負けますように
扉を開けて、部屋に入る。
会長は、一人で机に向かっていた。
「会長、体育館行きましょ~」
今日は文化祭三日目。つまり今、体育館ではダンス祭りが行われているのだ。
もう何やっても良い日だから生徒会室も開いてはいるけど、仕事をやる義務は一切ないのに、何で会長はここにいるんだろう。
「ああ、乙か? 悪い、仕事があってな」
「えーっ、こんな日にもですかー?」
「悪いな」
会長が眉尻を下げる。んー、仕方ないねぇ。
「分かりました。会長と踊るのものすっごく楽しみにしてましたけど、椿先輩あたりでも誘います」
「何でそこで椿の名前が出てくんだよ!?」
「え? 何でって······去年も一昨年も、一緒に踊ってますもん」
「待て、男と踊るのはクラスメイトだけにしとけ」
「それ言ったら会長と踊れないじゃないですかー」
「どうせ、仕事で踊れないしな」
「うわ、一日中無理ですか。どんな仕事ですか?」
「来年の生徒会役員についてだ。中等部の三年の奴らが、そのまま入ってくる」
「あー、あの子ら」
中等部の方の生徒会と仕事することも、たまにあるからね。顔は覚えてる。
「来年の会長を、このままいけば諒に任せることになるだろうが、何だかんだで本人の意思だからな。諒だけじゃなくて、他の役員の役職とかも決めねぇと」
「······それ、会長だけで決めなきゃいけない事なんですか?」
「いや、俺と聖でそれぞれ案を作って、藤崎に提出。再来週には、中等部の三年含めて、次の役職は何にするかの希望調査だな。先に聞いとくけど、乙は希望はあるか?」
「希望云々以前に、私今年で辞めますし」
「······冗談だろ?」
「いや、本気ですけど」
「え」
「『え』って言われても······。元々、特別理由がなければ一年で辞める予定でしたよ。生徒会の仕事がどんなのか、体験したくて入ったようなものですし」
「マジか」
「マジです。来年も残るメリットが、パッと浮かばないんですよねぇ。会長がいるとかなら、まだ考えましたけど······会長は留年する気配ゼロですし」
「俺がいたら残ったのかよ」
「そりゃ好きな人とは一緒にいたいでしょうよ」
そう言って、会長の隣に腰掛ける。······会長からの反応がない。
不思議に思って彼を見ると、彼は真顔で固まっていた。
「どうしました?」
「······お前、サラッとそういう事言うのやめろよ」
「ん? ああ、真面目に考えたらそうですね。私も、会長に言われたら驚きます。多分」
「お前なぁ······」
「ねぇ、会長、踊りましょうよー。一緒に踊れるの、今年だけですよー?」
「それを言うな······」
「提出期限、いつなんですか?」
「明日」
「もっと前からやっときましょうよ。ってかそれ一日中かかるもんでもないでしょ」
「······今まで俺がこれに何日費やしたと思ってる」
「三秒」
「二日だ」
「費やしすぎでしょ。それ、私が口出したらダメな奴ですか?」
「いや、別に」
「じゃあ見せてください。パパッと終わらせて体育館行きましょ」
「おう、悪いな」
会長がこちらに見せてきたのは、そこまで面倒くさそうではない書類。『各人に相応しいと思う役職と、その理由を簡潔に記せ』的な何かが書かれている。いやここまで仰々しくないけど。
「んー、コレ会長の成績とかに関わります?」
「よっぽど酷いと、教師達の俺を見る目が変わる程度だ」
「じゃあ雑にやっても大丈夫ですね。会長が言ってたように、柳瀬書記は会長で良いと思いますよー。あの人生徒会長やったことありますし」
「葵はできればこのまま会計を任せたいな」
「だったら、夏草庶務が副会長?」
「······日向が副会長を務められるか、凄ぇ心配だな」
「じゃあ夏草会計を副会長にしちゃいましょう。中等部の子らの能力考えても、その方が良いと思いますよ」
適当にイメージで役職を決めていく。これが最終決定じゃないし、第一私には関係ないからね。それを会長に言ったら、呆れたような顔をされる。
わざとらしくそっぽを向くと、会長は溜め息を吐いた。
「乙は戦力になるし、生徒会に残った方が助かるんだが······」
「嫌ですよー。会長がいない以上、生徒会から抜けたら、ファンクラブからの嫌がらせは減るのかって実験を優先したいので」
「······やっぱり嫌がらせはなくなってねぇんだな」
