受験勉強
桐生会長が、苛立ったようにシャーペンのノック部分で机を叩く。目の前の問題が解けないらしい。
「······会長、どこですか」
「お前に教わってたまるか」
「何を今更······。それに私にとっては、その音を出し続けられる方が堪りません」
「······悪ぃ。······大問2の7だ」
「失礼」
適当に断って、会長の手元のプリントを取る。そのプリントには、会長が苦悩した跡があった。
「コレ、大学の過去問ですか?どこの大学かは忘れましたけど、見たことがあります」
「お前、知ってたのか」
「色々漁ってますしねぇ。でも会長、漢文苦手なんですか?」
「古文も現代文も、ついでに英語も苦手だ」
「語学は全滅ですか······。······会長、問題をよく読みました?」
「······何故そんなことを聞く」
「訓点とかのルール、御存知ですか」
「知っていたら苦労しない」
「知らなかったら解けません······」
「······お前、最近よく俺を『会長』って呼ぶな」
「話を逸らさないでくださいよ。······『会長』呼びは、二人っきりの時だけです。会長は、怒りませんから」
「そもそも何でそんな呼び方するんだ。日向や葵の呼び分けには便利だろうが、俺達には必要ないだろう」
何故、と問われても。
「ん~、癖ってのが、一番大きいですね。最初は年上だけだったんですが、気が付いたら、同学年でも役職を認識している人は、役職も付けて呼ぶようになりましたねぇ」
「それが日向達か」
「はい。······会長、手」
「今はいい」
「······勉強しないんですか」
「家でやる」
「家でやるのが嫌だから、ココでしてるんでしょう」
「······」
「とにかく、手を進めましょう?勉強するために、温室に残っているのですから」
「······ああ、そうだな。······お前は、何してるんだ?」
「監視カメラのデータを、いじってるんです」
「やっぱりそれ、監視カメラだったのか······」
「普段は起動させてませんがね。プライバシーのこともありますし。カメラは私が起動時間を設定しておかないと、動きません。······一部、例外はありますが」
「いじるって、何を?」
「ん~、ま、色々です」
「何が映ってるんだ?」
「お、見ます?」
「良いのか?」
「会長になら。今から流しますから、どうぞ、こちらへ」
「おう」
会長が隣に来てから、再生ボタンを押す。流れる映像の日付は、二年前の九月頃。私が花咲さんの後始末をしていた時に、偶然見つけたものだ。
私の姿も声も入っているから、他人に見せるのは少々恥ずかしいが······。
そこは仕方ない。
「いつのだ?」
「一昨年です。多分、文化祭の一日目の方でしょう。ちょっと関係ないですけど、何でここは文化祭が三日もあるんでしょうか······。特に三日目とか、絶対文化祭って言ったらダメですよね」
「正論だな。内容も文化祭とかけ離れてるし、三日目って言いながら、二日目からかなり間が空くし」
「ですよねぇ。······あ、そろそろだ。説明は最後にします。私も出てきますが、何があってもこちらを見ないでください。恥ずかしくなるので」
「おう」
会長が頷くとほぼ同時に、映像の中の扉が開く。
中から入ってきたのは、私が、最も忌み嫌う人間。その姿を見て、私は無意識に顔を顰めた。
『······ここが、温室······』
扉を開けたのは、私の元義妹。当時、既に私は彼女を嫌っていた。
大嫌いな元義妹の登場を、私が喜ぶワケもなく。
管理室から出てきた私は元義妹を見て、怒りを露わにする。
『どうして君が、ここにいるんだい?』
『お姉ちゃん!?』
『······私は君の姉ではない。“元”姉ならまだ分かるけどね。······どうして、ここに来た』
『あ······えっと、道に、迷っちゃって······。案内、してほしいな』
『そうじゃない。どうしてお前は、この学園内にいるんだ。······君の両親に、ちゃんと言っといたはずだよ』
『ママとパパは、悪くないの!天音が、我儘を言ったから······!』
『だから?約束を破ったのはあちらだ。それとも何?君、親に刃物でも向けて脅したワケ?』
『そ、そんなこと、するワケない!』
『うん、だったらやっぱりあちらも悪い。親に我儘を言った君も、悪いんだよね?······さあ、帰れ。二度と来るな。お前の面はもう見たくない』
『お姉ちゃんに会いたくて来たのに、酷い······』
『会いたいならば、三年後に会える。嫌でもね。だから、早く帰って』
『お姉ちゃん、酷いよ』
『······帰って。私に、関わろうとしないで』
『どうして?天音が嫌いなの?』
「······会長」
「!?」
『ああ、嫌いだ。何度でも言ってあげる。······だから、さ』
「大声注意報。私も、耳塞ぎます」
「? おう」
覚えているワケじゃない。ただ、感覚で分かる。
私は、あいつを、全力で拒絶する。
『──────帰れッ!』
怒鳴り声。だが、言葉はハッキリと聞き取れる。
私の声に圧倒されたのか、元義妹は温室から出ていった。
元義妹が出て行ったのを確認すると、私はようやくカメラが作動していることに気付いたらしい。ポケットの中から、標準よりもかなり小さい銃を取り出す。
そして、こちらに銃口を向け。
引き金を、引いた。
「!」
画面が青く染まり、映像が終わったことを告げる。
会長は最後に向けられた銃に驚いたようで、目を大きく見開いて、固まっていた。
「会長、大丈夫ですよ。アレは、監視カメラを遠隔操作で止めるリモコンです」
「そ、そうか······」
「······先に姿を見せたのは、私の元義妹です」
「お前の、妹?」
「今ではただの従妹ですが」
「······本当に、嫌っているんだな」
