臆病な心に、感謝を。 前半 ~南 千尋視点~
予告通りの新キャラ視点です。
一人称が被ってるキャラがほとんどですが、口調などで見分けてください(汗
私が死んだのは、臆病だからだった。今でもあの時の事を後悔している。
もしもあの瞬間足が動いていたら。「助けて」と叫べたなら。
······死ななかったかもしれないのに、と。
あの時、私は普通に歩いていた。友達と遊んだあとの帰り道。特になにかをした訳じゃない。ただ、歩いていた。
そしたら目の前に、急に人が現れて。なんとなく。本当になんとなく。
その人に対して、恐怖と、焦燥を感じた。
──────逃げなきゃ。助けてもらわなきゃ。
そう思ったけど、足はすくんで声は出なくて。
その後の動きは、まるでスローモーションで見ているかのように遅く感じた。相手の持つ何かが迫ってくるのがわかって。それにこびりつく赤黒い物に生理的嫌悪感を覚えた。
それの正体を理解する前に、体のどこかが焼け付くように熱くなって。それと同時に、体の中を冷たい物がかき混ぜるのを感じた。思い出せる最期はこんな感じ。
気がついたら、色んな花が綺麗に咲いている所にいて、目の前には『テディ』と名乗る人がいた。
彼に『君想』の世界に転生させてあげるよ、と言われたときは、混乱したけど、凄く嬉しかった。
私はあのゲームが大好きだからだ。もう設定資料集とかも買って、丸暗記するほど読みまくった。設定資料集には、攻略対象の噂を教えてくれるある意味サポートキャラの子がどうしてそんなネタを知ってたかとか、序盤ヒロインに優しかった子がどうしてヒロインをいじめたかとか書かれていて、読んだあとに印象が変わった子も少なくなかった。
テディに誰に転生したいか聞かれたとき、真っ先に浮かんだのは悪役の子だった。
『乙 綾』
攻略対象全員のファンクラブに所属しており、もし分類するなら穏便派。
あ、ファンクラブは隠し攻略対象の『椿 守』含む攻略対象全員分あって、掛け持ちが可能。
攻略対象のなかの双子キャラのファンには、見分けがつかないからという理由で両方のファンクラブに所属している人も多かった。むしろそういう人がほとんどで、それをヒロインに愚痴るイベントがある。
あのイベントでは、「私はちゃんと見分けてあげられるよ?」という選択肢を選べば好感度が大幅アップする。あげるって言い方なんか嫌だなぁ、と思った記憶がある。
······話を戻そう。
『乙 綾』はおっとりしたキャラで、彼女がやったいじめはそこまで過激じゃなかった。設定資料集でヒロインに対する行動の理由を読んだら、逆に同情しちゃうレベルの優しいもの。
教科書破くとかじゃなくて、ただ「○○さんと、学校で話さないでください。好きな人が自分以外の一人の女の子を大事にしだしたら嫌なんです。······わかってくれませんか」と言った後、態度を変えないヒロインに冷たく接するというぐらい。わざわざ責めたてる程じゃない。正直いじめじゃなくて軽い嫌がらせぐらいじゃないかなって思う。ゲームではヒロイン視点だったんだけど、他のファンからの酷いいじめを勝手にヒロインが『乙 綾』のせいだと思い込んだだけなのだ。
たまたま『乙 綾』に攻略対象と話さないでと言われた翌日に本格的ないじめが始まったから、そう思い込むのも仕方ないのかもしれない。けれど、後に自殺するエンドが多いことを考えるとヒロインも、それぞれのやり方で『乙 綾』がヒロインに様々ないじめを行ったとたくさんの人に話す攻略対象達も酷いと思ってしまう。だって本当は他のファンがやったいじめがほとんどなのだから。
しかも、たくさんの人への伝え方も酷い。
人によって違うのだけれど、一番酷いのは生徒会長である『桐生 尊』。彼は緊急生徒集会を開き、全校生徒の前で『乙 綾』がヒロインに対してこんないじめを行った、よって今日生徒会室に来いと言ったのだ。
あれは設定資料集を読む前でも酷すぎると思ったし、読んだ後なんかはもうこのキャラは大嫌いになった。このゲームが大好きだといっても、攻略対象が好きなんじゃなくて滅茶苦茶たくさんのエンドがあるから好きなのだ。キャラはほとんど嫌い。いい人だなって思ってても後半のいじめに関してのことで幻滅してしまう。
