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ピュアは罪

「······それで、付き合ったのか」


 空の責めるような視線が突き刺さる。それに対して私は、謝ることしかできない。


「ふふ、ごめんね。やっぱり私に我慢なんて無理だったよ」

「こっちはかまへんけどさ、あーちゃん、大丈夫なん? 副会長さん信じて」

「いやぁ、別に副会長を信じたワケじゃないんだけどねぇ」

「······じゃあ何で付き合ったんよ。しかも、あややから言うなんて」


 今日家に集めた三人の中で、キャシーはダントツに機嫌が悪い。空も怒ってるというか、呆れているというか、疑っているというか。

 チカは相変わらず明るいけど。


「何かねぇ、今日色々あって、副会長が私のことを好きなんだって分かってね。もう気付いた瞬間、心の底からぞくぞくしてきて」


 あの時を思い出して、気持ちが昂ぶってくる。

 だって、考えてみなよ。副会長は面白いぐらいピュアで、そんな人が私みたいに穢れきった奴に惚れてるんだよ? 嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 こんな屑に引っかかって可哀想に、という気持ちもあるけれど、それ以上に、有り得ないと思ってたことだからねぇ。


「興奮に任せて告白しちゃいましたー」

「んー、まぁ主が後悔してへんのなら、それでええと思うけど」

「あややがうちらに構ってくれんくなったら、どうするの」

「えーっ、そんなんありえへんよなぁ、あーちゃん」

「勿論。ハッキリ言って、君達の方が大事だからね」

「······本当にハッキリ言うな」

「だって、いつ離れていくか分からない彼と、絶対に裏切らない、無条件に私を全力で愛してくれて、全力で尽くしてくれる君達。同レベルなハズがないよ~」

「······なら、ええけど」

「大丈夫やって! あーちゃんがあたしらを放置しだしたら、その時に副会長さんを何とかしに行きゃええやん?」


 チカが満面の笑みで言うと、キャシーも頷いた。それを見て、空が溜め息を吐く。


「お前ら、綾の目の前でよく言えるわ」

「あははっ動くときはさすがに堂々とはやらんよー。それにさ、副会長さんやったら、付き合うても普通に大丈夫やと思うで?」

「? 何で? 私は、彼がいつ愛想を尽かすだろうかと心配でならない」

「まぁ勘やな。何かあーちゃんと合いそうやん、あの人」

「『合いそう』って······」

「会長さんも、合いそうやな。あと、弟くんの方。先生もやな。他は合わへんと思ったんやけど」

「外れまくってるな」

「特に風紀委員長」

「それは言わんといてー! こっちだって、雰囲気で判断しとるんやからさぁ」


 弟くんって······葵のことなんだろうけど、分かりづらいなぁ。

 チカの勘は、基本あてにならない。どっちかっていうと、私の方が鋭い。······ただ、人間関係においてのみ、チカの勘は非常によくあたる。

 チカに『合う』と言われた人とは簡単に仲良くなるし、そのまま関係を継続させることも多い。反対に、『合わない』と言われた人とは、必要最低限しか関わらない。私が嫌ってなくても、相手が私の性分を嫌うのだ。

 でも今回は、さっきチカが『合わない』と言った人とも、普通に仲が良いしなぁ。


「チカの勘も鈍ったのかもね」

「せやなぁ。委員長さんとかはまだ言い訳の余地があるけど、書記さんとお兄さんは、勘が外れたとしか言いようがないよなぁ」

「椿さんは言い訳の余地があるのか」

「最初の方は委員長さんも、あーちゃんのこと嫌っとる節があったやん。そっからあーちゃんが委員長さんの口調受け入れたとかで、あーちゃん好きになったんやろうけど」

「ああ、それを言うなら、日向もそうだよ」

「そうなの?」

「うん、同じクラスだった時、完全に変人扱いだったもん」

「······は?」


 その時のことを、少しだけ思い出す。当時はまだゲームが始まっていなかったから、攻略対象とかにも興味がなくて、よく覚えていない。


「え、あーちゃんちょっと待って聞いてへんねんけど」

「話す気なかったしねぇ。一年の頃、日向と一緒だったんだよ。あの人中学から入って来たから、私のローブのことも知らなくてさぁ。ま、そんなことはどうでもいいや」


 大したこともないから、適当に話を切った。話に興味があったのか、三人は不満そうな顔をする。


「······そんな顔しないでよ、私が悪いみたいじゃないか」

「いやコレはあーちゃんが悪いと思うで!? 何でそんな大事なこと······」

「そんなに大事ー? 私、日向と話したことすらほとんどなかったし、ゲームには影響与えてないよ。当然攻略してないし。だからさ、ほら、どうでもいいでしょ?」


 そう言って首を傾げるも、三人は呆れたような顔をするだけ。彼女らの同意は得られなかったみたいだ。


「······ハァ、ま、そうだよな、もう日向はお前に関係ないんだし。今は菊屋さんだ」

「あやや、副会長さんと付き合うたこと、他の人には言った?」

「花咲さんと千尋には言ったよー。教室に戻ったら、花咲さんに攻略対象の誰かと付き合ったら教えろって言われたから、その場で言った」

「その二人以外には言うのか?」

「私は訊かれたら答えるつもり。言いふらすもんでも、隠すもんでもないしね。······んー、でも副会長はファンクラブなんてものを抱えてるし、月曜にでも相談しようかな」

