お花はいかが
千尋と話し込んだ翌朝。私は朝早くから温室に来ていた。植物の様子を見る為だ。
土に触ると、乾いている。昨日は来なかったからなぁ。あの後そのまま千尋と帰っちゃったんだよね。
植物達に水やりをしたり、害虫を確認したり。
「······ん。問題ない」
あぁそうだ。今度キ●チョールを買って部室に置いておこう。こないだ確認した時なくなっていたからな。使ったのが椿先輩以外の園芸部員だと知った時は、遂に園芸部員としての自覚が芽生えたか!?と思ったが、用途を知ってその感動は一瞬で消えた。
『階段でゴッキーが出たから』って。
え、いやもうなんでゴッキーの為にキ●チョール使うの。植物いじってて害虫見つけたのかな?とか思った私の純情返してよっ!
それに最近ゴッキー強くなってきてるからキ●チョールとか全然効かないよ。ゴッキー専用のゴキ●ェットでも効かなくなってきてんのに。
備え付けの椅子に座って、部室から取ってきた入部届けに目を通す。
一、二、三······八枚。前よりは少ないな。
椿先輩が入った直後は酷かった。私がこの部を立ち上げた翌年だから、私が中二の時か。
クラブ活動ができる中等部、高等部合わせて百枚近くもの入部届けがきたと椿先輩から聞いたときは我が耳を疑った。あの時に数を減らす為に中一は入部禁止ってルール作ったんだっけ。それで二十人ぐらい減ったんだよね。
椿先輩が入るまでは、部員は実質私だけだったのにな。椿先輩が入ってから急に入部届けがきたんだ。もう彼の人気に驚き通り越して呆れたわ。
まぁ、あの後彼が「そんなに部員が増えるのは嫌だな」っていってくれたお陰でドエライことになるのは防ぐことが出来た。それでも入部届けを出す子がいるのが現状だが······ん?
「······花咲さん。······ふふ、椿先輩のイベント狙いかな?」
高等部1ーA 花咲 心。つまりヒロインちゃん。ゲームじゃヒロインは園芸部に入ってなかったが······。
「[管理者]のせいで、朝や放課後に温室に行けなくなったもんね······?」
そのお陰で起きなくなったイベントを起こす為······いや、単に好感度を上げる為?
でも、どっちだっていいや。
椿先輩のいわば『惚れるツボ』を知ってるだけで、後は他の子と一緒。······あぁ、まだ決めつけるのは早いね。この子達のなかに植物目当てで入部した子がいるかもしれない。
いない可能性の方が高いがな。
小さく笑いながら、パソコンを取りに管理室へ向かう。管理室とは温室の隅の方にある部屋で、苗や種は勿論、パソコンやコピー機、普段は使わないが用意はしてある盗聴機、小型カメラ、録音機などが置いてある。後半の三つは友人が作ってくれた。感謝。
あ、当然のことだけどこの部屋の鍵は私しか持っていない。
パソコンの中には色々詰まっているからな。
情報管理、大切。
タン······。
突如聞こえてきた音を確認する為、耳を澄ませる。
······空耳ではない。
何事だろうか、と音に集中する。
徐々に近付いてくる。力強い。走っている。明確な音。不規則。三人······いや、二人。先程から速度は落ちていない。
次いで、別の音もやってくる。不明確。十人ぐらい?全体が離れていってる訳でもないのに僅かに小さくなる音。数が減ったか。
ん、二人組が角を曲がったのか?音の方向が別れた。
かなり差がついていたようだ。なかなか音の方向が重ならない。
二人組の方がこちらのすぐそばまで来ているようだ。
息が荒い。
そしてガタリと温室の扉を少し乱暴に開けた後に、静かに閉めた音。……この時間帯は入ってはいけないと知っていながら入ったのか?まぁ緊急事態の様だし、場合によっては構わないが。
「こ、こは······ハァ······温室······?」
気付いてなかったか。なら仕方無いな。
それよりこの声は······彼か。
