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テレビ放送。~菊屋 聖視点~

『今からテレビ放送が行われる』


 それを聞いたのは、つい先程。クラスに必ず一人はいるお調子者が、焦った様子で教室に駆け込み、そう言ったのだ。

 ゲストは当然、新しく生徒会役員になった乙さん。前々から『主席の変人』と噂されていたためか、僕のクラスで彼女に好印象を持つ者は少ない。

 成績の良いものは、どうしても僻みの対象になるのだ。


「聖っ」

「······既に聞きましたよ」


 尊も知ったらしい。血相を変えて走ってきた。クラスでは女子が騒ぐと思い、ひとまず外に出るよう指示を出す。

 ──────その時、始まってしまった。


『こんにちは。ただいま12時50分をまわりました──────』


 随分と懐かしい口上を述べ、放送部部長がゲストを紹介する。

 テレビ放送が最後に行われたのは、いつだったか。こんなにも楽しそうなあの下衆(部長)の顔を見るのは、久しぶりだ。

 あいつに紹介された彼女は、当たり前だが仮面をつけていない。

 さらされた素顔を見て男共が騒々しくなると同時に、画面の下の方に赤文字のテロップが流れた。


『今回、乙さんは初めてのリハーサルだと思っています!台本もさっき渡したばかりです。乙さんの反応を楽しんでください!』


 そのテロップを呼んで沸き立つ女子達。男共の方は、椅子に座ったゲストに憐れみの目を向けている。


「ふざけた事をしますね······」

「今から放送室に行くか!?」

「どうせ中に入れてもらえませんよ。······乙さんは、台本を持っていません。彼女が察知していることを、祈るしか······」


 乙さんは薄い笑みを浮かべ、特に緊張した様子はない。

 リハーサルだからと安心しているのか、見抜いたうえで落ち着いているのか。

 どうか、後者であってほしい。


『では、基本的なところから。乙さんの肌や瞳の色は、元からですか?』

『ええ、生まれつきです』


 テレビ放送は、平和な時は面白味のないただの会話だ。

 ある程度進んでからが、問題となる。


『──────テスト、いつも満点らしいですね。テストを受ける際のコツなどはありますか?』


 ほら、仕掛けてきた。


『テストを受ける時······ですか?特に意識してやっている事はありません。見直しとか、ごく普通の事ぐらいですかね』

『全教科パーフェクトなのに、それだけなんですか?』

『満点を取るのなら、テストの時に気を付けるのではなく、勉強するときに気を付けなければ。テスト中に新しく知識が手に入るわけではありませんから』


 やんわりと否定されても男は執拗に食い下がり、さすがの彼女も不愉快そうな顔をする。

 彼女は気付いているのだ。奴は直接的に言わないだけで、彼女のカンニングを疑っていることに。


『······いつまでこの問答を続けるつもりですか?貴方分かりやすすぎるのでハッキリ言いますが、私はカンニングなんてしてませんよ。本番なんですから、同じことを繰り返して時間を無駄にしないでください』

『!』

『まったく、悪趣味な事をしますねぇ。あんなテロップまで用意して······。ま、今更言っても仕方のないことですし、進めましょう』

『······何を言っているのか、分かりませんね。だが、話を進める必要があるのはたしかだ。次の質問へいきましょう。今までは全教科満点だった乙さん。なんと今回······』


 乙さんに明らかな敵意を向けつつ、男はニタニタと汚く笑う。彼女は外向けの笑顔を崩さないまま、目を僅かに細めている。

 男はそれに気付かず、プライバシーやら常識やらを一切無視した発言をした。


『英語が、0点だったのです!』


 興奮していった後、男はしてやったりという顔で乙さんを見る。

 そして、彼女の目に、射すくめられた。


『······ふふ』


 直後に彼女が零した嗤い声は、機械越しでも、相変わらず綺麗で。

 それの孕む色に、男女問わず息をのむ。

 まただ。

 また、この声だ。

 彼女の性格に合わない、しつこく耳に残る声。

 人間味のあるようで、やはりどこか違和感を覚える声。

 “霧”のような、声。


美剣(みつるぎ)部長、やっちゃいましたねぇ』


 嘲笑を隠すことなく、乙さんは男の名を呼ぶ。


『······どういうことかな?』

『ふふ、じゃあ簡単なことから聞きますね。どうして、私が零点を取ったと思ったんですか?テスト返却、まだなのに』

『それは······!』

『今までは返却されたテストについて指摘してましたから、どうとでも言い訳できたでしょう。でも、今回は、私を貶めようと日取りをはやめたせいで、この辺がおろそかになっていましたね』

『ぅ、僕は、テレビ放送だからと、先にっ』

『それも通用しませんよ。『校則集』でも教師が先に成績を本人以外に見せることは禁止されていますし、第一私、テスト零点じゃないので』

『馬鹿め、今更見栄を張ってもっ』

『落ち着いてくださいよ、じゃないと······』


 そう言って彼女はマイクの電源を落とし、男に何かを言う。それを聞いた男は喚いたが、放送部側の判断で電源を切っているのだろう、奴の声が流れてくることはなかった。

 その後乙さんが再び口を動かすと、画面が船の映像に切り替わる。どこかから『ナイスボート······』という呟きが聞こえてきた。


『失礼いたしました』


 しばらくすると、副部長の男の声と共に画面は戻り、元通り向かい合う二人が映し出された。


『テストの件ですが、私、テストの答えを筆記体で書いていたんです。採点係の先生が筆記体をならっていらっしゃらなかったので、採点出来なかったそうです。こちらにも連絡が来ました。おそらく、採点出来ずに放置されたテストを見て、勘違いしたんでしょう』