バッドエンドに行って『乙 綾』が自殺しなかった時は嬉しかった。ヒロインは誰とも恋人にならなかったけど、誰も死ななかったもの。
ゲームの世界に転生するのなら。『乙 綾』になって、誰も死なないようにしたい。
そう思って、テディに『乙 綾』がいいと言おうとしたとき。
──────臆病な自分が、止めた。
『もし、私がヒロインに勘違いされないようにしても、言いがかりをつけられたら?』
そう考えると、とても『乙 綾』を選ぶことは出来なかった。
······自信が、無かったのだ。周りに責められて、蔑まれても。
それらに、耐えきる自信が。
結果、私は『南 千尋』というキャラを選んだ。
このキャラは、話しかけると攻略対象の噂とかを教えてくれる。その噂で好感度がわかったり、次のイベントの発生場所がわかったりすることがある。
ヒロインや『乙 綾』のクラスメイトで、茶髪のショートカットに黒色とも茶色とも言えないいわゆるこげ茶色の瞳。『乙 綾』は容姿を描写されていなかったのに何故か描写されていたキャラ。
私と違って元気なタイプだけど、やっぱり『乙 綾』を助けたいと思ったらクラスメイトの方がいいかなって思ってこの子を選んだ。性格を変えることはできないけれど······。
ちなみに一番手っ取り早いヒロインは、いじめられるのが怖くて選べなかった。
······こんな時、本当に臆病な自分が嫌になる。
でもやっぱり傷つけられるのは怖くて。
そのまま転生先へと通じる扉から、飛び降りた。
望んだキャラに生まれて、親に愛されて育って。
ここがゲームを舞台とした世界だと、すっかり忘れて高校受験に合格して、入学式の日。
配られたクラス表を見て。私と同じクラスの所に、ヒロインと『乙 綾』の名前を見つけて思い出した。
凄く、怖かったけど。でも、頑張って助けようと思った。
自分のクラスに行くと真っ先に『乙 綾』を探した。ヒロインと接触する前に止めなきゃ、と思ったから。でも、ヒロインも探していて、驚いた。ゲームでは自己紹介の後に『乙 綾』から接触する筈だったから。
だけど、その疑問も背後からの声に一瞬で吹き飛ぶ。
「おはよー。乙 綾は私のことだよー」
少し低めの声。だけど、不快感はなくて。静かに聞いていたいと思ってしまうような、どこか浮世離れした美しくも奇妙な声。
驚いて振り返ると······変な人がいた。もう目を見開いて凝視してしまう。
背は······女性の平均より高い。スラリとしてる。長袖の服から覗く肌は、病弱という印象ではないのだけれど、真っ白。日焼けとかしないのかな。
裾の短い紺色のローブのような物を着ていて、それの頭には大きな獣の耳が付いている。猫耳かな?顔は口許以外はローブに隠れていてよくわからない。口許が緩やかな弧を描いているからか、堅苦しい感じじゃなくて、むしろ気安い感じ。
彼女を見ていたらヒロインが失礼な事を言ってしまったみたい。彼女はニコニコしたまま、ヒロインを諭して?いる。あ、狐の耳だったんだ。言われてみればそうかも。
そのまま二人のやり取りを見ていると、急にヒロインが乙さんのローブに手を伸ばして。
──────フードを取り払った。
「······ぇ」
誰が漏らしたのか。その声がやけに大きく響いた気がした。
取り払われたフード。その下に隠されていたのは。
滅多に見ないほど真っ黒な髪。三つ編みにされたものをさらにお団子に結い上げている。でも、纏めきれなかったのかいくらかお団子から髪が垂れている。前髪は後ろで留めているのか、額にかかっていない。
そして──────顔の上半分を覆う、仮面。
目を閉じて眠っているみたいな表情。見るための穴はどこに開いているのかな。前髪が垂れていないおかげで露になっている額部分には、綺麗な左右対称の模様が刻まれている。
どうして、仮面?
軽く周りを見ると皆が目を見開いてる。理由を知っている人はいないみたい。
「······他人が隠してる物を暴いて、いい気分かい?」
乙さんがそう言い放った時。教室が凍りついたような気がした。
彼女に許可を得ぬままフードを暴いたのはヒロインだけど。それを止めずに私たちは彼女のフードの下を見てしまったのだ。
もしかしたら顔に傷があるからとか。見られたくない理由が、あったかもしれないのに。
「まぁ別に隠してたんじゃ無いけどね?」
······へ??