パソコンを持って、管理室を出る。
扉にもたれながらこちらを見たのは、有名なお二人。
まだ落ち着いていないようだ。二人の心音が煩い。片方なんかは耳を塞ぎたくなる程だ。座っている彼の心音かな。立っている彼はほんの少し余裕が戻ってきてるみたいだから。
「待て······誰、だ······」
「私はいくらでも待ちますから、とりあえずゆっくりして下さいな。そうですね、こちらに座って下さい。立っている貴方も、どうぞ椅子に。座っている彼ほどじゃないですけど、貴方も充分心臓がバクバク鳴ってますよ」
滅茶苦茶疲れてるくせに私に偉そうに話しかけてきたのは桐生 尊生徒会長。入学式であのぶっ飛んだ発言をしたお方だ。『君想』の攻略対象で、俺サマ。とはいっても、『君想』のキャラって個性が中途半端だから、若干ナルシストで高圧的ってぐらいなんだけど。
こげ茶の髪に黒の瞳。極めて日本人的。
隣で立ったままの彼は『菊屋 聖』。
副会長で、腹黒キャラ。ヒロインに『何で無理に笑うんですか?······私には、無理に笑わないで下さい』とか言われて喜んじゃうタイプの人だ。当然『君想』の攻略対象。
金に近い茶髪に、明るい茶の瞳。まぁ純日本人としてあり得ない色ではないけど、会長に比べるとね······。
いい加減こっちも疲れてきたので、音に集中するのをやめる。ん~、ちょっと頭が痛い。
「······座らないんですか?」
「あ、いえ。尊。座りましょう。······あぁ、そこに花があります。踏まないように気を付けて」
ちゃんと花に気を配る副会長を見て、口角を上げる。植物を気遣う人は好きですよ。
椅子に座った彼らを見ればもう充分に落ち着いたようで、じっとこちらを見ている。やだ、恥ずかしいわ。
「今の時間帯、温室には入れないはず。貴女はここで何をしていたんです?」
「そちらが先に入ってきた理由を言って下さいませんか。私はここに入る正当な理由がありますが、そちらにはないでしょう?」
私はあまり頭の回転がよろしくない。だからこういうのはしたくないのだが······うん。副会長の言い方にイラッとしちゃった☆
「正当な理由?確かに俺らには無いが、お前だって無いだろ?ここに入るには[管理者]の許可がいる。この俺らでさえ[管理者]を知らないんだ。お前ごときが知るはずがない」
······。会長······自分から手持ちの情報が少ないことバラすなよ······。ほら、副会長が凄い冷たい目で見てるぞ。
あ~あ。興醒め。元々駆け引きは好きじゃないし、とっとと終わらせよっかな。
「知ってますよ。[管理者]が誰か。······ふふ、私でさえ知っているこの情報。······お教えしましょうか?」
「······ハァ。馬鹿は尊だけかと思えば貴女もですか。どうしてそんな嘘をつくんです。尊はともかく、この僕が知らないんですよ?それがどういう意味かわかってます?」
「貴方達は妙に過信してらっしゃるけれど、実際は私ごときが持っているような情報さえも集められない」
思ったことを言っただけですよ、という風に無邪気な声で言って、少し首を傾げてみせる。
怒ってる怒ってる。
隠すのも面倒だし、と思って表情を繕うのをやめる。急に笑みを深めた私に、副会長はより一層お怒りになる。頑張って隠そうとしてるけど、全然隠せてない。
「いくら表情を取り繕っても、感情を隠せてなきゃ意味がありませんよ?それに貴方の愛想笑いって顔のパーツが良いから誤魔化せてますけど、かなり不自然です。気色悪いぐらい。口元は優しく微笑んでいるのに、目は笑っていない。周りを下に見ているのが丸わかりだ。貴方はもっとその顔を生かした方が良い」
ポカンとした顔からして、やはり気付いてなかったようだ。
ここまで教えるなんて、出血大サービスだよ?今結構機嫌良いから改善するべき所も教えてるけど、普段は教えないよ?