「ええ。心の底から。······それはもう、冷静ではいられないほどに、大っ嫌いですよ」
「何であそこまで嫌うんだ?」
「理由は、小さなものです」
映像のバックアップをとりながら、会長に答える。
「あいつが、私の貯金を勝手に使ったんですよ。あいつは『家族だし構わない』と考えていたのでしょうが、私はそういうの、凄く不快に感じるんです。ものを使うならともかく、お金は、たとえ血の繋がった家族だとしても、ダメです」
「金銭面に関しては、そんなもんじゃないか?俺だって、兄が俺の金を盗ったらキレる」
「ふふ、ですよね~。良かった、会長が『家族ならおかしくないだろ』とか言ったら、泣いちゃうところでした」
「言わねぇよ、そんなこと。自分で金稼いでるお前が、昔っから自分のもんを自力で手に入れてたお前が、金の価値を理解してんのは······容易に想像がつく」
今でこそ億単位の貯金があるが、それはすべて自分で稼いだもの。先の生活をより安定したものにするために、物を介した、違法一歩手前のカジノで賭博をしたこともある。
人を捕まえるお手伝いをする今の仕事も、収入は多いなんてもんじゃない。
幼い頃から続けてる小遣い稼ぎの方も、わりとお金が入ってくる。
······金を稼ぎ始めて、再実感したが······。
大金を稼ぐには、ギャンブルしなければならない。······いや、何もカジノのことだけを指してるわけじゃない。
商売の基本は、賭けだ。得するか、損するかは、考えていても分からない。実際にやってみて、初めて分かるのだ。
会社員のような、収入が安定していそうな職も、リストラなどの危険な一面がある。そうでなくても、人間関係の問題で会社を辞める人は、少なくないと聞く。
私の仕事もまた同様に、一種の賭けとなる。勝った時に手に入れるものが大きいため、賭けているものも大きい。
客の望む小物を作って売りさばくのは、一つ一つの金額は小さいからな。せいぜい作品作りに失敗したら、損をする程度。そりゃあ、繰り返したら大赤字だけど。
それに比べてもう一つの方は、依頼が頻繁に来るワケではないが、一年あたりの収入で考えると、先程の小遣い稼ぎとはまるで桁が違う。一桁や二桁じゃない。
代わりに、私は人生を賭けている。仕事の際はもちろん、のちに仕返しに来る人達を追い払う必要があるからな。
もっとも、この博打は私が強ければまず勝てる、ある意味最高のギャンブル。
仕事を辞める際には、あちらに全部擦り付けるつもりだ。そんぐらい、簡単に出来る。
問題は、それまでだな。私一人で闘う必要はないのだし、あまり気にしてないけど。
「元々、守銭奴気質だったのも、関係してるのでしょうがね。······さ、勉強に戻りましょう?ああ、この事は他言無用でお願いします」
「分かった」
「ありがとうございます」
「いや。······『三年後に会える』ってのは、どういうことなんだ?嫌い、なんだろ?」
「あの時から三年後、つまり来年ですね。来年、私、従妹の通う高校に行くので」
「転校するのか!?」
「あはは、違いますよ~。ただ遊びに行くだけです」
「そうか······」
「その時に、あいつの状況を聞きます。······ふふ、きっと、面白いことになってますから」
「面白いこと?」
「ええ。あいつ、こう言っちゃなんですがね。さっきの映像は、完全に猫被りモードだったんです。本性は、あんなんじゃないですよ~。狡賢いワケじゃないから、安心して楽しめる」
「性格悪ぃな」
「何も言い返せませんねぇ」
ヘラヘラと笑う私に呆れたのか、会長がわざとらしく溜め息を吐く。
だって、面白そうじゃないか。······ああ、そっか、会長は事情を知らないもんね。あいつがどういう立場なのかとか、あいつが今あっちの高校で、何をやってるか、とか。
知ってたら、楽しめるかもしれないけど······彼、真面目だからなぁ。モラル?が邪魔してしまいそう。
言ってしまえば、これは他人の不幸を楽しむものだからね。
······ま、人間として最低だと罵られても、やめるつもりないけど!だって、面白そうなんだもん!しょうがないじゃん?
「······乙も、いつか大人になるんだよな」
「どうしたんですか、急に」
「ちゃんとした大人に、無事、成長するのだろうか······」
「無理ですねぇ。そうしなくて良いように、先にお金稼いで自由に遊べるようにしてるんですよ」
「ハッキリ言うなよ······」
「この性格は、どうにも。ふふ、なるようになります」
「だろうな」
再び溜め息を吐いた彼に、勉強を促す。
やっと下を向いた会長から目を外し、なんとなく花を見る。
「······私は、あいつが嫌いです。友人達も、あいつが嫌いです」
「······?」
「あいつは、どうなんでしょうね、私のこと。自分よりも立場が下だと思っているのかな。······そうだと、良いなぁ」
「お前······」
まさか、マゾなのか。
真顔でそう言った彼に、くつくつと笑いが込み上げてくる。
「私は違います。今も、昔もね。······ただ、その方が、面白いじゃないですか」
「······?」
「自分よりも下の相手に、なんらかの形で負ける。そんな屈辱を、味わって頂けるでしょう?」
「······お前が勝つことが、前提か」
「勿論です。私と友人達が手を組んで、それでも負けるなんて滅多にありません」
「すげぇ自信だな」
「事実ですからねぇ。それはそうと、会長?」
「ん?」
「勉強がそんなに嫌なら、図書室に連れて行って差し上げましょうか?きっと、ファンクラブの子が、手伝ってくれますよ?」
「ひっ······!」
会長は顔を真っ青にして、シャーペンを動かし始めた。
定期テストが近いので、更新を一時ストップさせていただきます。
次の投稿は10/23の予定です。
新たな乙ゲーにハマってしまった······。




