腹黒復活
放課後、なるべく急いで生徒会室に向かう。副会長はいつも早く来るし、運が良ければ、少しの間二人で話せるだろう。
最初に副会長のとこの纏め役から例の報告があった以外は、特に連絡は入っていない。ただ、纏め役達は情報を共有しているからな。何か勘違いしたままの彼女らに、気を落とさないでとか慰められた。
もう誰にも告白する予定とかないんだけどなぁ。
「あ、乙さん、こんにちは」
生徒会室のドアを開けると、予想通り副会長が既に来ていた。彼は私を見て、嬉しそうに微笑む。軽く挨拶して席に着き、他に誰もいないことを確認する。
仕事は文化祭の時に前倒しでやってるワケだし、大抵は来ないだろう。藤崎先生とかは来るかもしれないけど。
「菊屋副会長、早速ですが、はい。ファンクラブにバレましたよ」
「付き合ったことが、ですか?」
「はい。朝のHRの後、こちらがメールしたときに」
「······あー」
今朝クラスメイトに恋人がいると言ったのを思い出したようで、副会長はおもむろに目を逸らす。
「まぁ誰が恋人かはバレてないんで、その辺はまだ誤魔化せると思います。私に教えてくれたその人には内緒にするよう頼みましたけど、まぁ他に聞いていた人がいても、おかしくないですし」
「すみません······」
「あはは、存在がバレた程度なら大丈夫ですよ。名前まで知られたら、面倒なことになるかもしれませんけど」
私がそう言うと、副会長はまた謝った。
んー、純粋なのは彼の魅力の一つではあるけれど。人を引き付けるどころか群がられるレベルである以上、少しぐらい、自分が腹黒キャラであることを思い出してもらわなければ。
「菊屋副会長、恋人は他校の子ってことにしちゃいませんか。嘘吐くことになりますが」
「そうですね。これ以上乙さんに、迷惑はかけられませんし」
「······えっ、ああ、じゃあ、お願いします」
······私が洗脳する前に、自分で思い出してくれてたみたいだ。これはこれで拍子抜けだな。
「他人を騙すのは、罪悪感がありますけど······そうでもしないと、あいつらが何するか分かったもんじゃない」
忌々しげに吐き出す副会長を見て、彼が立派な女嫌いであることを思い出す。私と普通に話すし、仕事で女の子と話す時もそういう様子はなかったから、忘れてたわ。
それにしても、腹黒がちゃんと残ってたとは。藤崎先生の方が腹黒になりかけてたから、全く気付かなかったな。
あんまり腹黒いのも嫌だし、私にはこの腹黒を向けないよう、これから調整していきましょうかね。
「······あの、乙さん、僕のことイケメンだと思いますか?」
「ん? 思いますよ? 今まで生きてて良い人も悪い人もたくさん見てきましたけど、やっぱり生徒会の人達&椿先輩は、ずば抜けてイケメンさんです。突然どうしました」
「いえ、乙さんは初めて会った時もそうですけど、僕らの顔に全く興味を示してませんから」
「んー、まぁ私は三次元より二次元なんで。いくらイケメンでも、所詮三次元です。三次元では顔より声とか話し方とか、笑い方とか。やっぱ三次元は二次元と顔で勝負しても勝てません」
それを元二次元の彼らに言うっていうね。
ゲームでの彼らで、顔が好みだったのは特になかったかなぁ。皆平等にかっこよかった。というか顔の造形にあまり違いがなかったんだ。ヤンキーっぽいとか、童顔とか。そういう違いは、三次元になってから顕著?になった気がする。
中身も中身で、ちょっと思うところがあったしねぇ。まぁ今はそういう問題もなさそうだけど。
疲れているのか、机に伏せて目を閉じた副会長の髪に手を伸ばし、指先に絡めて遊ぶ。
「······乙さん」
入り口のドアが、ほとんど音を立てず横に動く。
「······好きです」
副会長がそう言ったのが聞こえたのか、ドアの向こうにいた彼が、ゆっくりと目を見開いた。