「そりゃ私がなくそうとしてませんから。まぁ実験結果が出たら、なんとかします。ってか、既に準備は進めてますしねぇ」
「は!? 準備って、何の!?」
「ちょっとしたお仕置きですよ。生徒会に入ってから、何人か度の過ぎたことをする子が出てきたんで」
「おい大丈夫なのか? 今のうちに対処した方が良くないか?」
「ちょ、やめてくださいな。実験のために、今は自由にさせてるんですから」
「お前は何でそんなに実験優先なんだか······」
「性分です。会長、それ書き終わりました?」
「······予想外に早く終わった」
「じゃあ遊びに行きましょー!」
「乙、待てっ」
呼び止められて、会長の方を見る。
「仕事終わったんなら、行きましょ?」
「いや······それはそうなんだが······人の少ない時間を狙おうぜ」
「何でですか?」
首を傾げて問えば、彼は答えづらそうに唸る。
あー、なんとなく分かった。この人が答えないのは、大抵プライドが邪魔してる場合だからな。そっち方面で考えたら、答えは出てくる。
「会長、ダンス苦手ですか」
「······まぁ」
「人の少ない時間だったら、いけるんですか?」
「できたらそれも遠慮したいが······今年で最後だしな······」
「あーでも、どっちにせよダメですね」
「え?」
「ほら、会長、仕事する前に言ってたじゃないですか。『男と踊るのはクラスメイトだけにしとけ』って。だから会長と踊れませんねぇ。代わりにクラスの子誘っときます」
「は!? おい待て、あれは俺が踊れそうになかったからで······!」
「じゃあ踊りに行きます?」
「行くに決まってるだろ! ······あ」
即答してから、自分の発言の意味を理解したらしい。勝手に一人で落ち込んでいる。
まぁ会長がどう反応するか分かったうえで言ったんだから、騙したようなものか。いや、反省はしてないけど。
私に恋人を徹底的にいじめる趣味はないからねぇ。
「今は人が多い時間ですし、もう少ししてから行きましょう」
「······そうしてくれ」
「ふふ、怒ってます?」
「俺の反応分かってて言ったんだな」
会長が苦笑した。呆れてるだけで、怒ってはいないらしい。
······あ、そうだ。
「会長、会長と付き合ったこと、友人達に報告していいですか? あの人ら、私が貴方を好きなの知ってるんで」
「何だ、まだ言ってなかったのか? 真っ先に報告するかと思ったのに」
「いやー、会長の許可なしに言うのは、いかがなものかと思って」
「俺は別に構わねぇよ。お前が教えてもいいと判断したら、教えたらいい。ファンクラブの奴には、教えてほしくねぇけどな」
「言いませんよー、こっちに被害が来る」
笑いながら、ポケットに入れてた携帯電話を取り出し、三人に報告メールを一斉送信する。あ、チカは普通に授業あるらしいけど······多分大丈夫でしょ。(こっちの時計が正しければ)今は十分休みだろうし。
送信が完了したのを確認して、携帯電話を閉じる。すぐに返信が来たせいで、数秒後には開ける羽目になったけど。
一番最初に来たのは空からだ。続いてキャシー、チカと返信が来る。
『今日お前の家集合でいいか?』
『後であややの家行ってええ?』
『学校終わったらそっちの家行ってかまん?』
「もう返信来たのか?」
「ええ。帰ったら事情聴取されるっぽいです」
「付き合う程度で事情聴取かよ」
「私が誰かと付き合うってのが、信じられないんでしょうねぇ。私自身、一生恋人は作らないものだと思ってましたし。それより、会長はこれからどうするんですか?」
「お前は?」
「私ですか? んー、友達からお茶に誘われてるんで、温室行って情報収集兼ガールズトークですかね。学校内だと、会長と遊ぶ場所もありませんし」
「人に見られたら面倒だしな」
「会長のお兄さんのことがありますから、高確率でファンクラブの人あたりに『二股だァ!』って言われますよ」
「ありえそうで怖ぇな。文化祭終わって、お前追いかけ回してた時によ、知らねぇ女子がわざわざ俺のクラスまで来て、『あいつは尻軽女なんです! ビッチなんですよ!』って言いに来たんだぜ」
「その子行動力ありすぎィ」
ってか、私は尻軽じゃないのになぁ。むしろ、一途すぎて病んじゃう系女子だぞ? 今まで合計約三十年生きてきて、恋人一人だけっていう、尻軽とは程遠いレディだぞ?
