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判別

 ······完全に、忘れていた。いくらノーマルエンド直行の可能性が高くとも、好感度関係なしのイベントは発生するということを。

 今私は、生徒会室から裏庭を見下ろしている。

 その先にいるのは、二人の男子生徒。


「別にこっちのせいじゃないだろ!」

「夏草、お前のせいだよ! お前が好きだって、そんな理由で、俺は振られたんだぞ!」

「だから何だよ、ふざけんなッ! 俺の責任じゃねぇよ! その子が俺を好きになったのは、仕方のないことだろうがっ」

「お前がその気もないのに、彼女に優しくするからだろ!」

「してねぇよッ」


 念のために言っておこう。漫才じゃない。マジの喧嘩だ。······恋愛感情を、馬鹿にするワケではない。でも、この言い分は······理不尽だ······。

 あの理不尽な彼が陸上部の田中くんなのは知っているが、このイベントに登場する人物だったのか······。

 このイベント、誰を攻略していても発生するイベントで、日にちも決まっていたような気がする。

 ま、夏草兄弟のイベントだな。好感度の高い方が登場し、好感度が同じ場合は、日向が出るようになっていたはずだ。

 攻略優先度とか何とかがあるからーとか、好感度を把握してないと、日向なのか葵なのか判別できないーとか千尋に説明してもらったけど、うん、全部は覚えてない。

 下にいる彼らにバレない程度に、身を乗り出す。きょろきょろと見回せば、目的の人物を発見した。

 花咲さんだ。さすが、逆ハーエンドを狙っているだけあって、日時を把握していたようだ。しっかりと配置?についている。

 そして、殴り合いに発展しようとしたとき、花咲さんが飛び出していった。


「待って! 田中くん、夏草くん!」


 おお、セリフはちゃんと覚えてるな。日向か葵かの判別が難しいが、そこは彼女を信じるしかないだろう。


「あ?」

「え、えっと、田中くん、陸上部の先生が、呼んでたよ! それで、田中くんを探してたの」

「······本当に?」

「本当に!」


 ゲーム通りのセリフ。イベントでは結局どうなったのか忘れてしまったが、辻褄を合わせるために私から動こうかな。

 陸上部顧問は、どこにいるのだろう。······手当たり次第に聞いてみるか。

 携帯電話を取り出して、あまり事を大きくしないで情報を集められる方々に、メールを一斉送信する。ファンクラブのまとめ役たちや、中学の時からのクラスメイト達などにだ。千尋にも、別でメールを送る。

 即座に、いくらかの目撃情報が集まった。が、それとほぼ同時に、千尋からこんなメールが。


『そんなことだろうと思って、顧問にはもう話してます! 今やってるイベントのことでしょ』


 ······一斉送信した方々に、お礼のメールを送る。千尋にも、全力で感謝しているメールを送った。

 携帯電話を閉じて再び下に目をやった時、田中くんは既に去ったあとのようで、花咲さんが声を掛けるところだった。


「······あの······」


 そして、彼女が呼んだ名前に、私は耳を疑った。


「夏草······葵くん、だよね。大丈夫?」


 ······そうなのか?

 花咲さんを注視したまま、首を傾げる。だが、私より、彼女の方が攻略対象を見分けられるだろうし。······いやでも、前に日向の真似した葵に、見事に引っかかってたし······。だけどあれはわざとだから、かな?