中途半端に開いたドアから見えるのは、夏草兄弟のどちらか。雰囲気とか、日向にしては落ち着いた反応からして、おそらく葵なのだろう。
副会長は顔をあげず、黙って私に髪をいじられている。多分、葵には気付いていないだろう。私は髪に触れる手は止めず、ドアの向こうの彼に、このことを内緒にするよう仕草で伝えた。葵は察してくれたようで、小さく頷きドアを閉める。
開いたときと同じように静かに閉まったのを確認して、私は副会長に返した。
「私も好きですよ」
副会長は少し顔をあげ、嬉しそうに微笑んだ。
副会長と二人でしばらく仕事をしていると会長と葵が来たが、その五分程後に来た藤崎先生に、会長と副会長は連れ去られてしまった。生徒会長&副会長に毎年課される仕事プラス彼らが卒業した後のファンクラブに関してちょっと話すらしい。
ファンクラブなんて会長達が卒業すれば勝手に解散する気もするけど、会長達が行く音羽大学はここのすぐそばだからとかで、何か色々話すことがあるんだとか。まぁ一生徒のファンにしては度の過ぎた行動をする子もいるしねぇ。
先生が出ていく時に『時間が時間だから頃合いを見て帰れ』的なことを言ってたし、仕事自体はもう随分と前倒しでやってるし。そろそろ帰りましょうかね。
「あれ、帰るの?」
「うん」
「じゃあ俺も帰ろうかな」
「ファンクラブの子に見付かったら面倒くさそう」
「何を今更。生徒会で一緒に帰ることも時々あるでしょ」
「それもそうだけど。······うわ、結構暗いねぇ」
「暗いのは苦手ー? 薄暗い場所は嫌いって、前言ってたけど」
「まぁ一般の人が持つのと同程度の恐怖はあるよ。それにやっぱり日が長いに越したことはない。秋分は過ぎてしまって、これからは一日のうち夜が半分以上を占めて、さらに冬至まで日は短くなる一方で······憂鬱だよ」
「ああ、そっか。そんな風に考えたことなかったな」
その呟きを最後に、会話が途切れた。
別に気にせず歩くがな。こういうのは自分の気持ちの問題なんだ。相手との空気を心地良いと思えないなら、相手を気にしなければいい。変に気にするから気まずいとか思うんだ。
葵は沈黙に耐え切れなくなったのか、それとも元から話そうとしていたのか、唐突に切り出した。
「······綾ちゃん、副会長と付き合ってたんだ」
「我慢できなくてね、私から好きだーって言っちゃったの」
「綾ちゃんから!?」
「うん、私から。付き合ったこと、他の人には内緒にしてね」
「俺、口が堅そうに見える?」
「あはは、普通は『口が軽そうに見える?』でしょうに。んー、見た感じでは判別できないけど、夏草会計のことは信用してる」
チャラチャラしてて女性関係が派手?な割に、付き合ってきた女の子や友達、日向の弱味となるものを広めたりはしない。
『口が堅い』の基準なんぞ知らないから葵の口が堅いのかは分からないが、そういう面で信用できるんじゃないかなぁ。
「ま、他人には言わないけど。でも綾ちゃん、自分から告白なんてさ、裏切られたくなかったんじゃないの?」
「さっき言ったでしょ、我慢できなかったって」
「そんなに好きになったってこと?」
どこか不機嫌そうな彼に、首を傾げて答える。
「どうだろう。恋愛感情が高まって、というワケではないかな。あの人が私のことを好きだってのに気付かなかったら、あの時あんなにテンション上がんなかったら、絶対告白なんてしてない。······夏草会計、急に何で」
何でそんなこと聞くの。
不審に思って尋ねる前に、葵がひどく静かな声で言った。
「ねぇ綾ちゃん、俺も、綾ちゃんのこと、好きだよ」
その言い方は、冗談めかしたものではなくて。私が思考を停止している間に、葵は私の正面に立ち、じっとこちらを見据えた。
「あー良いなとか、そんなんじゃなくて、本気で好き。俺なら、綾ちゃんがどんだけエグいことやっても嫌いにならない。だから、副会長が綾ちゃんから離れたらさ、副会長に何かする前に、俺のところに来て」