「そろそろお名前を聞いてもよろしいですかね?あぁ、『俺の名は知ってるだろう』とか『どうして僕が名乗ってやらないといけないんですか?』とかはいりませんよ。自己紹介は大事です。まずはこちらから。私は乙 綾。『きのと』は甲乙の乙です。余分ですがね」
貴方達は?と無言で催促すれば、渋々名乗る。
「······桐生 尊だ」
「菊屋 聖。ご存知でしょう?」
「えぇ。私、初等部からいますから。流石に知ってますよ」
「······そうですか。僕も、貴女を知っていますよ。噂で、ですがね」
「へぇ。どんな噂ですか?」
くすくすと笑いながら聞く。副会長があの噂を知ってるとはねぇ。
「『首席の変人 乙 綾』。それだけですよ」
「そう。······あ、作業しながらでもよろしいですか?色々としたいことがあるんですよ」
「どうぞ」
パソコンを開き、作業を始める。当然、他人に見られても良いものだ。
「先程の、[管理者]云々。それから、貴方達が聞きたいことがあるならば。駆け引きは面倒ですし、すなおに答えます。条件付きですが。どうします?桐生会長、菊屋副会長」
「何で俺が······」
拒否しようとする会長を、副会長が止める。
「条件は?」
「貴方達がここに入ったという事実含む、私や温室に関してのことを誰にも伝えてはならない。基準は私が、伝えたと判断出来ればアウト。なるべく根拠となる物証は揃えるけど、結局は私の主観。もし、私がそう判断したら、それなりに対応させてもらいます。大丈夫、貴方達の内臓を世界中にお届けするなんてことはないですよ」
誓約書をパソコンで作って、打ち出したものを取りに一度管理室に入る。彼らは熟考していて気付いていないようだ。
管理室から戻って少し待つと、ようやく結論を出したらしい。
「······伝えなければ、いいんですね?」
「はい、勿論。誓約書、どぞ~」
作りたてホヤホヤの誓約書を渡すと、驚いたあとにすらすらとサインする二人。
後でコピーしとこ。
「ふふ、交渉成立ですね」
「えぇ。では、[管理者]について。[管理者]は誰ですか?」
「私」
「え?」
「はぁ?」
見事にハモった二人。そのポカンとした顔も似てるねぇ。
「この私、乙 綾が[管理者]ですよ。今回は緊急時っぽいから許しますけど、普段は入っちゃダメですよ?」
パソコンに顔を戻して作業を再開する。やりたいことがいっぱいあるんだ。目を見て話さないのは失礼かもだけど、ゴメンね。
「へ······は、お前が······?」
「尊。もう黙っていて下さい。······乙さん。それは本当ですか?」
「勿論。[管理者]についてはコレで終わり。そちらから何か······の前に。何で入ってきたんですか?嘘は嫌ですよ」
「ファンだと思われる女子生徒達に追いかけられたんですよ」
「こんな朝早くからですか?」
まだ7時半だぞ。
「えぇ。いつも女子生徒に追いかけられるのが嫌で、朝早くに登校して生徒会室に直行していたのですが······」
「遂に登校時間が割れた、と?」
「そういうことです。······これから面倒だ······」
「······追いかけてきたのは、どちらのファンですか?」
「?ほとんどは僕のファンでしょう。逃げてたところを尊と遭遇しましたから」
「人数は十人ぐらいですよね?」
「え?あぁ、はい」
「やっぱりねぇ」
作業を一時中断して、1つのリストを開く。
「何を見てらっしゃるんです?」
「貴方のファンクラブのメンバー。昨日新しくファンクラブに入ったのは合計二十七名。一日でコレは凄いですね。この内外部生が······ん、十五名。足音聞いた感じもうちょっと少なかったけど、そりゃ全員が全員仕掛ける訳じゃないし、こんなもんか」
「あの······?」
「貴方のファンの件、こちらで対処しておきます。まったく、情報を与えんのはちゃんと躾をしてからにしなさいっての。······あ、菊屋副会長。貴方達生徒会メンバーって全員朝早くに登校してるっぽいですけど、しなくても大丈夫ですよ」
「え?」
「貴方達が朝早くに登校してるのは、前からファンクラブにバレてますから。今回のは、まだファンクラブのルールを甘く見てるからでしょう。今ファンクラブにいる知り合いに連絡しときましたし、今日の放課後あたりに集会が行われるでしょう。そこできっちり教え込まれますよ」
「······貴女と情報戦で勝てそうにない」
「当然です。貴方の情報なんて精々が噂で聞いた程度。今まで何故情報戦で勝てると思っていたのやら」
「貴女を見ると、本当に思い知らされる」
「これは桐生会長にも言えることですよ。馬鹿にしていた相手にやり返されては腹立たしいでしょう?ですから、人を馬鹿にしないか、圧倒的な『強さ』を手に入れるべきだ」
「······おう」