 自分の答えと彼女の答えが合わず、微妙な気分になりながら、乗り出していた身体を、元に戻す。

 その時に、ふと彼を見て、目を見開く。

 彼もまた、私を見ていたのだ。睨みつけるかのごとく、鋭い目で。

 私が彼を意識したと判断したためか、彼はゆっくりと、唇を動かした。


『そこにいて』


 たった一言。

 それだけ伝えて、彼は走り出した。ここへ来るつもりなのだろう。

 花咲さんには見つからないように、と窓を閉めると、すぐに彼が来た。

 息を整えながら、彼がこちらに近づいてくる。


「······どうしたの」


 問いにも答えず、そばまで来ると、私の手首を掴んだ。力は強いが、痛みを覚えるほどではない。手首を一瞥して、私は彼へと目を向けた。

 怒っているような顔。走ってきたためか、淡い茶色の髪が乱れている。


「······俺は、どっちだと思う?」


 そんなに私の目を見て、飽きないのだろうか。そう思うほど、彼は私の目を見続けている。


「さっきの子が言ってたからとか、そんな理由じゃなくて。綾ちゃんが感じた通りに教えてよ」


 もう片方の手が、私の肩の上に置かれた。

 これで間違ってたら、申し訳ないな。

 一瞬迷ったのち、私が最初に出した答えを、彼に伝えた。


「夏草庶務」


 君の姿を見た時から、ずっと日向の方だと思っていた。だから、花咲さんが『葵』と言った際、驚いた。


「······正解」


 凄く嬉しそうに笑う。

 その表情を見て、私は苦笑した。


「滅茶苦茶焦ったよ。花咲さんが夏草会計の名前出すもんだから、『嘘、間違えた⁉』って。生徒会でそれなりに一緒に仕事して、雰囲気で見分けられるようになったと思ってたからさぁ」


 四月に夏草兄弟が私の生徒会入りを阻止しに来た時に、日向は感情が高ぶると言葉遣いが荒くなってたし、葵も日向のふりをして私の教室に来たことがあったから、一人称とかで見分けてちゃダメだと思ったんだよね。

 だからって、特別何かをしたわけじゃないんだけど。


「僕も結構な賭けだったんだよ。もう綾ちゃんが間違えたら、諦めようと思って」

「私が間違えても、他の生徒会メンバーとかは間違えないでしょ」

「え? ああ、うん、そうかもね。でも、それだけじゃなくて、他にも色々と、ね」

「たとえば?」

「う~ん、これはちょっと言えないなぁ」

「そう、残念。······あ、ねぇ、夏草庶務」

「何?」

「いつ私に気付いたの」

「あの女の子が『待って!』って言ったでしょ? それであの子の方を向いたら、一瞬、何かが視界に入った気がして。そっちを見たら、綾ちゃんがいたんだ」

「なるほど。つまり、一瞬視界に入る程度でも気になるんだね。参考になったよ、ありがとう」

「綾ちゃんは、いつから?」

「君が実に理不尽な言いがかりをつけられてるあたりから」

「うわー、そんな前から······」

「何だい、君はか弱いレディに、男同士の熱き闘いを止めに来いと言うのかい?」

「それは言わないけど······綾ちゃん肉体的にはか弱くないし、一方的な言いがかりで、熱き闘いなんてもんじゃなかったと思います」

「そうかい?」

「そうだよ」


 机に置いていた、やりかけの仕事に戻る。

 すると、日向が真正面に座った。日向の席は隣だが、それだと話しづらいためだろう。


「······綾ちゃんって、いつも仕事してる気がする」

「そんなことはないよ。一人の時は、ゲームしながらやってることも多い」

「結局仕事してるじゃん」

「本当だ。でも、君だって、ここには仕事目的で来るだろう?」

「それはそうだけど」

「一人だったら、仕事も捗るんじゃない? 君の仕事が進まないのは、八割方お喋りが原因だし」

「一人だとやる気起きない」

「菊屋副会長にでも見張ってもらいなさい」

「無理、怖い!」

「······それ、菊屋副会長には聞かせちゃダメだよー?」

「はーい」


 日向が立ち上がる。

 休み時間になってすぐに裏庭へと引っ張られて、まだ昼食を食べていなかったらしい。

 イケメンは大変だね、と笑うと、プラマイマイナスだよ、と言って、彼は部屋を出て行った。


「······どうしよう」


 少し、悩む。

 藤崎先生に、文化祭までに終わらせて、と頼まれていた分は、全部終わってるんだよね。見直しも済ませたし。

 うちのクラスの出し物は、クラスの誰かが『本番での仕事はゼロに近い奴にしようぜ!』と言った結果、短い映像をたくさん集めた映画?みたいなのに決まった。

 映像自体は撮れていて、『後は編集したら終わりだー!』と喜んでいたら、実は小道具が必要な映像をいくつか後回しにしていて、小道具を買ってすらいない······というのが現在の状況。

