当に書けねぇし······」

「僕らが高一だった時の、中等部の生徒会メンバーをそのまま書けば良いじゃないですか。顔ぶれもそう違いませんし、ほとんど問題は起こってませんでしたし。······ああ、乙さんは今年で生徒会をやめるらしいですよ」

「乙が!? 抜けるのか!? ってかお前いつ聞いたんだそれ!?」

「前、たまたま放課後に会ったので」


 あの日彼女を家に送る途中で、たまたま生徒会のことが話題に上がり、その時に本人から聞いたのだ。元々どんな仕事をするか知りたかっただけらしい。他にも、頬に······その、キスをするのは、御友人ともよくすことだとか、元々スキンシップが好きだとか、そういった話をした。

 今日も家まで送るという約束をしている。今日は、彼女のどんなことを知れるだろう。


「では、僕は体育館に行ってきます」

「聖! 俺を見捨てるのか······!」

「案は出したじゃないですか。頑張ってくださいね」

「······ああ、そうだ、聖」


 突然、尊に真面目なトーンで呼ばれた。

 どうしたのだろうか、と振り返る。


「さっき中三の男が、新しい同好会?作りたいって事で、届持ってきた。顧問も、もう探したらしいぜ。乙のファンクラブだと。今日は生徒会も機能してねぇからってことで、届はそこの棚に入れて保管してる。ったく、今あるやつもそうだが、何でファンクラブなんかの顧問を引き受けるんだよ」

「······まぁ、同好会なら何か危険なものを使うのでなければ、活動時に顧問がいなくても構いませんからね。それでも今までのファンクラブの行動を知ってる先生方なら、引き受けないでしょうけど······。とりあえず、次の月曜に考えましょう」

「おう」


 頷いた後再び目の前の紙を相手に唸り始めた尊を置いて、体育館へと向かう。

 乙さんは朝からずっと、体育館にいるらしい。体育館が解放されて、もう二時間程経っている。最初から踊っていたら怪しまれるかもしれないから、とある程度時間を潰してから行くよう頼まれましたが······僕が行ったところで、乙さんの体力はまだ残っているのでしょうか。

 ······そう心配していた時期が、僕にもありました。


「あっはっは! 大丈夫? 相手してくれてありがとう! 楽しかったよ! ······あ、ねぇ、一緒に踊らない?」


 つい先程まで踊っていた相手は壁際まで歩くとぐったりと倒れたのに対し、既に新しい相手を探している彼女は、ひどく楽しそうに笑っている。足取りも軽やかで、この二時間踊り続けていた分の疲労を全く感じさせない。

 さすがに汗一つかかずに、とはいかないまでも、疲れている様子がまるでないのは確かだ。

 乙さんに会ったらファンクラブの件を話そうと思っていたが、あれほど楽しそうなのに、わざわざ今言うことでもないだろう。また、放課後にでも話せばいい。

 僕が中に入ると、足音で気付いたのか、乙さんがさっとこちらを見た。


「あ、菊屋副会長! 今お暇ですか? 良かったら、十曲ぐらいパッと踊りませんか?」

「え、十曲!? あの、十曲は無理ですけど、4、5曲なら······」


 いつもよりもテンションの高い彼女に手を引かれ、半ば強制的にダンスの相手をさせられる。授業で何度も練習したダンスを踊りながら周りを見ると、男女よりも、同性で組んでいるペアの方がいくらか多い。

 女性同士はともかく、男同士で踊っているのはどこか哀愁が感じられる。


「乙さんは、朝から休みなしに、ここで?」

「はい! 相手してくれる人がいなくなるまで、ここにいるつもりなので。今のところ、最初に踊った人が一番長く相手してくれましたかね。その人が教室に帰ってからは、何度も相手を変えてます。選択でダンス取ってない子は、慣れてないからか一曲が限界で」

「よくそんな連続で相手を見つけられますね······」

「まぁ毎年お誘いメールをかなりの人数に送ってますから。それに今年生徒会に入ったから、生徒会メンバーとも踊れましたし」

「え!?」

「柳瀬書記と、夏草庶務。夏草庶務の方は、結構長持ちしたかなぁ。踊り終えた後に、ファンクラブの子の餌食になってました。助けてって言われましたけど、今日は自由にしていい日だから皆はしゃいでるし、それの邪魔するのはねぇ」


 踊って段々と息の切れ始めた僕とは反対に、乙さんは疲れを見せずニコニコしながら喋っている。他の人にもこのテンションを保っていたのだろうか。

 彼女の底なしの体力に驚愕しつつ、何とか自己申告より多い6曲を踊って僕は壁際に凭れかかった。彼女が気遣ってくれたのか、6曲目を踊り終えたときには、壁がすぐ横にあった。