「その方がええやろなぁ。······じゃ、話は終わったし」

「うん、ゲームしよう!」


 切り替えの早い私に、空とキャシーは呆れたような目を向けてくる。チカは笑いながら、ゲームのソフトを入れている。

 昨日は副会長にノリで告白しちゃったけど、あの人はどんな私が好きなのかなぁ。屑なところも好いてくれているようなことを言っていたけど、前に花咲さんが温室を荒らした時に、荒らされるのを分かったうえで放置したことでドン引きされたのを、私は今でも覚えているぞ。

 ······まぁ、私の全部を好きになれなんて思わない。そんなの無理だしな。ただ、アレを忘れて私を好きになったんなら。

 思い出した時が、怖いんだよなぁ。




 昨日仕事をして疲れの残る体で下足に向かう。

 せっかく土曜に四人集まったから、日曜に仕事引き受けたんだけど、こっちが急に仕事を受けると言ったからかな。あまり仕事する環境が整ってなくて、結構面倒だったのだ。回収する人が新人さんだったのか、回収時に逃げられてまた私たちが捕まえ直す羽目になったし。

 乱暴はあまり好きじゃないんだけど、仕方なくその人の両手両足を動かせないようにした。上から踏みつけたら、簡単に壊れた。さすが私の脚力。


「あ······乙さん、おはようございます」


 後ろから声をかけてきたのは、たまたま登校時間が被ったらしい副会長。普段は私も温室のことがあるからここまで遅くないし、彼も登校してくる人が多くなる前に来る。

 もう朝から彼らを追い回す女の子はいないだろうから、そんな何十分も早く来る必要はないけれど······今の時間帯は、さすがに危険だ。


「おはようございます、菊屋副会長。今日は随分と遅いですねぇ」

「ええ、まぁ······家で、色々とありまして」


 そう言って、彼は弱々しく笑った。


「その、僕、分かりやすいみたいで。()()()家に帰った後、母と妹に、何があったのかと問い詰められまして」

「あらら······それで、御家族と喧嘩しちゃったんですか?」

「いえ、喧嘩はしてませんよ。ただ、初めての恋人だからか、二人とも舞い上がってて。父もニヤついてましたし。今日も、家を出るまでずっとからかわれてたんです」

「へぇ、『どうせ顔が目当てなんだろ』とか言われると思ってました」

「その辺りは信頼されてるんでしょうね。実際、今まで恋人がいなかったワケですし」


 うーん、まぁ、『いなかった』なんて言うとちょっとアレな感じだけど、実際は『作らなかった』が正しいんだろうなぁ。

 それ考えたら、今まで恋人作ったことあるの、藤崎先生と夏草兄弟だけな気がする。藤崎先生は勘だけど、さすがに大人なんだし、年齢=恋人いない歴ではないんじゃないかな。でも、この学園に来てファンクラブができてからは、恋人を作っていない。

 何かファンクラブの子達の情報網は、校内に限られるものの、非常に広い。目撃情報や噂が中心とはいえ、かなりきわどい情報を集めていた時はね、うん。やっぱり数って素晴らしいなと思いました。

 そのおかげで、どこから仕入れてくるのか、攻略対象達(といっても日向や葵がほとんど)が誰か特定の人を作ると、数日でその情報が入ってくる。一回、日向が別の学校の子と付き合った時もバレてたぐらいだ。

 ······ちょっと待て。


「菊屋副会長、とりあえず生徒会室に避難しましょう。今後どうするかはまた後で決めましょう」

「え!?」

「嫌な予感がするんですよね。下手したら、既にバレてるかもしれません」

「何が!? 誰に!? というか、多分HRに間に合いませんよ!?」

「ああそれもそうだ、今行ったら逆に怪しい。放課後なら他に生徒会来る人もいるかもしれませんね。よし、菊屋副会長、放課後生徒会室に来てくれませんか? 私も行きますので」

「分かりました」


 副会長は頷き、少し照れたように微笑んだ。それを見て、私もつい口元を緩める。私は、一緒にいる人に感化されやすいらしい。

 だからといって、別に副会長みたいに純粋になったつもりはないけれども。


「じゃあ、また、放課後に」


 副会長と別れた後、気持ちを切り替えていつもと同じ笑みを浮かべる。私が彼のように朗らかに笑っても、あまり似合わない。私には、馬鹿そうなヘラヘラとした笑い方が似合う。

