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怖くなるほど。~夏草 葵視点~

「いつまでこんな不毛な会話を続けるのさ。もう家に帰ったっていいだろう?」

「待って待って。騒ぎながらゲームやって良いから、ココに残って?」


 眉尻を下げて悲しそうな顔をする綾ちゃんを、なんとか引き留めようとする。今帰られては、綾ちゃんに生徒会室まで来てもらった意味がないじゃないか。


「……どうして、と問うているだろう。その答えは?」

「一緒に……」


 さっきと同じような答えで茶化そうとすると、綾ちゃんにガコン、と椅子を蹴られた。先日、男達を一撃で蹴り飛ばす様を見ていたから、一瞬心臓が止まりかける。あの細い足の、どこにそんな筋肉がついているんだか。

 俺の椅子を蹴った綾ちゃんは、頬杖をついて俺に目を遣る。

 その後、目を逸らしてため息を吐いた。


「これはまた、長期戦になりそうな……」

「諦めちゃいなよ、綾ちゃん」

「……そうだね。ここは開き直ってしまおう。ゲームを喋りながらしていいってのは、私にとっても喜ばしい事だからな。……家に帰ってやればいいだけの話だが」

「チクチク言わないでよ~」


 なんだかんだ言いながらもゲーム機を取り出した彼女を見て、ほっと安堵する。

 無事彼女にゲームをしてもらう事ができた。

 綾ちゃんは、ゲームをしている時は上機嫌になる。ついでに、こちらの質問によく答えてくれる。……いや普段から気が向いたら答えてくれるけど、彼女が上機嫌な時は、その確率が一気に跳ね上がるのだ。

