正反対の人
今まで女っ気のなかった副会長に突然できた恋人に関する噂は、翌日私が教室に入るころには、既に充分すぎるほど広まっていた。
クラスにいる彼のファンの子達以外にも、今日はそこかしこでその話題があがっている。
「何かみんなはしゃいでるね、どうしたの?」
適当に入り口付近にいるクラスメイト達に尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。
『副会長は、他校に恋人がいるらしい』
その子の存在を話す副会長は幸せそうだったとか、細かい事も聞いてみるに、案外彼は嘘を吐くのが上手いようだ。不快に思うだろうから、本人に言うつもりはないけど。
席に着くと花咲さんと千尋が、ある程度は察している様子でやって来た。
「乙」
「あはは、大丈夫、二人で話した結果さぁ」
「なら良いけど」
「朝からずっとこの話題で持ちきりだよ。腹黒のファンクラブは、さっきまで緊急招集がかかってたみたい」
「らしいねぇ。チャラ男が恋人を作っても、そんなのなかったのに」
「······別に名前隠すほどのことじゃないと思うんだけど」
「良いじゃない、これで通じるし。元からあの人らの話題には、女の子達は敏感だから。私が生徒会に入ったことで、より一層そういうことを気にしてる。······所詮彼らも一生徒に過ぎないのにねぇ」
「そういえば、綾ちゃんのファンクラブもできたよ」
······は?
「ちょっと待ってそれいつできたの?」
「あ、えっとね、正確にはまだ正式なものじゃないっていうか、今一つ下の学年でできかけてるっていうか」
「一つ下? 中等部で?」
「うん。朝の内に生徒会に同好会作る届出すらしいよ」
「まぁアンタ、学年関係なしに有名だし。前は完全に色物扱いだったけど、仮面とか外してからは、ね」
「ああ、なるほど。顔が理由ね。あはは、攻略対象と全く一緒か」
自分の顔を指さして笑いながら言うと、千尋は慌てたように首を横に振った。花咲さんは、どこか怒った様子でそっぽを向いている。
「そういう子も多いけど、普通に綾ちゃんの性格が好きになって、って子もいると思う。メンバーの中には、女の子もいるし」
「どうかしらね。アレのきっかけって、今日の腹黒の騒動っぽいわよ。前々から集まってはいたらしいけど。三十分ぐらい前に南が見つけて私も見に行ったんだけど······キモかったわ。あいつらアンタを顔のレベルが桁違いに高いアイドル程度にしか思ってない。『乙たんが悪い男に引っかからないようにするんだー!』ってさ」
「うわぁ······」
アイドルと同じ扱いだなんて、非常に気分が悪い。アイドルを馬鹿にする気は一切ないがな、お金をもらううえでプライベートが制限される人と私を、一緒にしないでほしい。何でメリットもないのに制限されにゃならん。
どうせ私の本性を知れば、私を嫌って屑呼ばわりしてくるくせに。
「ホント、虫唾が走るわ。アンタは見世物や愛玩動物じゃないんだから、あいつらに干渉する権利はないっての」
「まぁその届を受理するのは生徒会だし。受け取った人がその場で『ハイいいですよ』で受理できるもんじゃないから、大丈夫じゃないかな。場合によっては今週中に解散させるよ」
「そういえば、何でファンクラブって受理されたワケ? 届を受け取ったのは俺様と腹黒でしょ? 普通受理しないんじゃない?」
「あー、それは私も生徒会に入ってから知ったんだけどさ。部室もいらない活動するための資金もいらないって奴だと不受理しづらいんだよね。それからさ、最初にできたファンクラブって······」
あれ、日向ってどういうキャラなんだろう。甘えん坊······でいいのか?