話している内容がどれほどふざけていようと、こちらを心配そうに窺う目が、冗談でないことを嫌でも私に分からせる。
「綾ちゃんが傷付いてるとこに、付け入らせてよ」
そう言って笑っても、やっぱり目は変わらないまま。
葵はもう、冗談だと言うつもりはないんだなと、ぼんやり思った。
「······君、今までそんな素振り、一切見せなかったじゃない」
「ああ、信じてはくれるんだ。でも、そっか、結構頑張ってたつもりなんだけど」
どの辺が?とは聞いちゃいけないんだろう。だけど······葵からそういったアプローチをされた記憶が全くない。私が鈍いのか、葵が下手なのか······。
······両方かな。
「とりあえず、夏草会計の要求の意図がよく分かりません」
「そのまんまだよ。もし綾ちゃんが副会長に裏切られたと判断したら、その場で副会長と別れて俺のとこに来てほしいの。そしたら俺、全力で綾ちゃんを大切にする。副会長の存在を忘れるぐらい」
「いやその時まで君が私を好きでいると思えないのだけれど」
「そんなことないよ。だから、ね?」
「······どっちにしても、断るけど。キープくんを作るのって、浮気と似たようなものじゃない? 私があの人にされたら、そう捉える。······私から離れることはないし、あの人が離れたら高確率で死ぬから、キープちゃんを利用することはないけどね~」
最後は茶化すように言って、一度止めた足を再び動かす。慌てて追いかけてきた葵に、振り返らないで短く感謝の言葉を告げた。
互いにわざわざ言いやしなかったけど、きっと明日から何事もなかったように振る舞うんだろう。というより、このことを特に意識しない、の方が近いだろうか。
しかしまぁ、副会長といい、葵といい。
「私のどこが良いのかね」
ただ努力次第で手に入るものを、一通り持っているだけの、私の。······一体、どこが。
葵と別れた後も、ゆっくりと歩きながら考える。彼らは、私の『付属品』に騙されているだけなんだろうか。私が持つ、顔やら、金やらに。
······別に、良いけどね。
顔も金も、それらを持ってないことで私から離れる人がいないように、と大嫌いな努力をして手に入れたもの。それらに惹かれるということは、ある意味私が狙った通りのことなんだから。
本音を言えば私の中身だけを見て、好きになってほしいけれど。
それはきっと、『望みすぎ』ってやつなんだろうね。
「おい姉ちゃん、こんな夜道を······ぐぇッ」
さっきから私の後ろをついてきてた人に蹴りを入れて、溜め息を吐く。この人が何をしようとしてたのかは知らないけど、鼻息荒かったし、私の肩ガッチリ掴んできてたし、蹴ってよかったんじゃないかな。
こんな時、誰か、その辺の白馬の王子様に助けてもらいたい、なんて思ったことはない。
でも、そういう弱さがあった方が可愛いのかなぁ。ほら、乙女ゲームのヒロインちゃんって、ほとんどがそんなか弱い子だし。
副会長も、やっぱそんな子の方が······。
「······ふふ」
思わず、笑みがこぼれた。
私今、凄い恋してる女の子っぽいこと考えてた。傍から見たら、馬鹿みたいなんだろうな。
彼はどんな子の方が好きかなんて考えたところで、私は昔からなりたいと思ってた『誰よりも強い人』になろうとし続けるのだろうし、彼が私のどんなところを好きかなんて考えたところで、彼が命を賭けてしまったことに、変わりはない。
だったら、一人で考えてても、仕方のないことだ。
そういう時は、成り行きに任せるに限る。
私は口角を上げると、つい先程蹴った人の存在も忘れ、いつの間にか着いていた家に入った。
葵を告らせるつもりはなかったんだけどなぁ······。
予想外の登場でフラれた葵も、最後に何となくで登場させられたおじさんも、カワイソス