 熱中している場合は、雑な返答になってしまうのだが。


 とりあえず何のゲームをしているのか尋ねると、乙女ゲームだと迷いなく返ってきた。

 ……うん、今やってるゲームにこれ以上踏み込むのはやめておこう。


「……綾ちゃんってさ、苦手なものとか、嫌いなものとかある?」

「え、ゲームで?」

「ううん、ゲーム全然関係ない」

「そうなの? ん~、気分によって苦手なものが嫌いになったり、嫌いなものが苦手になったりする」

「またそれー? ねぇ、答えが変わらないやつって、ないのー?」

「パッと浮かばないね」


 お、これは好感触。いつもなら『気が向かない』って言うのに、今日は答える気があるみたいだ。


「ん~……人と話すこととか、悪意のこもった視線とか、辛い物とか。他にもいっぱいあるよ。あ、音出して良い?」

「大丈夫だよ」

「じゃ遠慮なく」


 彼女が下の方のボタンを何度か押すと環境音らしきざわめきと共に、こっちが聞いてて恥ずかしくなるような男のボイスが流れ出した。

 ……いたたまれない。いたたまれないけど、さすがに消してとは言えない……。

 そう苦悩することをわかっていたように彼女はちらりとこちらを見て、無慈悲にもそのままゲーム画面へと視線を戻した。


「嫌なものは、挙げていったらキリがない」

「だったら、本当にダメなものは?」

「どういう意味?」

「見ただけで嫌だーとか、そういうの」

「……ああ……いるなぁ、たしかに」


 聞き取れたのはそれだけ。綾ちゃんは続けて何かを言おうと口を開いたけど、すぐに閉じた。

 『ある』じゃなくて『いる』ってことは、人間かな。


「誰?」

「内緒。片方は、いつか言うかもね」

「二人、いるんだ」

「ホントは二人だけじゃない。もっともっといる。でも、その二人がダントツ」

「どうして?」

「内緒」

「えー、教えてよ」

「言わない」

「!」


 てっきり教えてくれると思ったのに、ハッキリと断られる。

 それに驚いて目を見開くと、彼女は薄く笑って顔を上げた。


「ゲーム中だからといって、口が軽くなるわけではないからねぇ」

「分かってたんだ」

「そりゃあね。私にたくさんの事を聞くには、これが一番効率がいい。……さっき、君の目的に気付いたばかりだけど」

「マジか……」

「……ま、よっぽど踏み込んだ質問でなければ、頑張って答えよう。時間制限はあるがね」


 制限、と言う割に彼女は時計を気にする素振りは見せない。だが嘘と思えるような言い方でもない。


「今日、誰かと約束があったの?」

「約束は夜だから、まず問題ないだろうが」

「夜に?」

「うん。夜に」


 そう言って手元のゲーム機に再び目線を落とした彼女からは、何の感情も読み取ることが出来ない。

 綾ちゃんは、時々無表情になる。とはいえ、そういう時は大抵目が必死に何かを追っていたり、じっと一点を見ていたりするから、『集中してるんだなぁ』で終わる。

 でも、今の目はそれとは違うのだ。どう説明すれば良いのだろうか。

 死んでる目だとか、そういうのではなくて。

 ……たとえるなら、ガラス玉。それ以外の何でもない、ただの緑色に染められたガラス玉。

 その瞳に加え、彼女の肌が白く、異様に整った顔立ちであるためか。彼女は一つの人形のようだ。

 可愛いという褒め言葉ではなく、彼女の目は、まさに人形のそれなのだ。焦点が合っているようで、その実まるで合っていない目。

 どれほど愛らしく仕上げられていようとも、どこか恐怖を感じる目。


「……どうしたの?」

「人形みたいだなって……あ」

「そう?」

「うん、綾ちゃんは──────」


 『お人形さんみたいで可愛い』

 そう続けようとして、一瞬言いよどむ。彼女の深い緑の瞳が、怖いくらい真っ直ぐに、俺に向けられていたから。

 そして空いた一瞬を埋めるかのごとく、綾ちゃんは口を開く。


「私は、人形のような目をしているかい?」


 心の中を見透かしたような発言に、思わず言葉を失った。


「えっと……そうじゃなくて、可愛いなって」

「……君は、悪口のつもりで先程のセリフを言ったの?」

「まさか!」

「なら取り繕う必要はないよ。ただの事実だと分かっている。昔、友人の一人に同じことを言われたからね」

「同じこと……なんて言われたの?」

「『人形みたいな目だ』って」

「違う違う。おおまかな内容じゃなくてもうちょっと細かく」

「なんで?」

「俺の質問には、頑張って答えてくれるんでしょ?」

「対価を貰わないとは、一言も言ってないよ?」

「……知りたいからじゃ、ダメっすかね」

「構わないよ。探究心に理由をつけるのは野暮だ」

「良いんだ」

「気が向いたしね。でも実のところ、よく覚えていないんだ。……ああでも、彼女らしいとは思ったな」


 その時のことを思いだしたのか、綾ちゃんはくすくすと笑う。目は楽しげに細められていた。


「女の子に言われたんだ」

「私が言う友人は、三人とも女の子だよ」

「三人? それ以外は?」

「それ以外って?」


 ……すごく聞きづらいけど、もしかして、俺らのこと、友達って思ってもらえてないのかな……?


「綾ちゃん」

「はいはい」

「ハッキリ聞きます。俺は何ですか」

「人間」


 そうじゃない。俺自身の情報とかを聞きたいわけじゃない。


「そうじゃなくて、友人とか、そういうので」

「同じ生徒会に所属する人間」

「……それだけ?」

「これ以上詳しくは、一部を除いて本人には言わないことにしてるから」

「ちゃんと答えて?」

「……怒らない?」

「その聞き方が可愛いから怒らない」

「……ハハッ。知り合いだよ」


 多少の罪悪感はあるのかゲーム画面から目を逸らした。罪悪感はあるのかと思うと同時にそれが綾ちゃんの中で確かな認識であることを示していて、ちょっと落ち込む。そりゃ友達と気軽に言える関係ではまだない気もするけどさ。