「······チャラ男の兄のなんだけど」
「アイツは『ガキ』で良いんじゃない?」
「······ガキのなんだけど」
「ガキにストーカーした女の子が出現したから、そんな女の子がもう出ないように、ファンクラブ結成したんだよね?」
「ん、設定資料集に載ってた?」
「うん」
「万能ね。私もさらっと読んだけど、分厚いし胸糞悪いし途中で投げ出したわ」
「花咲さん、最近言葉が汚いよ~」
せっかく可愛い顔してるのに、少々お下品な言葉を連発してるから、近くの男子がビビりながら花咲さんを見ている。それに気付いた彼女は、心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
何というか······強い子は好きだよ、私。
「まぁ、一応ガキのためにもなるからってことで、届を受理したんだと思う。で、一回受理したら、他のも受理しないワケには······って感じじゃないかな」
「ふぅん。それに対してアンタのは害しかなさそうだし、まず受理されないでしょうね」
「他の人達が受理すると言っても、私が受理させないよ。つーか受理云々以前に潰す」
「あ、その時は私に言ってね! 全力で潰す手伝いするから!」
千尋も千尋で、何か強くなってるねぇ。
悟りを開いた気持ちで微笑んでいると、ポケットの中で携帯電話が微かに震えた。副会長からかな、と思って画面を見る。
「恋人から?」
わざわざ呼び方を変えてくれた花咲さんに頷いて、携帯電話を閉じる。
「文化祭の三日目、一緒に踊りに行きませんかって」
自分でも口角が自然に上がるのを抑えながら言うと、花咲さんは「クソ真面目ね」と呟いた。
私達の会話を聞いていたらしい人達が一気にこちらに来ると同時にチャイムが鳴り、藤崎先生が入ってきた。意外と聞かれてたみたいだ。
HR後に信じられない、といった顔で恋人のことを尋ねてきた人達には適当にはぐらかし、私は廊下で彼にメールを送った。
つい先日のように薄暗い廊下を、鼻歌交じりに歩く。
さっき温室に行ったら、新しく花が咲いていたのだ。夕方から咲く花だから、朝はまだ咲いてなかったんだよね。
植物にはそこまで興味ないけど、やっぱり自分で育てると愛着が湧くというか、何種類か育てているから順番に花が咲いて変化が楽しいというか。
あの子が咲き終わる時期になったら、次はどの子を植えようかな。
知っている植物を思い浮かべながら歩いていると、誰かが後ろの方からこちらに向かって走ってくる音が聞こえた。何となく振り返ると、走っているのは副会長だった。帰る途中のようで、鞄を肩にかけている。
「菊屋副会長、こんにちは~。ん? こんばんは?」
「暗くなり始めてますし、こんばんは、でしょうか」
「夕方って、微妙な時間帯ですよね~」
「······乙さん、何だかご機嫌ですね。何か良い事でもあったんですか?」
「ふふ、温室で、新しい花が咲いてたんです。後、裏庭にそろそろ開花時期が終わる子がいるので、今からそっちも見に行こうとしてて」
「あ、僕も一緒に行っても構いませんか?」
「ええ、勿論。ずっと前から咲いていましたから、そう珍しいものでもありませんが」
裏庭の方へ歩きながら音に集中して、周囲に人がいないことを確かめる。まぁこんな遅い時間だし、ほとんどの人は帰っている。特に心配する必要はなかったみたいだな。
集中するのをやめ、副会長を裏庭の奥の方へ連れて行く。背の高いあの子達は、遠くからでも割と見つけやすい。
「意外と背が高いですね······」
「まぁ、かがんで愛でるサイズではないですね」
見上げるほどの大きさでもないけれど。
この子達は、四月に『中一の生物で種を使う』と言われて大量に手に入れたあまりを植えたものだ。種も割れば面白いものが見れるけど、花自体も面白いのになぁ。花弁の色は一つの株でも全然違うものが咲くし、おしべの花糸の色が花弁の色に影響されるし。
その辺は遺伝とかの話になってくるから、中一で扱うもんじゃないか。
「夜に咲く花ってのは強い匂いがするものも多いんですが、この子はそうキツくなくて好きです。花の色も形も、遅くに咲いて夜の間ずっと咲いてるって性質も。品があるといいますか。この白に赤が散ってるのは、返り血を浴びたみたいで上品と言うより不気味ですけど」
「······お気に入りの花、なんですか?」
「気に入ってるというより、単に人並みには花を愛でる心があるだけです。基本、植物に興味はありませんよ。ただ、花の名前を覚えていると、他人との話題の一つになりますし」
「打算的ですね······」
「元々興味のないものを損得勘定なしに心から好きになれるほど、可愛らしくできていませんからね」
「じゃあ、乙さんが一番興味のあるもの······というか、好きなものって何ですか?」
「ゲームですかね。私はたとえ地震が起きても、ゲームだけは持って逃げます」
「······なら、もし乙さんのゲームが壊される代わりに、面白いことが起こるとしたら、どうしますか?」
