エピローグ。~黒川 壱夏視点~
プロローグみたいに、『エピローグ ×××~黒川 壱夏視点~』にしようとしたら、予想外に長くなった。あと、サブタイトル案が浮かばなさすぎた。
遅い。あーちゃんが、まだけぇへん。
長くても二分やって言うてたのに、もう五分経っとる。
「ごめん、ちょっとあーちゃんとこ行ってくるわ」
服を選んでいた二人に声をかけ、あーちゃんのいる和室へと向かう。
「あーちゃん」
部屋に入って声をかけると、彼女はこちらを見た。その頬を、涙が伝っている。
泣く、って表現はちゃう気がする。声出してへんし、呼吸も乱れてへん。感情が昂っとる様子もない。
声を押し殺して泣いとるとかやなくて、ホンマに涙流しとるだけって感じ。
「終わった?」
頷いた。それを確認して、彼女を抱き上げる。
鍛えとるからかなぁ。軽いとは言わんけど、重くてよう持たんと思ったことは、一度もない。
「何かやりたいことある?」
少し間をあけて、彼女はいつもより不安定な声で言った。
「ごめん、もう、全部面倒なんだ」
綺麗な深緑の瞳は、ひたすら暗い。
想像以上や。こっちはできへんから分からんけど、感情を抹消するって、こんなに酷いことなんやな。
「謝らんでええよ。主があたしらに謝んのは、あたしらを好きじゃなくなった時だけでええ」
あーちゃんが、目だけをこちらに向けた。焦点の合っていないような瞳。彼女が極稀に見せる『人形の目』に、どこか似ているけれど、ただこちらをそのまま映すだけのあの目とは違って、今の目に、こっちの姿が映り込むことはない。
こっちの目に彼女が映り込んでも、彼女の目は暗いばかりだ。
······でも、濁ってはいない。負の感情が満ちて汚いはずの彼女の目は、何故か、『人形の目』と同じく澄んでいた。
「ごめーん、開けてくれへーん?」
扉越しに声をかけると、キャシーが開けてくれた。
キャシーは口を開いたけど、すぐに閉じた。あーちゃんが放心状態なんに気付いたんやろう。
「あーちゃん動くんメンドイらしいから、勝手に着せ替え人形にするでー」
「「おー」」
あーちゃんが、小さく笑った。表情作らんでええのに。
彼女をベッドに座らせて、棚からペディキュアを取り、跪く。彼女の了承を得て足をとって、片手で小瓶の蓋を外した。
絶望しとるときや、憎悪を募らせとる目ってのは、あんまり好きやない。その人の闇を見とる気分になる。
闇なんて重いもん、見たないわ。そら誰かに全部ぶちまけたい思たことは、何遍もある。でも、友達と重い話はしたない。どうせすぐ離れるような関係なんやったら、責任なんていらん、他愛無い話だけしたいやん。
第一、汚いしな。そんな重たいもん抱えた人の目ぇなんて。
自分の娘飼うような、頭のイカレた御婦人を一人知っとるけど、あいつの目の方がまだマシやった。人を物としか見てへん目に、嫌悪感は抱かんかった。
途中から不快感はあったけどな。自分に従う娘見て悦に浸っとる時の目ぇは、気色悪かったわ。······ん? コレも嫌悪感に入るんかな。
······まぁええわ。
「チカ、それって明日学校につけてっても大丈夫なのか?」
「あ、やっぱアウト?」
「あややんとこは、大丈夫やったと思うよ」
「うん、昔は禁止されてたけど、随分前に、『校則集』から姿を消してる」
若干違和感は残るものの、普段に近い声。
「······お前、そんな声出せる状態じゃねぇだろ」
そーちゃんが、あーちゃんの頭を撫でた。
「いつまでもぼーっとしてるワケには、いかないからね」
感情の少ない仄暗い目で、あーちゃんは笑った。
あたしは、暗い目が嫌いだ。瞳の、本当に根っこの部分から暗い目をするんは、その人が真っ黒い闇を持っとるから。そんで、それを表面に出した眼は、濁ってて、汚い。
けど、あーちゃんは違った。
初めて会うた時に見た瞳は、溢れんばかりの狂気を湛えとって。こっちに向けられとったその狂気は、余計な不純物が混じっとらんくって、ある意味純粋やった。
初対面の相手に向けるものではない、重たい感情。それに伴って暗くなった瞳。
なのに、汚いとも、気色悪いとも思わんかった。
せやから、あたしはあーちゃんの傍にいたいと願ったんや。
暗い目でも、綺麗な人。そんな珍しい人を、逃したらあかんって。