 買い出しは明日、何人かが行くことになっている。小道具が必要な映像に出演するか買い出しかで、私は買い出しを選んだ。花咲さんや千尋、野見山くんは最初の段階でカメラ役を手に入れていた。羨ましい。カメラ役以外は全員一回は出演するため、私も一つ出演している。恋愛ものでなかっただけマシだろうか。

 ······激しい動きの連続で、動きを覚えるのがキツかったがね。

 小道具を買うのが明日だから、今日やることは特にない。でも生徒会室で、一人でできるような仕事は終わったし······。

 久々に、温室でくつろぎましょうかね。




 おもむろに、扉が開く。

 もうすぐ夏休みが終わるというのに、文化祭の準備もせず学校探索とは。

 余裕だなぁと思って入り口を見ると、立っていたのは、学園長だった。

 彼からこちらに来るとは、珍しい。普段は会ったら話す、といった形だからな。


「こんにちは~」

「こんにちは、乙くん。やっぱりここにいたんだね。文化祭の準備は順調かな」

「ええ、真面目な人が多くて」

「それは良かった。入っても構わないかな」

「勿論ですよ」

「じゃあ、遠慮なく」


 静かに扉を閉めると、彼は私の向かいの椅子に座った。


「学園長、どうしたんですか?」

「退屈で退屈で仕方ないんだよ。対外的なことは理事長の仕事だからね、外からお客さんが入ってくる体育祭や文化祭は、比較的手が空くんだ。だから、君に構ってもらおうと思ってね。今年も一日目は、温室にこもるのかい?」

「別に毎年こもってるワケじゃありませんよ。文化祭中において、温室は休憩所です。貴方が管理していた頃から、そこは変えていません。パンフレットに載せてないから、客が来る年と来ない年があるだけで」

「へぇ。知らなかったな。君がいるのは、サボるためだとばっかり思っていたよ」

「違いますよ。外の客はゴミを平気で花壇に捨てていくから、回収の必要があるんです」

「ポイ捨て禁止って書けばいいじゃないか」

「それでアホ共がポイ捨てしなきゃ、最高なんですけどね。下品ですが、一度、花壇に向かって排泄行為を行おうとした輩がいたんですよ。今年からは、もう休憩所とするのをやめたら駄目ですかね」

「うん、いいよ。温室における権利はすべて、君が持っているのだからね」

「ありがとうございます。生徒会活動があるから、ここにいられなくなっちゃって」

「ああ、なるほど」

「······学園長の権限で、誰かを出禁にするって可能ですか」

「できないことはないけど、人を殺した指名手配犯とかじゃないとやらないよ」


 やっぱり、天音達を出禁って無理かー。


「したい人がいるのかい?」

「私の従妹と、その両親」

「······従妹さんの両親、というのは、前に君の保護者だった方々かな?」

「はい」

「ふむ。顔は覚えているよ。出禁はつらいけど。······従妹さんの写真か何かはあるかい?」

「? 写真じゃないですが、映像はあります」

「見せてくれるかな。どんな顔なのか見たい」

「良いですよ~。ちょっと待っててください」


 管理室に向かい、天音の映った映像が入っている監視カメラを取ってくる。

 花を眺めて待っていた彼に映像を見せると、『君には全然似てないね』と言った。少し、期待外れだったらしい。


「音羽学園に関わるなって言ってるのに、今年の体育祭に、こいつが来たんですよ。注意はしたんですけど、懲りずにまた来そうな気がするんですよねぇ」

「······ふぅん」


 じっと映像の中の天音を見ながら、学園長が零した。


「この子は、君との約束を破り、君に迷惑をかけているんだね?」

「はい」

「······そうか」


 短く呟いた彼に、私は目を細めた。

あ、あぶねぇ······。日向を適当に動かしてたら、コレ確実に日向とくっつくだろってぐらい甘くなった······。日向よ、もう少しスキンシップを控えてくれ。

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