相違点の整理
外が一気に騒がしくなる。
まだこの部屋に来ていない人を考えれば、外にいるのが誰か、容易に想像がつく。
「おはよう、夏草会計」
「おはよ」
「葵、遅かったね?」
「生徒会補佐の子迎えに行ったんだけど、ファンクラブに捕まった」
「今年の補佐は、その二人だな?」
不快そうな顔をした会長が見遣る先にいるのは、花咲さんと千尋の二人。
臨時生徒会補佐とは、毎年体育祭の前に、中等部と高等部で、それぞれくじで適当に選ばれたクラスから、一人もしくは二人出される、その名の通り臨時の生徒会補佐。その関係上、体育祭の時、生徒会の近くにいやすい。
今年は高等部の方は、私のクラスだったのだ。
花咲さんはともかく、千尋が補佐に立候補してくれたのは、嬉しいなぁ。生徒会と一部の生徒(補佐やら体育祭委員やら)は、別に待機場所が用意されてるから、普通の待機場所にまで会いに行くのが面倒なんだ。
待機場所って言ったって、監視されてるわけじゃないし、皆結構自由に動いてるんだけどね。
「補佐のお二人には、事前に配った書類にしたがって動いてもらいます。今のところ、特に変更点はありません」
「はい、分かりました」
「あのぉ、私の待機場所が、分からなくてぇ」
「······地図なら、書類に載っていますよ」
「えっとぉ、なくしちゃってぇ」
「ふふ、そうですか。菊屋副会長、私、二人を待機場所まで送ってきます」
「は!?」
「綾ちゃん、私は道分かるから、大丈夫だよ?」
「ちょっ、黙っ「いいの、二人に話しとかなきゃいけない事があってさ」······私にも?」
「そう、花咲さんにも。それじゃ、行ってきます」
「時間、には、戻ってきて」
「はぁい」
どこか心配そうに眉尻を下げた柳瀬さんに、笑って返す。
「さ、行こう。ちゃんとついてきてね?」
花咲さんには、軽く注意しておこう。
勝手に違うところ行かれちゃ、困るんだよ。
「······アンタ、私に何の用?」
「ん~、そうだね。花咲さんの方を、先に済ませても良い?」
「勿論」
「ありがとう。それからさ、花咲さん。誰かに送って欲しかったのかもしれないけど、『待機場所が分からない』ってのはダメだねぇ。だって、真向いだもの」
苦笑しながら、目の前の白いドアを横に動かす。
中にあるのは、いくつかの机と椅子のみだ。待機場所だし、こんなもんか。
「花咲さん、貴女に現在の状況を言っておくね。状況、というか、ゲームとの違い?」
「どういうこと?」
「そのままさ。私が分かっている範囲で、対象達の違いを報告しよう。君の攻略の手助けになるといい」
「『違い』って、書記の前髪、とか?」
「千尋、正解。もっとも、彼が前髪をピンで留めている理由は分からないけどね。でも彼の瞳がよく見られるから良し。次に、風紀。彼の言葉遣いは、おそらく······私の言動がきっかけだ」
「やっぱアンタのせいなのね!?」
「頼むから、癇癪は起こさず、冷静に。······最後は担任。あの人は、性癖というか属性というか······」
「······ああ、アレ?」
「うん。アレ。アレね、多分矯正完了したわ」
「アレは私も別にこだわってないし、構わないわ。ハッキリ言って、無駄な設定だし」
「一応、ヒロインに恋をする原因ではあるのだがねぇ······」
······なんとなく、テンションが下がった。
担任、つまり藤崎先生の『アレ』っていうのは······彼の、性的嗜好のことだ。
『被虐性愛』やら『被虐性欲』やら呼ばれるもの。
より多くの人が知っているであろう語を使うなら、マゾ、かな。
簡単に言うなら、身体的苦痛などを与えられ、それを快感とすること。
本来彼はそれに悩まされているのだが······。なんか気が付いたら、矯正されてた。今思えば、彼が気弱キャラでないことも、何か関係しているのかもしれない。
「他はアンタ、何もしてないの?」
「元々さっき言った三人も、わざとじゃないしね~。意図して動いてるわけじゃないから、分かりやすい変化じゃないと、気付かないんだよ」
「······確認だけど、アンタは誰も攻略してないわよね?」
「当然だ。私が彼らを攻略するメリットがない。私はあくまでも、他人が攻略してるのを見たいんだ」
「何で?」
「自分は他のことをしながら、気が向いた時に進行状況を見る。第一、選択肢とか覚えてないから、攻略しようにも出来ないし」
「ふーん······」