······しかしまぁ、尻軽女にビッチねぇ。そんな品の無い言葉を使うなんて、よっぽど私が嫌いなのかなぁ。
「その子、どう対処したんですか?」
「『あいつがビッチだったら、世界中の女がビッチって事になるぞ』っつってお前追いかけに行った」
「あはは、いやぁ、私が逃げ回って楽しんでる間に、そんな事があったとは。その子のクラスで、嫌な噂が流れてないと良いなぁ」
「お前の方に情報が来てねぇって事は、そういう噂は流れてねぇって事じゃねぇの」
「ああ、それもそうですね」
情報部隊は、中等部と高等部には各クラス二人はいる。······初等部はほとんどいないけど。やっぱり初等部は、人脈とか作りにくいんだよねぇ。低学年の子には、情報収集任せられないからさ。
第一、私小さい子が苦手だから、関わりたくないんだよね。
ま、会長のクラスまで知ってたって事は、こっちとほとんど交流のない初等部は、まず関係ないだろう。中等部や高等部からも連絡はないし、面倒なことにはなってないかな。
「裏切りがあれば話は別ですけど、まずないでしょうし」
「凄い自信だな」
「この前、見せしめをしたばっかりですもん」
「見せしめって、お前、何やったんだよ······」
「んー? 中等部と高等部の情報部隊を集めて、目の前で裏切り者の爪を剥がしてあげたんです。王道ですよね。その爪コレクションしてる子がいるんで、その子に頼めば見せてもらえますよー」
真顔で言って、会長の反応を見る。
会長は、信じられないものを見たかのような顔で固まっていた。だけど、私への嫌悪感はない。ただ驚いているだけなのか、それとも衝撃を受けすぎて、感情が追い付いていないのか。
どちらにせよ、彼にはまだ早かったかな。
「冗談ですって! くくっ、ヤクザでもあるまいし、後輩に裏切られたぐらいで、そこまでしませんて」
心底おかしそうに笑ってみせる。冗談ではないものの、実際はそこまでしていない事は確かだ。子供のお遊びのようなもので、そんな酷い罰を与えてはいけない。
「裏切り発覚してから、少しばかしプライバシーを無視した情報収集を行って、彼女の黒歴史を御家族と、当時の彼氏さんに教えて差し上げただけですよ」
恋人さんの方は、信憑性が増すようにお友達を通して伝えてあげたら、翌日勝手に別れていた。
「『当時の』······今は違うって事か」
「私は別に、彼女らの仲を引き裂いたりはしてませんよ? ちょっとアレな秘密をバラしただけで」
「充分引き裂いてるだろ」
「直接彼女らに要求してはいませんから」
「屁理屈じゃねぇか」
会長が意地悪そうな笑みを浮かべる。さっき言ったことは冗談だと信じてくれたらしい。
······やっぱり会長には、私のする事全てを晒すのは早すぎるみたいだね。彼に話すのは、もう少し私の思考に慣れてからにしよう。慣れないうちに話したら、嫌われちゃうだろうし。汚い部分を見せるタイミングには、充分に気を付けないと。
この事もそうだけど、他にも今は話せないけど、いつか知ってもらわなきゃいけない事は、たくさんある。主に私や、多少は関わることになるであろう、愛しい友人達の価値観に関して。
全部話し終えるのは、いつになるだろう。五年ぐらいかかるかもしれない。
しばらく考えて、会長と一緒にいる前提の話だった事に気付いて、苦笑した。
これから私達の関係が、どうなるのかは分からない。何も変わらずにこのままか、もし変わるなら、それは良い方向にか、悪い方向にか。
考えたところで、行き着く答えは同じなんだ。
意地の張り合いは、まだ始まったばっかり。勝敗条件は定かじゃないけど、多分、会長が裏切れば彼の負けで、私が裏切るのは有り得ないから、こちらが負けることはないのかな?
「会長」
「何だ?」
「意地の張り合い、負けないでくださいよ」
「当たり前だろ。逆に乙を負かしてやる」
「え、私、どうやったら負けるんですか?」
「俺が負けることはまずないと乙が悟ったら、乙の負けだ」
自信ありげに言う彼に、私は軽く目を見開いて。
「······私が負けるの、楽しみですねぇ」
顔が綻びそうになるのを抑え、小さく笑った。
──────GOOD END「敗北願望」
あっるぇ······? エンド名が浮かばなさ過ぎて適当に決めたら、バッドエンドっぽくなっちゃったぞ······?
ここからは、本当のバッドエンド時に宣言?したように、『If~バッドエンドで乙ちゃんがフったのが会長だったら~』のエンド後予想。
そんなの見たくねぇよ、という方は飛ばしてください。
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先に謝っておきます。エンド後予想とかホントお遊びなんで、多分これからも内容が被る人多発すると思われます。ごめんなさい。
会長は······おそらく、自分が卒業するときあたりに告ったんじゃないでしょうか(適当
乙ちゃんにフラれた後は、そのまま素直に旅立って?行くと思います。乙ちゃんが大学生になった時、まだ乙ちゃん側の気持ちが残っていれば、ワンチャンありますけど······まぁ可能性は低いです。
本編?でさえ、何かゲーム(意地の張り合い)のオマケで付き合えた感が否めない人ですからね。
良かったね、会長! 一度くっついたら、多分大丈夫だよ!