「大丈夫ですかー?」


 僕が来た時のようにすぐ別の相手を探しには行かず、次の曲が始まったのも無視して、乙さんは僕の前にしゃがんだ。そこに明確な差を感じて、少し嬉しくなる。

 彼女はその性格からか、他の人との扱いの差を感じることが、ほとんどない。それで僕は付き合うまで彼女が僕を好きだと全く気付かなかったし、付き合った後も、乙さんは本当に僕を特別視しているのか、不安だった。

 だからこういう差を見つけ、喜ぶと同時に安堵した。僕への好意があることは、心配そうな顔からも読み取れたから。


「問題ありませんよ。ただ、こんなに連続で踊るのは、体育祭以来なので······」

「ああ、確かに。授業では練習でずっとすることはあっても、曲終わったら即次の曲、なんてことはありませんからねぇ。······んー」


 乙さんは立ち上がり、軽く周囲を見渡す。


「相手してくれそうな人いないし、私もそろそろ休憩しますかね。お昼から纏め役達に誘われてるんで、体力残しとかないといけませんし」

「お昼からまた来るんですか!?」

「ええ、せっかくの機会ですから、限界まで楽しまないと。他にも午後から来る人が、結構······」

「き、き、乙たん!」


 彼女と話していると、誰かが彼女に声をかけた。······僕の耳が悪いのでしょうか、さっき『乙さん』ではなく『乙たん』と聞こえた気が······。

 彼女に声をかけたマッシュルームカットの男子生徒は、丸い縁の眼鏡をかけていて、高校生にしては幼い顔立ちだ。


「ん、私に御用ですか?」

「えええええええっと、その、き、乙たんと! い、一曲、踊りたくて!」

「へぇ、本当に? ······でもごめんなさい、朝からぶっ続けでここにいたから、足が疲れちゃって。午後にまた来るので、その時会えたら一緒に踊りましょ! あ、あと私、普通にさん付けで呼ばれるのが好きだから、そっちで呼んでくれませんか?」


 嬉しそうな、だけれど営業スマイルともとれる笑顔で乙さんが言うと、男子生徒は彼女の言葉をどう受け取ったのか、キリッとした顔で答えた。


「いえ、乙たんは、僕の天使ですから!」


 僕はそれを聞いて、数秒間固まってしまった。僕らの近くにいた人も固まっているので、僕の反応は正しいのでしょう。


「あはは、天使かぁ。ん~、今注目されてて照れちゃうから、ちょっと一緒に外まで出てくれない?」


 乙さんは困ったように笑い、男子生徒を外へと誘導する。僕もついてくるように言われたので立ち上がると、男子生徒が僕を睨みつけてきた。······そんなに乙さんと二人っきりになりたかったのでしょうか······。

 外に出ていくらか離れたところまで歩くと、乙さんは疲れたように壁に凭れかかった。男子生徒にはああ言ってたものの、多分精神的に疲れたんでしょう。彼女は一つ溜め息をついた。


「······まず、私を『乙たん』なんて呼ぶのをやめてもらいたい。ペットと同レベルの扱いを受けているようで、気分が悪い」

「······え、乙たん?」


 先程とは打って変わった態度に驚いたのか、呆けた顔をしている男子生徒に、乙さんはまた溜め息をつく。

 二人共何も言わずにいると、しばらくして男子生徒が急に、蚊帳の外だった僕の方を向いて怒鳴りだした。


「お、お前が! お前が、乙たんに何かしたんだろう! 乙たんは、こんな人じゃない!」

「ふはっ、ちょ、マジかそういう方向に行くのか。待って君、中三だよね?」

「はい! 僕の事、知ってたんですか!?」

「あー、うん。私のファンクラブ作ろうとしてる奴らがいるって聞いたから、調べたのよ。そこに君がいたって話。あのねぇ、菊屋副会長は高三なんだから、『お前』とかタメ口は駄目だと思うよー」

「でも! こいつが乙たんを誑かしたせいで、乙たんは性格悪くなって······! それにこいつ別の学校に恋人がいるくせして、乙たんに近付くなんて! 乙たん、こいつとはもう関わらないでください! こいつといるから、そんな酷い人になったんだ!」

