そして誰もが固まった
今日は風紀との合同会議と聞いて憂鬱だったが、どうやら副委員長にこの事は知らされていないらしい。
彼女が私にケンカを売り続けて、話にならないのを避けるためだ、と藤崎先生が言っていた。
正直言ってラッキーだ。彼女には悪いけど、椿先輩もほっとしているようだし。
ちなみに、合同会議を始める際に会長が、『今から会議を始める』なんてお堅い宣言をしていたのも、副委員長がいたから、ああいう演技をしていたのだそうだ。
「藤崎先生」
「お帰りなさい、乙さん」
「守衛さんに連絡しましたけど、居残り届、出されてなかったみたいですよ」
「なら遭遇の危険もないわね······」
「おい、椿、あの女だろ?ほら、下だ」
「そう、その女······の子です!」
少し間をあけて『の子』と付け足した椿先輩は、嬉しそうな顔をする。
おそらく、副委員長が校門を通ったのを見たのだろう。
「······酷い反応ですねぇ」
「あら、ごめんなさい。でもあの子ったら、貴女に迷惑をかけるんだもの。私にもベタベタしてくるし。いくら注意してもダメなのよ」
「風紀委員長も、大変なんすね」
「当たり前じゃない。······会計くんも、最近は忙しそうね?」
「え?葵くん、どうしたんですか?」
「······」
「藤せんせー、知らないの?葵、先々月の女の子以来、告白されても、全部断ってるんだよ?」
「先々月······ああ、四月の。あれから恋人をつくってもないのに、断ってるんですか?」
「······まあ」
葵は不貞腐れたようにそう答えると、一瞬だけこちらに目を向ける。
残念ながら、その意味は読み取れなかったが。
「葵の女性関係は置いといて、今は再来週についてですよ」
「あ、資料はこれから打ち出しますね」
「まだ出来ていなかったのか?珍しいな」
「馬鹿共が勝手に資料を見るのを防ぐためです。データも、チップに移してます」
「馬鹿······放送部の、こと?」
「あと、ファンクラブや······厄介な子とか」
『厄介な子』、まぁ花咲さんのことだな。彼女とは話さないから詳しくは知らないが、相変わらず、攻略が上手くいっていないらしい。椿先輩や生徒会メンバーと話していても、彼女の名前が良い意味で話題にのぼることはない。
前に千尋から、“ゲームで『乙 綾』が、ヒロインちゃんにケンカを売ろうと決めたのは、攻略対象が、よくヒロインちゃんのことを話していたからだと、『設定資料集』に載っていた”······というのを、聞いたことがある。
つまり、彼らが花咲さんに好意を持ったら、彼らの口からその名を聞けるハズなのだ。
それが聞けないってことは······まだ、オトせていない、ということなのだろう。
「······はい、どうぞ。前回までの内容は、全部それにまとめてあります」
「助かる。ありがとな。······なんだ、ほとんど終わってんのか。後は確認程度だな」
打ち出したものを、全員に配る。ホッチキスで綴じていないが、そこは勘弁してもらおう。
「全クラス、出場競技は決まってるな?」
「リストも入手しました~。一番最後に渡した紙を見てください。ファンクラブの人は、誰のに入ってるかで色分けしてます」
「カラフルねぇ······」
「掛け持ちの人は何色か使っているせいで、汚いですが······。参考程度に」
「······体育祭ってさぁ、本当、嫌だよね。集団競技に参加しても、僕らの名前ばっかり叫んでる女の子、多いし」
「あはは、たしかに。毎年耳がイカレそうになるよ」
「······すみません」
「菊屋副会長のせいじゃありませんて。ん~、あの子らの声援は、まとめ役でも抑えられないらしいんです。あまりにも、人数が多すぎるみたいで」
「まとめ役はむしろ、大声出してる側だろ」
「まさか。今のまとめ役は、皆さんを、目の保養程度にしか思っていませんよ?」
ぽかーんとする面々。
この人達、今のまとめ役達がどんな人なのか、知らなかったのか?