「あーちゃん、塗り終わったから乾かすでー」
「あ、そっか。乾かすの、どれぐらいかかりそう?」
「すぐ乾くやつやし、ドライヤー使うから、十分もあったら乾くと思うで」
「へぇ、早いね。一時間とかかかると思ってたよ」
「一時間も動けへんとか辛いやん」
奥が空っぽの目で微笑む彼女に返して、ドライヤーの電源を入れる。早く乾かすために冷風をあてると、あーちゃんは、寒いね、と笑った。
「暖房入れよか~?」
「ん~、そういう寒さじゃないから」
「綾、風邪でも引いたのか?」
「そうじゃなくってねぇ」
眠たそうに首を傾げた後、彼女はそーちゃんに抱きついた。
「気持ち消した後って、凄く寒くなるんだよ。どんだけ外からあっためても寒いって意味じゃ、風邪引いて時の悪寒と、似たような感じ?」
「それ、消す方法ねぇの?」
「さぁ? まだ二回目だから、よく分かんない」
「寒いんだけでも、早く消えると良いね。前はどんぐらいで消えたん?」
「寒いのは、序盤だけだったと思う。そっから、ゲームやってても強い吐き気とかが、結構あった。でも、そこまで長くはなかった気がする。一か月ぐらい? 半年? 覚えてないや」
「あやふややな~」
「二十年も前のことだからね」
「そっかぁ、ウチらももう、高校生やもんなぁ」
感慨深げに、キャシーが言う。
あたしらの中に、前世で高校生になった人はいない。こっちがいっちゃん長生きで、中三あたりに死んだんとちゃうかったかな。
だからかもしれへん。
「······もう充分、生きた気がするよねぇ」
あーちゃんが呟いた言葉が、やけに耳に残った。
ふと、目が覚めた。
再び瞼をおろそうとした時、隣のベッドで寝ているはずの彼女がいないことに気付き、飛び起きる。
全員でベッドに入ってから、二時間近くが経っている。
······あーちゃんは、どこやろう。
キャシーはともかく、そーちゃんが起きてへんとは。こっちが起きたんやから、そーちゃんも起きてそうやのにな。
彼女らを起こさないように、とかは考えず、さっさとベッドから降りて、部屋から出る。
案外早く、彼女は見つかった。
彼女は上着を羽織って、リビングのソファに座っていた。
夕方、あたしが和室に入った時のように、自分の体を抱くようにして小さくなっている。
「あーちゃん、寒い?」
「あぁ、チカ。寒いねぇ。この季節になると夜は冷え出すから、さすがに寝巻きだけでは辛かったよ」
こっちが急に声をかけても、驚くことなく彼女は微笑んだ。多分、足音とかで気付いとったんやろう。
「そうやなくてさ」
「うん、寒いね。でも、上から何かを着ても、意味はないから」
「そうやったとしても、風邪引きそうで怖いわ」
「大丈夫さ」
あーちゃんは、ふざけ気味にそう言った。
一人でいたいのなら、早く上に上がった方が良いだろう。そう思ったものの、どうしても聞きたくて、彼女に尋ねた。
「主は寝る前に『もう充分に生きた』って言うてたけど······どういう意味?」
「深い意味はないさ。単純に、私にとって一生ってのは、前世で死ぬまでの十二年間だったからさ。それ超えただけで、平均寿命越したような、そんな気分になったんだ」
「自殺とかは嫌やで?」
「あはは、そんなことはしないさ。愛しい友人達と楽しむ時間を、自ら減らすつもりはない。······大丈夫、今の人生に、満足してるだけだから」
早く死にたいとか、そういう意味ではないよ。
彼女はそう答えたけれど、どうしても言葉だけのような気がして、怖くて。あたしは彼女の手をとり、握り締めた。
「あーちゃん、頼むから。お願いやから、死なんで。主のおらん世界なんぞ、考えたくもない」
涙が出てきそうになる。
そんなあたしに彼女は微笑んで、あたしの頭を撫でた。
「分かった。若い内は、絶対死なない。大好きだよ、チカ」
あたしも、あーちゃんが好き。
もう、前世ではどうやって生きてたのか、分からなくなるぐらいに大好き。
こんなに辛そうな主を見ても、『あの人に取られんでよかった』と、安堵するほどに。
凄いバッドエンドな雰囲気······。コレ、ノーマルエンドですよ!
結構ギリギリになったけど、マスクメンバー全員分の視点も、なんとか入った······。