「待ちなさい、貴方、さっきから乙さんに対して失礼じゃないですか!?」

「お前は黙ってろ!」

「······あのねえ」


 横から怒りに満ちた声が聞こえて、僕も男子生徒も口を噤む。乙さんは苛立った様子で前髪をかきあげると、自身を落ち着かせるように深く息を吐いた。


「······今まで既存のファンクラブにいる、話の全く通じない子を何人も見てきたけどさぁ。あの子らの方が、まだマシな気がしてきたわ」

「なっ、僕達はあの女共と違って、本人に迷惑をかけたりはしない!」

「いや充分に迷惑だよ。私が君の理想と違うからって、菊屋副会長を悪者にした挙句、私と親しいワケでもないのに、交友関係を制限してくるとか······」

「僕は、乙たんのためにしてるのに!」

「『私のため』? あははっ、面白いこと言うねぇ。······私さぁ、そういう風に『私のせい』にされるの、大っ嫌いなんだよ」

「き、乙たんのせいになんか······」

「してるじゃないか。『誰かのため』って、突き詰めりゃあ『その人が原因です、その人のせいなんです、こっちのせいじゃないんです』って言ってるのと同じでしょ? 『相手のためだから良い』なんて、そんな馬鹿な理論で私を制限するの······本気でやめてくれる?」


 彼女は心底不愉快そうに言うと、「行きましょう」と僕に一声かけて、傍にあった階段を上り始めた。慌てて追いかけて踊り場まで行ってから下を見ると、男子生徒は呆けている。


「······あ、ねぇ」


 何かを思い出したのか、彼女が上から僕の横まで下りてきて、男子生徒に声をかけた。


「君さっき私を『性格悪い』とか『酷い人』とか言ってたけどさ。私はね、自分のこの性格を気に入ってるんだ! 帰ったらお仲間に伝えといてよ! 『乙 綾は人間の屑だけど、そんな自分に満足している』ってね! 君の理想の、『天使のような乙たん』なんて、最初っからこの世に存在しないのさ!」


 言いたいことを言って彼女は満足したらしく、楽しそうに笑いながら階段を上がっていく。何も言わずについていくと、彼女は屋上まで上がって行った。

 とはいえ屋上には入れないから、厳密には屋上前まで、ですが。

 屋上前は階段の踊り場より狭く、ほとんどの生徒には用のない場所。その分、人が来ない場所でもある。


「せっかく菊屋副会長と踊れて良い気分だったのに、あの子のせいでぶち壊しですよ~」

「予想外に、話の通じない人でしたね。······あの、乙さん。······僕は、乙さんの性格が良いとまでは言いませんが······酷い人ではないと、思います」

「あはは、性格が悪いのも酷い人間なのも屑なのも、全部事実ですからね、今更傷付きませんよ。ちょいとばかし、理想を押し付けられて腹が立っただけです。······あーでも、ちょっとだけ、頑張って性格直します」

「どうしてですか!?」

「さすがにこんだけ屑だと、菊屋副会長と釣り合わないといいますか」

「そんな、僕は乙さんの今の性格が、充分に、好きですよ······」


 最後は消え入りそうになりながらもそう言うと、彼女は目を見開いた後、意地悪そうに口角を上げる。

 彼女の腕が、僕の首に回されて。


「えっ」


 彼女は僕の頬に、触れるか触れないかぐらいのキスをした。

 少し間を開けて状況を理解し、顔が一気に熱くなる。既に離れて僕をじっと見ていた乙さんは、くすくすと笑った。


「あはは、真っ赤ですねぇ」

「乙さん! 僕をからかったんですか!?」

「からかったワケじゃありませんよ~。純粋パワーを発揮してガチトーンで『好き』って言ってくるから、腹が立って仕返ししただけです」

「······じゃあ」


 まだくすくす笑い続けている彼女の頬に手を当てて、彼女が逃げる前にさっと唇を重ねる。緊張してぎゅっと唇を固く結んでいたせいで、感触はあまり伝わってこない。それでも柔らかいことは分かって、自分からしたにも関わらず、恥ずかしくなってきてすぐに離れる。

 さすがの乙さんも、唇へのキスは友達にする感覚ではできないようで、頬をほんのり朱く染めた。


「······僕は、今の乙さんが好きですよ」


 自分が楽しむために生きていて、自分のことを自覚したうえで、それを本心から『満足している』と言える彼女が、誰よりも、綺麗だと思う。

 そう伝えると、彼女ははにかみながらも、嬉しそうに微笑んだ。

7/31の0時に間に合わなかった+閑話も8/1の0時に間に合いそうにない

=エピローグと閑話は一日おきに投稿ってことにしようそうしよう゜+。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+゜


······すみませんでしたぁぁぁぁッ!!!

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