「では、何か質問はありますか?」
作業を終えて、パソコンを閉じる。
「僕達がここに入ってきた後に貴女が言っていた心臓の音。どうして聞こえたんです?」
「え、どうしてって。私達それなりに近かったでしょ?音に集中すれば聞こえる範囲だったじゃないですか」
「集中······?それだけで······?」
何を当たり前のことを言ってるんだ、この人。
「他に質問は?」
「え、あぁもう終わりなんですねこの質問······。······もう考えるのはやめます。えっと、貴女はここで······作業をしていたんですね」
「はい。色々と」
椅子から離れ、近くの今日咲いたばかりの花を愛でる。彼らの妙な沈黙に気付いたが、どうでもいい。今はこの子が咲いてくれて嬉しい。
「······おい、乙」
「ん、何ですか桐生会長?」
「お前は、何で『首席の変人』と呼ばれる?『変人』ではなく『首席』の方だ」
「さぁ?」
「······乙さんが、定期試験でずっと全教科満点で首席だからですよ。小等部の頃も、テストは全て満点だったと聞いています。失礼ながら、あまり真面目に勉強しているという雰囲気でないことも少なからず関係しているのでしょう」
「そうか、わかった。乙、覚悟しておけよ」
「何をですか······」
私の声も聞かずに会長はさっさと行ってしまった。とりあえず、何かのフラグを立ててしまった気がする。
「何を覚悟するべきなんですか?」
「わかりません······」
「ん~、まぁいっか。菊屋副会長、ゆっくりなさって構いませんよ。どうせ今教室に行っても、ファンの子が群がってるでしょうし。まぁ暇でしょうが、こんな静かな温室、二度と入れるかわかりませんよ?」
「······そうですね。花に触れても?」
「愛でるのならどうぞ。摘んだり踏みにじったりすれば、昼休みも含めて出禁ですよ。ついでにその髪の毛むしりとって、カツラが手放せないようにして差し上げます」
「······はい」
少し顔をひきつらせながら副会長はこちらに歩いてきて、私の隣にしゃがんだ。
先程私が触っていた花が気になったらしい。
「綺麗ですね」
「ふふ、その花は今日咲いたばかりなんです。植物は好きですか?」
「詳しくはないですが」
「そんなもんですよ、大抵の人は。その花、ペチュニアっていうんです。寒さに弱いから日本では冬を越せず一年草として扱われますが、ちゃんと暖かくすれば冬を越してくれるんです。本来3月から咲くんですが、なかなか咲かなくて」
心配だったんですけどね、と言いながら彼が弄っていた花に手を伸ばし、花びらを軽く撫でる。
「無事に咲いてくれて嬉しいんですよ」
顔が綻ぶ。
副会長に花を愛でる心があったとは。ゲームじゃ花に関わんの椿先輩だけだったからな~。
「この花も、そろそろ咲きそうですね」
「あぁ、この花ですか。そうですね、明日にでも咲くんじゃないでしょうか」
「何という花ですか?」
「確か松葉菊、だったかな。4月初旬から咲く花で、キク科ではありませんが細長い花びらがたくさん付いてて、かわいらしいんです」
「······見てみたいですね、咲いたばかりの花」
微笑みながら言った副会長に少し驚く。本当に、見たいのかな。
「でしたら、今度見に来ると良いですよ。騒がしいのは嫌でしょうから、朝に」
「いいんですか?」
「正当な理由があれば、私は構いませんよ。来る者全員を拒む訳じゃないから、そこの扉を開けてるんです。図書室と同じ感覚で利用されては不愉快なので、大抵は追い返しますがね」
椅子に戻って、刺繍を始める。副会長も戻ってきて、本を読み始めた。暇ではないようで良かった。
「作業、凄く速かったですね」
予鈴が鳴り、副会長と一緒に教室に向かっていると急に話しかけられる。途中までって押しきられたけど、人に見られると嫌な事になりそう。
「作業っていっても簡単な物ですから」
「それでもあの速度は異様でしたよ。生徒会内で最も処理速度の速い尊でさえ、比べ物にならないほど」
そんなまさか、と笑って誤魔化す。お世辞は対応が面倒で困る。
······あれ、そういえば。
入学式翌日の朝って、副会長の出会いイベントじゃなかったか?んで、放課後に会長との出会いイベント。
会長はともかく副会長との出会いイベントは、私が邪魔してしまったようだ。
「あ、菊屋副会長。ここでお別れですね」
「あぁ、そうですね。それでは、また」
「はい。気が向けば来て下さい」
「えぇ、勿論」
軽く頭を下げて、自分の教室に向かう。
出会いイベントの事を後で千尋に聞こう。全員ふざけた内容だった気がする。
あ、花咲さん。おはよー、不機嫌そうだね。私は上機嫌だよ。さぁさぁどいてくれ。今私の頭は千尋をどう誘うかでいっぱいなんだ。君が入る余地は無いし、作る気もない。
さぁさぁいい加減どけ。