『······ああ』

『他に何か、質問はおありですか?』

『いや······』

『では、終わりましょうか』


 乙さんの笑みを最後にテレビは暗くなり、終了を告げる副部長の声が流れる。

 よく分からない船の映像を挟んだ後に見た(美剣)の、生気が失われた目。

 掠れて消え入りそうだった、副部長の言葉。

 少なくとも、僕らと、僕のクラスメイトは、理解した。

 彼女を敵に回すのは、非常に危険だと。




「他の誰かに~()られるんなら~私の~血となり~肉となれ~」

「······なんて恐ろしい歌を······」

「あ、菊屋副会長、こんにちはぁ」

「······テレビ放送、お疲れ様です。あれがリハーサルではないと、いつお気づきに?」

「台本渡された時です。美剣部長の顔が、ニヤけてたので」

「そんなに早くから······」

「予想は出来てましたしね。······え、ちょ、ストップ!」



 乙さんは目を見開き、慌ててゲーム機の音量を上げる。『音を出してもいいですか?』と聞かれたので、勿論構わない、と返した。

 彼女は無表情で、だが熱心に、画面を見つめる。

 ゲームのキャラが何か喋っているのは分かるが、聞き取ることは出来ない。

 乙さんには、聞こえてるのでしょうが。


「······キャーッ『責任は取るけど』って!やだもう、このコったら!ぐはっ······痛い」


 急に叫んで壁にガッと拳を叩きつけ、一瞬停止してから小さく呻く。

 痛いのなら、しなければいいのに······。


「ブラック全開のくせして主人公ラブな君が好きだよぉ~!」

「······明日の風紀との合同会議中に、ゲーム出さないでくださいよ」

「あはは、会議中はしません。黙って寝てます」

「寝るのもダメです」

「ええっ!?って、ああっメッティ、次は君を親友にするからね!」

『月岡くん』

「キャーッ君のイケボに耳が犯されるぅ!」


 ······僕は貴女のはしゃぎ声に、いろんな意味で耳が犯されますよ。


「自分の名前じゃないんですね」

「何がですか?」

「ゲームの主人公」

「あー、はい。別に私、攻略キャラに惚れてほしいワケじゃありませんし。あくまで主人公を見てほしいんです、この人らには」

「それで違う名前を······」

「そういうことです」

「なるほど。······先程歌ってらした歌は?」

「何を歌ってましたっけ?今日の分の仕事が終わってから、たくさん歌ってたもので」

「もう終わったんですか······?」

「他の人達が来るのが遅いんです。私が生徒会(ココ)に入ってから、ファンに追われる回数が増えてるようですし、少々心配ですね······。いらない音なら、聞こえるのに」

「そうですね。······え、聞こえるんですか?」

「聞こえてますよー」


 乙さんは首を傾げた後、立ち上がってやや乱暴に入り口の扉を開ける。

 そこには、先日の『覗き魔くん』と同じ姿勢で、二組の男女がいた。


「何か御用かな?放送部と······新聞部の方々とお見受けする。全員中二で合ってるよね?」


 彼女の言葉は間違っていなかったらしく、四人が揃って目を丸くする。ついでに、僕も目を丸くする。

 乙さんは、他の学年の人まで把握しているのだろうか。


「あ······えっと······」

「盗み聞きは良くないよ?まぁ、失敗に終わったみたいだけど。誰に用事があるの?」

「き、乙さん、です」

「私かい?そうだね······外で、待っててもらっても良い?」

「は、はい!」

「ごめんね」


 軽く謝ってから、乙さんは扉を閉めてこちらに顔を向けた。


「抜けても構いませんか?」

「どうぞ。相手にするのが嫌になったら、遠慮なく戻ってきてください。あとは僕が対処します」

「······嬉しいですねぇ」


 彼女は少しはにかんだように笑い、いってきます、と小さく付け足して、部屋から出ていく。

 おそらくインタビューあたりでも受けるのだろう。かなり時間がかかるだろうし、彼女が戻ってくるよりも先に、尊が来る方が早いかもしれない。

 テスト期間中の分の仕事が溜まっているし、自分の仕事に手をつける。

 数分後に入り口から入ってきたのは、意外にも乙さんだった。


「ただいま戻りました~」

「お帰りなさい。どうでしたか?」

「いやぁ、質問というものに、慣れてないんでしょうねぇ。結局、調べりゃすぐに分かるようなことを聞かれて終わりました。それから、多分、桐生会長達が遅いのは、新聞部とかに捕まってるからみたいです。さっき窓から、男に詰め寄られてキレ気味の柳瀬書記を見付けました」

「諒がキレ気味?」

「はい!『······これ以上、妙なこと、したら······許さない』、ですって」

「『許さない』?本当に、そんなことを?」

「······私、耳、悪くないですよ?」

「ああいえ、疑ったわけでは!その、驚いてしまって」

「柳瀬書記が怒るの、珍しいんですか?」

「そうですね。あまり見ません」

「まぁ、穏やかですもんねぇ」

「······『妙なこと』って、なんでしょう」


 諒が親しくもない(と思われる)相手に、感情を剥き出しにするほどの事。


「······ま、手ぇ動かしましょ。考えたところで、答えが出そうにないですし」

「それもそうですね。あとで諒に聞きましょう」

「あ、明日に会議あるから、今日はその書類も読む必要ありましたよね?」

「······うわぁ」

「······頑張りましょー!」

「おー······」


 乙さんと一緒に顔を引き攣らせながら、右腕を上げる。

 尊達が来たのは、十分も後だった。

『美剣』って苗字、実在しないらしいですね······。読みが同じ『御剣』さんも、カッコいい漢字なのに、実在しないとは······。

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