「今のまとめ役は、ただのイケメン好きな方々です。別に恋してるでも、迷惑をかけるでもなく、すれ違ったら、『あらイケメン』って思うぐらいで」
「『今の』って、いつから、変わったの?前は、よく、俺達、追いかけてた、記憶がある」
「わりと最近だと思いますよ。椿先輩のファンクラブが最後に出来てから、会員の行動が、急に酷くなって、それに伴うかのごとく、一部のまとめ役も皆さんを追っかけまわし始めました。最初に出来たファンクラブのまとめ役は、そんなことしませんでしたが」
「最初のファンクラブって、誰の?僕、気にしたことなかったから、知らないんだ」
「君のファンクラブです、日向」
「ウソ、僕のだったの!?ってか、何で副会長が、そんなこと知ってるの?」
「僕が届け出を受理したからですよ。······そういえば、あの人達は見かけませんね。出来た当初は、同好会の書類を持ってきてたのに、今では別の人が持ってきてますし」
「そりゃそうでしょう。彼女達、もうファンクラブから抜けてますもん」
「······え?······辞めてたんですか?」
「ファンクラブ、というか、同好会を作って、半年ほどで。初代メンバーは穏やかな人ばかりで、ほのぼのしてましたね~」
日向のファンクラブが生徒会に認められた際、実に様々な偶然が重なった。
メンバーの一人のお父さまが、仕事の関係で私と知り合いだったり、『今後のためにも、同行会長は少し特別な存在にして、明確な上下を作ってはどうか』という私の案を、実行するだけの能力を持った人がメンバーだったり。
何よりの偶然は、初代メンバー達が日向のファンクラブをつくろうと話し合っている現場を、温室関連の交渉を終えて教室に戻った私が、目撃したことだと思う。
あれがなければ、私と彼女達の関係は築かれなかっただろうし、私がファンクラブに関わることも難しかっただろう。
『初代メンバーの知り合い』という肩書きは、案外有効なのだ。
先程も言ったが、同好会の初代メンバーは皆、退会?している。
騒いで本人に迷惑をかけるような馬鹿共が、ファンクラブに入ったためだ。
「初期の頃のほのぼのとした空気は、今のファンクラブ会員みたいな、本人を追っかけまわして迷惑かける輩が入会してから、ガラッと変わりました。まとめ役も、それを止めることなく、同じようなことを始めてしまって。あんまりに酷いものだから、去年、『教育』を施したんです」
「······乙の『教育』っての、怖くて聞けねぇんだが」
「簡単なものですよ。私の指示には従うようにしただけ。今年のまとめ役は、例の初代メンバーが代わりに『教育』してくださった方なので、私は普通に親しくしていますよ」
この前お茶に誘われたのも、近況報告をしたいから、とあちら側から言ってきたのだ。
「じゃあ、会員のリストは······まとめ役に?」
「ファンクラブに関しては、大抵まとめ役に聞けば分かりますから」
「······乙の情報源って、全部まとめ役なのか?」
「いいえ。一つだけに頼るってのは、かなり危険ですから。まとめ役達はプロじゃないので、情報の質も悪いですし」
「情報に、質とか、ある?」
「ありますよ~。その情報は、どれほど信用できるか。その情報は、どれほど重要、もしくは致命的か。そういうのが『質』です。質が良ければ当然高値で売れますし、悪ければ見向きもされません。······私は情報を売る商売はやってませんから、関係のないことですがね」
「そんなものも、お金になるんですか······」
呆れたように呟く副会長。
お金になるどころか。情報は、上手く扱えば、何もかも奪う事が出来るのに。
彼に『腹黒』ってのは似合わないな、と苦笑していると、資料の最後のページに目を落としていた椿先輩が、顔を青ざめさせた。
「椿。······どう、したの?」
「······書記くん、臨時生徒会補佐のところ、見て」
「······?」
「「うわっ」」
「聖、補佐がどうしたんだ?」
「さぁ?」
「······先生には、誰のことを言っているか分かりませんねぇ」
柳瀬さんと会長、副会長は心当たりがないらしく、不思議そうな顔をしている。
対して椿先輩、日向、葵の三人は一点を見て、心底嫌そうな顔だ。
藤崎先生は、目を逸らしながらも、ある一つの名を指し示して、資料をこちらに向けた。
「ん?花咲さんが、どうかしたんですか?」
「花咲?誰だそれ」
「······ちょっと待ってください。もしかしたら、僕、知ってるかもしれません」
そりゃ、イベント発生してたしね。入り口の方で。
「髪の毛がこう、くるっとなってる子です」
「くるっと······ああ!思い出しました!あー、彼女ですか······」
「おい、マジで誰だ?」
「······尊は、まだ会っていないのでしょう。少々、話の嚙み合わない子です」
「見てる分には、面白いですよ~」