 まずは、私と副会長が付き合ったことが、ファンクラブの方々に漏れてないかの確認だね。副会長が気にしないならバレても良いけど、そうじゃなかったら隠さないといけない。

 ファンクラブの情報収集力を確認する意味でも、纏め役達に聞いとこう。

 『恋人がいるか』とは特定せずに、生徒会メンバーと椿先輩の恋愛関連の情報が入ってきたら教えてほしい、とだけ書いて纏め役達にメールを一斉送信する。

 ······あれ、落ち着いて考えたら、付き合ったことを隠すか否かを確認するのは、放課後まで待たなくても良い······よな。HRが近いから今はしないけど、HR後にでもメールで聞いてみるか。

 温室が荒らされてないかの確認だけして教室に向かうと、何回か連続してメールが来た。教室に入ってから携帯を開くと、各纏め役達からのもの。

 どれも、似たような内容が書かれていた。


『デリケートな問題なので、あまり探らないであげてください』


 今まで、散々私に告げ口してきたくせに······。日向なんて、好きな人ができるたびに報告が来ていた。当然、その人と付き合った時も。日向が相手への好意をなくした(と思われる)時さえメールが飛んできたほどだ。

 前から、彼らに誰か好きな人か恋人ができたようなら教えてほしいとは伝えていた。まぁ、夏草兄弟にしかあまり効果はなかったけれど。

 しかしまぁ、『探らないであげて』、とはね。理由を尋ねてはみるものの、曖昧な答えしか返ってこない。しまいには、何か私が彼らのうちの誰かに告白しようとしていて、その前に下調べをしているのでは、とか何とかそういう感じになってた。

 ······もう告白して付き合えてるんだよなぁ。

 とりあえずそのことは知られてなさそうだし、勘付かれる前に副会長に連絡とるか。


「おはよう、綾ちゃん。珍しいね、ゲームしないで、ずっとケータイいじってる」

「ん? ああ、おはよう、千尋。いやね······」


 さっき来たばかりらしく、まだ鞄を持っている千尋の耳元に口を寄せる。


「副会長とのこと、ファンクラブにもうバレてるか確認してたの」

「そっ、そっか、そうだよね、バレてたら面倒だもんね!」


 近くの子にも聞こえないように囁くと、千尋は頬を赤らめて後ずさった。それに小さく笑って、携帯電話をしまう。

 すぐに藤崎先生が入ってきて、千尋は自分の席に戻っていった。ふと花咲さんを見れば、藤崎先生を、興味なさげに見ている。四月はあんなにじっと見つめてたのになぁ。

 HRで文化祭の三日目のことを伝えられて、何人かそわそわしてる人もいた。踊りたいという名目で、好きな人とスキンシップをとるチャンスだからな。私みたいに誰とでも見境なく踊る人もいるから、あまり『一緒に踊ると誘う=好きです』とかそういう風には思われない。実際、私も男女関係なくたくさん誘ってるからな。

 HRの後、携帯電話を取り出して副会長へメールを打つ。中身は勿論、付き合ったことを(主にファンクラブに)隠すかどうかについてだ。

 送ってから授業の準備をして席に着くと、既に返信が来ていた。

 答えは意外なことに、周囲には聞かれたら答える、ファンクラブには聞かれたら『関係ない』で通すとのこと。たとえ保身のためでも、嘘を吐きたくないらしい。

 副会長、貴方一応腹黒キャラとしてゲームで登場していたでしょうが······。嘘を吐くのが嫌って。もう本当に何なの。

 そう呆れるとほぼ同時に、またメールが来た。副会長からではなく、彼のファンクラブの纏め役からだ。


『【緊急】菊屋様には恋人がいるようです。つい先程誰かにメールを送った後、クラスメイトに相手を聞かれ、照れながら恋人と答えていました。めちゃ可愛かったです』


 ······早速バレてんじゃないかよおおおおおおお!!!!!! 何素直に答えてんだよ!!!!!!

 思わず怒鳴りたくなったのを何とかこらえ、纏め役にお礼と口止めのメールを返す。相手が誰だろうと、ファンクラブの会員の子に受け入れてもらえないのは確実だからな。纏め役もその辺は分かってるから言わなくても大丈夫だろうけど。メールの最後の一文はいつものことだし、特に気にしない。

 あー、そういや副会長と纏め役は同じクラスだったっけ? それでこんなすぐに連絡が来たのか。ってか直接言わなくても、ファンの耳に入ったら意味ないじゃないか。ファンクラブの子は、各クラスに絶対数人いるんだから、教室でも気を付けないといけないのに。

 溜め息を吐いて、苦笑する。

 隠すの、やめよう。

 私一人ならともかく、この人が隠すのはまず無理だ。

夏休みって、何だろう。学校からの宿題と、親から渡される参考書で一日が終わる、そんな期間じゃないはずなのに。

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