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性分

 この大事な時期に、彼はこんなことをしても良いのだろうか。

 軽い頭痛を覚えながら、正面の彼を見る。

 ······目の前でひたすら紙に文字を書いているのは、腹黒設定がどこかへ吹き飛んでいってしまった副会長。

 彼はたしか、今年大学受験があるはずだ。こんなことをしていて問題ないのだろうか。

 いや、彼の成績を見れば、第一志望の音羽大学に合格するのは確実だということは分かる。成績は常に上位、会長のように凄まじく悪い教科も特にない、そんな彼が試験で手を抜いたとしても、落ちることはまずないだろう。

 だがな。

 余裕で受かるからといって、トルコ語を勉強する言い訳にはならないんだよ!


「······大丈夫ですって。ちゃんと受験勉強もしてますから」

「トルコ語なんて、受験の後に勉強したらいいじゃないですか······」

「そんな半年も待ってられませんよ」

「受験生が言っちゃダメだと思います」


 別に、トルコ語を学びたいなら学べばいいさ。それ自体を咎める気はない。

 でも、何でこの時期に始めるのかというね······。


「外国語を勉強したいのなら、英語をやりましょうよ」

「トルコ語が良いんです」

「まぁ文型が日本語と似ていますから、多少やりやすいのは分かりますが······」

「ああ、そうではなくて」

「?」

「以前、温室で乙さんが読んでいた本。あれを、読みたいんです」

「あれを? あれなら、日本語版出てますよ」

「中身に興味があるわけではないので」

「よく分かりませんねぇ」

「乙さんは、どうして日本語版を読まなかったんですか?」

「いや、日本語版は読みましたよ。まだ家にあります」

「そうなんですか?」

「ええ。原本探すの面倒ですし。······でも、たまにやりたくなるんですよ。原本との読み比べ。案外面白いんですよ。大まかな内容は一緒でも、細かいところが違ったりして」

「そういう楽しみ方って、かなり勉強してないとできませんよね」

「読み比べのためだけに勉強する必要はありませんよ? 面白いといっても、そのために勉強するほどじゃありませんし。文法さえ分かっていれば、辞書を引きながら読めますし」

「良いんですよ。勉強して損はないんですから」

「だからといって、この時期に勉強するのはどうかと思いますがね」


 別に、トルコ語を学ぶメリットがないとは言わない。日常会話もバッチリ!レベルなら就職関連でかなりの戦力となるだろうし、読み書きができるだけでも充分な強みになる。

 だから、私が必死になって止めることでもない。

 彼に教材を貸した身としては、できれば受験後にやってほしいだけで。


「······乙さん、トルコ語を勉強した理由、思い出せました?」

「え? ああ、けっこう前に聞いてきたやつですか? 思い出しましたよ。答えは、ただの気まぐれです。なんとなくでトルコ語の本を和訳したのが最初です。その時は軽く文法をやっただけで、後は辞書に頼ってたんですけど、効率悪いなーって思って、本格的に勉強し始めたんです」

「それだけの理由で!?」

「気が向きましたから」

「『気が向いたから』でできるものでもないでしょう······」

「まぁ、あの時は時間がありましたから」


 小学生の頃は、今より早く授業が終わってたし。土曜日は、そもそも授業がなかったし。


「どれくらい時間がかかりました?」

「ん~覚えてないですねぇ。何せ昔のことですし。一年はかからなかったと思います」

「たったそれだけで? 一日中勉強してたんですか?」

「いえいえ。単純に、日本人にとって学びやすいんですよ、トルコ語は」

「やっぱり、言語によって習得難易度は違いますよね······」

「第一言語が何かによっても違いますよ。日本語を母国語とする者にとって、ドイツ語を習得するのは非常に難しいが、ドイツ語に似ている英語を母国語とする者にとっては、ドイツ語習得は短期間でできる······と、何かで読んだことがあります」


 日本人が英語を学ぶのに時間がかかるのと同様に、英語が母国語の人は、日本語を学ぶのに時間がかかるらしい。


「菊屋副会長、語学、得意ですか?」

「尊よりはできますよ」

「桐生会長は逆に凄いですよね。この前のテストも、語学は全部平均点マイナス10とかなのに、学年二位とってましたし」

「あれは本当に惜しかったです······! 他の教科は全部学年トップだったのに、語学に足を引っ張られてしまって······」


 副会長が、悔しそうに顔を歪める。相手が幼馴染だからなのか、彼の性格ゆえか。その表情に、自分より上の順位を取った者への僻みなどは、一切ない。

 そういえば、『君想』の特殊エンド?だったかで、ヒロインを会長と副会長で共有する幼馴染エンドがあったらしいな。夏草兄弟はともかく、幼馴染で恋人を共有するなんて、よほど仲が良くなければしないだろう。