「私達からしたら、迷惑よ。ファンクラブには入ってないらしいけど、やってることは、そう変わらないわ」
「椿先輩は、園芸部で会いますもんねぇ。······ってか、今日、誰かココに呼んでます?もうコレ、パターンになってきてますけど」
「なんだ、またファンクラブの奴らか?」
「にしては、人数が少ないような······」
「何でだろ。俺、すごい嫌な予感がするんだけど」
「偶然だね、私もだよ。······いや、この場合は予感じゃないな」
集中すると同時に流れ込んできた、彼女の声、足音。
それらから出した答えは、『予感』とは言えない。
確実にくる未来。
一種の、事実だ。
「あのぉ、失礼しまぁす······」
THE・ぶりっ子ボイスとともに、入り口の扉が開く。そこから顔をのぞかせた花咲さんを見て、誰もが固まった。
誇張などはしていない。
まさしく、誰もが固まったのだ。
「タオルを、借りたいんですけどぉ······」
普段より、確実に高い声。
本当に攻略対象達が好きなんだなぁ、と微笑ましくなる。微笑ましくなってる場合じゃないんだけどね。
びっしょびしょに濡れた髪、服、靴。
こうやって邪推するのは彼女に失礼だが、ハッキリ言って、自分からプールにでも飛び込まなきゃ、あそこまで濡れやしない。
暦の上ではもう夏に入っているとはいえ、花咲さんが己の身体を張る理由は······。
······まぁ、イベントしかないわな。
「タオルか?ちょっと待て、今すぐ用意する!」
「桐生会長、ここにタオルありません。風邪ひいたらまずいですし、保健室に行った方がいいと思いま~す」
「分かった!······来い、保健室まで行くぞ」
「へ?あ、はい!」
六月の頭に発生する、このイベ。名前は忘れたから、『タオルイベ』とでも呼ぼうか。
『タオルイベ』は、ファンクラブにバケツの水をぶっかけられたヒロインが、自分の教室まで歩いているところを会長と副会長に目撃され、保健室まで連れて行かれる。
会長と副会長は慌てて保健室に連れて行くも、保健室には誰もおらず、とりあえずヒロインの体を拭こう、という話になり、また、事情聴取をされ、話を聞いた二人に対する言葉で、どちらかの好感度が上がる。
二週目以降だと、会長の好感度が上がるセリフだと副会長の、副会長の好感度が上がるセリフだと、会長の『執着度』が上がる。この『執着度』が、ヤンデレエンドやら『幼馴染エンド』やらの特殊系エンドに関係するらしい。
好感度も執着度も内部パラだから、私は『執着度』の存在に気付かなかったのだろう。
······ここまで説明を聞けば、疑問に思うことがあるかもしれない。
「······どうしてあの人、生徒会室に来たんでしょう」
うん、副会長だ。
副会長が、ここにいるのだ。
色々おかしな点はたくさんあるから、仕方ないのだが。
花咲さんは副会長にあまりよろしくない印象を与えているし、生徒会室でイベントを無理矢理発生させてしまったからな。よっぽど好感度が高くない限り、『僕もついていきます』的な展開は難しいだろう。
······面白いから、全く問題ないけどね?
「ふふ、彼女も言ってたじゃないですか。『タオルを借りたいです』って」
「それは······そうですが」
「多少水を被ったぐらいじゃ、普通はあそこまで濡れないよー?」
「きっと彼女は普通じゃないのさ」
「······乙さん、貴女、どういうつもり?」
「何がですか?」
「会長さんに、保健室へ連れて行くよう勧めたことよ」
「あぁ、たんに面倒だからです。生徒会室にタオルがないのは事実ですし、彼女を追い返したら、あとで文句を言われそうですし」
「グルじゃないわよね?」
「ふふ、まさか」
あくまで私が勝手に彼女を手伝っているのだ。
「『グル』ではありませんよ」
会長はちゃんと保健室まで向かうだろうし、きっと帰ってくるのは当分先······。
「おう、戻った」
······うん?
「尊、早いですね」
「会長、あの、女の子、は?」
「途中で俺の担任に会ったからな。任せてきた」
あちゃー······。運が悪いねぇ······。
ま、会長に悪印象を持たれてないだけマシか。
「にしてもあの女、ベタベタしてきやがったな。今年からファンクラブに入ったやつか?迷惑だな」
駄目だー!もう駄目だー!全滅だー!
もうなんなの!?花咲さん、何したの!?何でそんなことしたの!?
無理······。これ以上のサポートは無理······。あといけそうなのは、柳瀬さんぐらいか······。柳瀬さんなら、いけるか?柳瀬さん、好きな人とかいなさそうだし、いけるか?
あー、結果が散々すぎて笑えてくるわ。お手洗いにでもこもって爆笑しとこう、ハハハ。
「······ハァ······」
体育祭という一大イベントも、こりゃあキツそうだなオイ?
パソコンもうすぐ壊れる\(^o^)/
でも新しいパソコンを買うには小遣い足りない/(^o^)\