「私が仮面をしてるのは単に仮面が好きなだけだし。このローブ着てんのも狐の耳が気に入ってるからだし」
そう、なんだ。良かった。私の他にもホッと息をはいてる人は多かった。普通に考えたら、すぐに気づく。自分たちがしたことが、人を傷付ける可能性があったことに。
「あぁでも、顔を隠してる人全員そうって訳じゃない。······もし私が顔を見られたくなくて隠していたら。君が勝手に暴いたせいで顔を見られて傷ついたら。君はどうするつもりだったの?」
でも、ヒロインは乙さんにハッキリ言われてようやく気付いたみたい。ハッとしたあと、何故か乙さんを睨んでいた。
反省する様子を見せないヒロインにクラスの子達は不快感を覚えたみたい。顔をしかめたり、あり得ない、といった目で見てる。勿論、私も不快に思って少し眉をひそめた。
ヒロインが荒々しく座ると、一気に何人かが話し出して、教室が騒がしくなる。
私もヒロインに気をとられてばかりじゃダメだから、乙さんに話しかけにいく。本を読んでるみたいだから、ちょっと悪いな。うぅ、ごめんなさいっ。
「あ、あの、乙さんっ」
「······ん?あぁ私?はいはいどうしましたー」
「えっと、初めましてっ。南 千尋っていいます。その、友達に、なってほしくて······」
あぁ、やっぱり変に思われてる······。乙さんが小さく首を傾げるのに合わせて、狐の耳が揺れる。可愛い。
「南さん?とりあえず初めまして。もう知ってるっぽいけど乙 綾です。どうして急に?」
「あのね、乙さん······」
あれ、どう説明すればいいの?転生とか言ったら変人になっちゃうよ······。
「えっと······乙女ゲームって知ってる?」
無難に乙女ゲームの話をすれば良いのでは!?
そう思って乙さんに聞くと、彼女は少し考えた後楽しげな声で答えた。
「知ってるよー。今はまってるゲームがあるんだ。確かね······」
彼女は私の耳元に顔を寄せる。その時、フワリと何かが香った。心が落ち着くような良い香り。何の香りだろう。そんな事を考えていたのだけれど、耳元で聞こえた声に頭が真っ白になる。
「······『君を想う~咲き誇る想い~』ってやつ。知ってたら、放課後、語り合わない?」
目を見開くと、乙さんがふふ、と笑う。その声がかっこよくて頭がクラクラしそうになるのをこらえながら、彼女に頷いてみせる。
『君想』を知ってるってことは、もしかして乙さんも転生したのかな······?
乙さんが離れると、すぐに先生が入ってきた。
『藤崎 飛鳥』
ヒロインのクラス、つまりこのクラスの担任で、生徒会顧問。攻略対象の一人。生物の授業を担当してる。
少し気弱なキャラで、一人称は「僕」。別名ヘタレ。
そんな先生の簡単な自己紹介の後、生徒側の自己紹介。
ヒロインは先生を見つめながら自己紹介していた。クラスメイトは冷めた目で彼女を眺め、先生は顔をひきつらせていた。
ちなみに、簡単にヒロインを説明するとこんな感じ。
『花咲 心』
『君想』のヒロイン。肩に掛かるか掛からないかぐらいの茶髪で、毛先が若干くるっとなってる。
目は大きく、黒色。それなりに可愛らしい顔立ち。元気だけど、うっかり者。一人称は「私」。名前の変更は出来ない。だけど、ボイス付きで名前を呼んでもらえる。
ゲームでは頭が良くて、新入生代表を務めた。でも、現実では新入生代表じゃなかった。何でだろ?
さっきもゲームと違う行動をとっていたし。何かおかしい。
なんとか生徒側の自己紹介も終わると、先生から学園に関して色々と注意を受けた。
理由がわからないと質問した人に先生は丁寧に答えていて、女子生徒からも男子生徒からも信頼されたみたい。ただ、先生にも一つだけ理解できないものがあって、その時は申し訳なさそうに謝っていた。
『温室には昼休み以外入ってはいけない。特別な理由があって温室を昼休み以外に利用したり貸しきりにしたりする場合、[管理者]の許可を得なければならない。なお、温室に関する全ての権限は[管理者]が持っているため、他の者の許可は無効である』
ゲームには無かったルール。[管理者]の事を聞いてみると、先生も全く知らないらしい。だけど、前にルールを破って放課後に入室した上、[管理者]の忠告を無視した人が大怪我を負ったらしいから、絶対にルールを破らないでくれ、と言われた。
[管理者]はよっぽど危険な人物のようだ。
先生からの注意も終わって放課後になると、乙さんが裏庭に連れていってくれた。人が何人かいて、少し騒がしい。このぐらいの方が声が紛れて丁度良いのかな。
乙さんに手を引かれるまま、誰も座っていないベンチに座る。日が当たって、暖かい。
「えっと······乙さん。さっきのゲームの事、なんだけど······」
「ふふ、それじゃとっとと本題にいきますか」
彼女はニコニコ笑いながら足を組んで、こちらを向いた。
「私は前世の記憶を持ったまま、この世界に転生しました。南さんもだよね?」
気楽な声に緊張もほぐれたのか、私も少しだけ微笑んで返した。
「うん。私も転生、しました」
長くなってしまった事に気付き、急遽二つにわけました。
なので、もしかしたら後半は短くなるかもです。