 双子や幼馴染以外にも、よく話しているペアとかはある。会長と日向、葵と柳瀬さんとか。二年生組と三年生組は、どの組み合わせも結構見かけるな。

 基本的に、皆仲がいいんだけどね。


「······あれ? 乙さん、三年生の順位表を見にきてたんですか?」

「ええ、貼られたその日に。桐生会長本人にも見せてもらいましたし」

「ああ、なるほど。······あの、もしかして······」

「あー、はい、菊屋副会長の順位も見ました。おめでとうございます、過去最高の点数と順位」

「過去の成績まで!?」

「菊屋副会長は、いつも順位表に載ってましたから」

「順位表に載ってる人なら、全部覚えてるんですか······」

「覚えてはいませんよ。チェックしてるだけです。今回は桐生会長もそうですが、菊屋副会長も一気に順位が上がってて、正直驚きました。この時期になると、三年生の順位はそう変わらないだろうと思ってましたから。お二人とも、凄いですよねぇ」

「······常に全教科満点の貴女に褒められても、微妙な心境です」

「ん~、私は、ちょっとズルしてる部分がありますから」

「乙さん、カンニングしてるんですか?」


 彼の勘違いが面白くて、少し笑う。

 いや、うん、今の私の言い方だと、そう捉えますよね。

 私は、副会長より勉強できた時間が多い。そりゃあ、前世からある程度趣味に時間を使ってはいたものの、勉強に捧げた時間と比べれば、ね。

 でもま、副会長に前世の話はできない。


「ふふ、違いますよ。カンニングなんてハイリスクノーリターンです」

「それリスクがあるだけじゃないですか」

「そうですよ。カンニングなんて、する意味がない。せいぜい『あ~こいつ間違っとるわ~』ってのが分かるぐらいで」

「じゃあ、『ズルしてる』というのは?」

「時間の話です。親が厳しくなかったので、自由に時間を使えたんです。学校も、行きたくないなら行かなくていいよ状態でしたし」

「それだけでは説明しきれない気が······」

「あはは」

「······『カンニングなんて、する意味がない』」

「?」

「これって、自分に自信がないと、言えませんよね」

「菊屋副会長、私をナルシストって言いたいんですか?」

「いえ、そこまではいきません。ただ、乙さんは、自分に自信を持ってて、今の自分が好きなんだなって感じがします」

「自分が好き? まさか」


 妙なことを言わないでくれ。


「私が自信家なのは認めます。でも、自分のことは嫌いですよ」

「嘘でしょう!?」

「本当です。自分のすべてが嫌いとは言いませんけど、好きか嫌いかで言えば、間違いなく嫌いです」

「えーっ······」

「嫌いなら直せばいいとか言う人もいますがね、直す気なんて起きませんよ、面倒臭い。やる気のないやつは、いくら正論ぶつけても無駄なんです」

「な、なるほど······。あ、でも、全部が嫌いなわけじゃないんですよね?」

「はい。すべてが嫌いじゃないから、自分に自信が持てます」

「······僕は、貴女のそういうところが羨ましい」

「へぇ······」


 私みたいな性格は、能力がないとキツいぞ? こういう性分だから、それ相応の能力がないと、マジでどうしようもない、ただの屑だからな。

 むしろ、私からすれば。


「私は、菊屋副会長のピュアなところが羨ましいです」

「ピュア!?」

「とはいえ、自分を変えるつもりはないんですけどねー」


 副会長の白いところって、たしかに羨ましい。きっとその純粋さは人を惹きつけるだろうし、程よい黒さも持っているから、白すぎて嫌われることもないだろう。

 だが、なりたいと思うほどではない。だって、ピュアってことは、つまりは無知というか、人の汚い部分を知らないってことだろう?

 汚れまくった人生送ってきた身としては、ピュアなのはちょっと退屈かな、なんて思ってしまうんだ。

 まぁピュアに生まれたら、汚れた性格で生きた記憶は持たないわけだから、自分がもっと黒かったら楽しかっただろうな、とかは思わないんだろうけど。


「なんかおかしいですね。僕も乙さんも、互いが互いに羨ましいと思う部分があるって」

「結局ないものねだりです。菊屋副会長はどうか分かりませんが、どうせ私は、自分がピュアになったところで、また別の何かを欲しがるだけでしょうから。『菊屋副会長みたいになれたら、私、絶対に幸せになれる』とも思いません」

「達観してますね」

「こんなの、達観なんて言いませんよ。自分の性分を、よく理解してるだけです」

「それを達観っていうんじゃないんですか? ······でも、相手みたいになれても、絶対に幸せになるわけじゃないというのは、賛成します。僕は貴女が羨ましいし、なりたいと思うことはありますけど、きっと僕には、荷が重すぎます。なんというか、貴女は本気でなりたい人じゃなくて······」


 そこで、言葉を切る。

 少しの間悩んだ後、副会長は照れたように笑って。


「一緒にいたい人です」


 ピュアゆえの、口説き文句ともとれるセリフ(爆弾)を落としやがりました。

うわぁ······。副会長のピュアさやべぇ······。ホント腹黒設定どこ行ったんだよ······。

······さっき、『腹黒』が一発で変換できなかった。今まで一発だったのに。パソコン、やっぱり買い換えないと駄目だよな······。ああ、百時間かけてレべ上げしたゲームとか入ってるのに······。

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