「んー、壊されるのがゲーム機の方だったら、面白いことを選びます。内臓データはバックアップとれば良いですし。プレイする前のカセットの場合も同様ですね。後で買えます」
さすがに100時間とかやり込んだ奴は、無理だけど。
······あーでも、たとえデータが飛ぶとしても、『面白いこと』ってのが、もう二度と味わえないぐらい最高のものだったら、私はそちらを選ぶかもしれない。いやでもなぁ······。
しばらくそうやって悩んでいると、副会長が、少し驚いたように言った。
「乙さんは、何が合っても『面白いこと』を優先すると思ってました」
「えっ、まさか! ゲームだって私にとってはある意味『面白いこと』なんですから、そりゃあ迷いますよ。私が迷わず失う方を選ぶのは、どうでもいいものだけです」
「植物は、その『どうでもいいもの』に入ってた、ということですか」
「ああ、温室が荒らされた時のことですか? ええ、そういうことになりますね。植物は嫌いじゃありませんし、どちらかといえば好きですけれど、『どうでもいいもの』です」
「······どうしてそんな、何かを失ってまで楽しむ事にこだわるんですか?」
困惑した様子の彼に、私は口角を吊り上げた。
「どうしてって、ねぇ? そりゃ楽しいのとつまらないの、どっちが良いかって聞かれたら、よほどの変態じゃない限り『楽しいのが良い』って答えるに決まってるじゃないですか」
「それだけ······ですか?」
「はい、それだけですよ。後はちょっと自分本位に考えて、倫理観を捨て去ったら、ほら、乙 綾のできあがり」
「倫理観まで捨てるって······危険な生き方ですね」
まぁ元から楽しい事は好きだったけど、今は二回目の人生ってのもあって、真面目に生きてないんだよね。前の人生で、真面目に生きたし。今回は遊びましょーってね。
徹底的に楽しむために、お金と仲間は揃えた。恩も売りまくった。倫理観なんざ最初から欠けてる。
私を止めるものは、法律ぐらいしかない!
「そんな奴が恋人になってしまった菊屋副会長も、随分と危ない人生になりましたよ。ふふ、お互い頑張って生きましょうね」
にっこり笑ってそう言うと、彼は少し目を見開いた後、苦笑しながら言った。
「僕は、乙さんを絶対に裏切りませんよ」
「私を裏切ったら、死待つのみですからね」
分かっていますと返す彼に、心の中で謝る。
ごめんなさいね、恋愛に関して詳しくないところに、付け込んでしまって。私は、今好きになってる人が運命の人だとか思ってても、時間が経って恋心が薄れるケースを、いくつも見てきた。
普通に過ごしてて、貴方が一生私を好きでいられるはずがない。同じ相手ばかりだと、飽きてしまう。
それを分かったうえで、告白した。いずれ彼が私から離れていくのは、目に見えていたのに。
「乙さん、僕は本当に、乙さんのことが、好きですからね?」
「ふふ、私も大好きですよ~」
ほんの少し踵を浮かせて、彼の頬に軽くキスをする。それで真っ赤になった彼を見て、私は笑った。
副会長は、綺麗な人だ。一応腹黒いところもあるけれど、基本的に純粋で、素直だ。私が何かしなくても、もっと多くの人と関わって行けば、簡単に汚れてしまうぐらいに真っ白。そんな彼が汚れる前に、私が手を加えたら。彼は私から離れないようになるだろうか。
······まだ離れてしまう可能性が高い彼は、空達と同じぐらい大切、というワケではないけれど。彼のことは、空達と同じぐらいに好きだ。
私は、副会長が私から離れていかないように、『頑張る』。副会長と長く一緒にいられるように、ゆっくりと私の思考に慣らしていこう。
だから副会長、どうかこのまま、私を好きでいてくださいね。
──────GOOD END「綺麗な人」
いやぁ······乙ちゃんの狂気が前面に出ているというか、ヤンデレ?っぽいというか······ダークな感じになりました。すみません。副会長視点だったらこのお話も、そこまで暗いものじゃないはずです(汗
では、ここからは『If~バッドエンドで乙ちゃんがフったのが副会長だったら~』のエンド後予想です。
そんなの見たくねぇよ、という方は飛ばしてください。
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副会長は、なかなか勇気が出せず、そもそも告白するのが副会長も乙ちゃんも大学に行ってからじゃないでしょうか。で、乙ちゃんは一生自分を好きでいてくれるはずがないと判断し、断ると。
その後はぎこちないながらも変わらない日々を過ごしていくと思います。年単位で時間が過ぎた後、副会長耐え切れずにもう一回告白するんじゃないかなー。その時乙ちゃんは、どんな判断をするんだろう······。
バッドエンドの場合も、何だかんだでくっ付きそうです。
(······あっ、できかけの乙ちゃんのファンクラブの存在忘れてた······まぁいっか)