「花咲さんに言いたいのは、これぐらいかな。さて、次は千尋だ。千尋には、前から言っていたように、合わせたい人がいる。ただ、その人達は、まだ来ていないんだ。ってか、本当は来ちゃいけないんだ。彼女ら、普通に学校があるはずだから」
「······サボって、いいの?」
「良いんだってさ」
「そっか······」
「彼女らが来たら、ここに連れてくるよ。花咲さんが仕事でいない時を見計らってね」
「仕事っつっても、時間がかかるやつはないじゃない」
「ないなら、作れば良いでしょ?」
「なっ······!」
「それは冗談にしても、時間を作るくらいなら造作もないよ。君が自分の競技に出たら、そのまま仕事に直行してもらう。ほら、この書類見て」
「······本当ね」
「この間、千尋は暇だ。それにここでお話してもらうわけでもない」
「え?そうなの?」
「うん、個室を用意しているよ。といっても、風紀の待機場所なんだけどね」
「だったら、私が使っちゃダメなんじゃ······」
「大丈夫。椿先輩の許可は取ってるから」
「よくOKしてもらえたわね」
「あはは、椿先輩も、苦手な人と同室は嫌なんだろう。本来の待機場所にいるってさ」
苦手な人と濁しておいたが、まぁ、副委員長のことだな。『本来の』っていうのは、特別に部屋を用意された委員などを除いた生徒が座る場所のことだ。
もう自分の仕事がない委員は、自分に割り振られた席に戻ることが多い。
別で待機場所を用意されてるのは、単に仕事がしやすいように、と配慮されたためだからな。絶対にここにいなければならない、とかじゃない。
「千尋、携帯電話、持ってる?」
「そこのカバンに入ってるよ」
「だったら、連絡の方も問題ないね。じゃ、私は部屋に戻るよ。またね」
「またね、綾ちゃん」
にっこりと微笑む千尋とは対照的に、花咲さんはこちらを睨みつけている。酷いなぁ。
ま、癇癪起こさなかっただけマシか。
「「「「日向くぅ~ん!頑張ってぇぇぇ~!」」」」
「······今年も、だな。藤崎が注意しに行ってるが······」
「乙、さん、大丈夫?」
「ぅん······。頭が、痛いです。今年はこの部屋にいる分、楽ですがね」
音に集中していないのに、音が耳をつんざいて脳に攻撃を仕掛けてくる。
日向がリレーのアンカーだからかな。男子側の盛り上がりも凄い。
「「「「キャ~ッ!」」」」
「······っ」
つい、顔を歪めてしまった。毎年毎年、これはキツい。耳栓を試したこともあるが、全くと言っていいほど効果がなかった。
まだ三つ目の競技だというのに、精神はゴリゴリと削られている。
止まない声援に耳を塞いでいると、ポケットから振動が伝わってきた。
どうやら、メールが来たらしい。というか、今までにも来ていたみたいだ。頭が痛すぎて、気が付かなかった。
送り主は、各ファンクラブのまとめ役。選んだ言葉こそ違うが、どれも耳が無駄に良い私を気遣うものだ。彼女らの気遣いに、顔を顰めつつも口角を上げた。
「誰から?」
「ん、まとめ役達から。私のことを気にしてくれたらしい」
「慕われていますね」
「ええ、『教育』のおかげで」
副会長に返して携帯電話を閉じようとすると、メールが一つ飛んできた。
「······ああ、着いたのか」
早いな、と小さく呟く。午後あたりに来るかと思ったが。
千尋の競技と仕事は午前中にあるから、友人達には観客席で待ってもらわなくては。
「お前が言ってた『友人達』か?」
「はい。三人揃って来るみたいです」
「藤崎とかは、お前の友人達を知ってるのか?」
「いえ、藤崎先生は知りません。面識があるのは、椿先輩だけですかね。しかも、一人だけですし」
「俺も見てみたいな、お前が大事にしてる友人っての」
「見るぐらいなら、簡単ですよ。彼女ら、午後になったら、ここまで来ますから」
「······ちょっと待ってください、乙さん。御友人は、ここの場所を御存知なんですか?」
「地図渡してます」
「会うの、楽しみ」
「俺も。綾ちゃんの友達って、どんな人?」
「落ち着いた人と、元気な人と、ふわふわしてる人」
「雑っ!」
「面倒だから紹介はしないよ。あと、ナンパも禁止」
「ナンパなんてしないって······」
「そうしてくれ」
先程に比べると、いくらか静かになった声援。グラウンド?の方に目を向ければ、日向は既に走り終えたらしく、こちらを見て大きく手を振っている。
私はひどい頭痛を誤魔化すように、手を振り返した。
主だったことがないゆえに、サブタイトルが浮かばなかった······。