「他の人には内緒にしてよ?」

「え~なんで?」

「内緒ごとは多い方が得だもん」

「えっむしろ損じゃない!? 脅しに使われるよ!?」

「内緒ごとの管理がザルだったらね。私もよく使うからその辺は気を付けてるつもりだよ。……さて、話を逸らしても良いかな?」

「……どーぞ」

「では堂々と。いや、先ほどの友人の言葉ね、たしか、綺麗な目ぇやね、お人形さんによう似とる……って感じだったと思う。あのとき私の目が欲しいって言われなくて良かったよ。いくら愛しい友人にだとしても、目を抉られるのは、ちょっとね」


 目が欲しいと言ったからって、それはあくまで冗談なのでは。しかもサラッと『愛しい』って。

 ああいう表現に慣れてるから、自分が褒められてもスルー出来るのかな。他の女の子に接するみたいな言葉をかけても、冷めた反応しか返ってこない。


「ああ、そうだ。こちらからの質問になってしまうが、夏草会計。あの後、夏草庶務とはどうなったんだい?」

「……あの後?」

「この間の体育の授業の後。ちゃんと家でお話をした?」

「聞こえてたんだ。……日向に教える必要、なかったのに」

「かもね。君からすれば、単なるボランティアだったワケだし」

「ボランティアじゃないよ」

「あれ、そうなの?夏草庶務を助けてるだけかと思ってた」

「『恋人代理』は、たしかにそうかもしれない。でも……」


 日向の告白の場をセットするのは。


「あれは、少し違う」

「好きな人を、兄に差し出す行為だもんねぇ」

「……怖いな、どこまで知ってるの?」

「私は君がしたことしか知らないよ。その時に君が考えたことは、推測するしかない」

「へぇ。その推測を教えてよ」

「内緒。むしろ、君が教えて? 君が自分の兄に場所を用意するとき、何を思っていたか」

「……相手の女の子によって違ったかな。俺も良いなって思った子だった時はちょっと気にはしたし、別に好きじゃなかった子の時は、またダメな女の子好きになってるなーって感じだった」


 俺や日向が好きになる子は、毎回『ダメな子』だった。ドジとかじゃなくて、俺らに告白されたら必ず付き合ってくれるような、そんな子。

 調べ方なんて簡単。日向が好きな子聞きだして、その子と二人っきりになって、『付き合おう』って言う。それで相手の子が『良いよ』って言ったら、冗談だと誤魔化して、『日向が君のこと、よく見てるから』みたいな感じで言うだけ。

 ……今まで、皆そうだった。


「綾ちゃん、付き合おう? 『どこに?』ってのは、なしで」

「はっはっは、当然ながら丁重にお断りさせていただく」

「酷いな」

「どこが酷いのさ。君が性懲りもなく、戯言を言うからだろ」


 ほら、綾ちゃんは、何度言っても断る。


「私は『もし俺が浮気したら、君の手で殺してくれ!』と大声で言えるような人以外と、付き合う気はないよ」


 ……断る理由が、おかしいけど。


「はは、綾ちゃん、殺しちゃうの?」

「浮気の度合いによる」

「うん!?」

「嘘だよ。出来るだけ、もう一度私を愛してもらえるよう努力してから……かな?」


 口許に笑みをたたえながらも、その瞳は冷え切って遠い一点を見つめている。

 この場限りの出まかせじゃないんだろう。明確な意思の宿る言葉に、その先を予測して震えあがる。


「……何!? 何が『努力してから』なの!?」

「言っても無駄だから言わない」

「俺も怖いから聞きたくない! 綾ちゃん、声がマジなんだよ!」

「マジだからねぇ」


 そんなからからと笑って言う事じゃないと思います。


「……愛が重いんだね」

「愛というか、執着かもしれないが。……この執着を受け入れて、全力で愛してくれる男の人に、会いたいねぇ」

「男限定なの?」

「私の恋愛対象は男性だから。女の子の方は友人達がいるしね」

「受け入れてもらえたの?」

「そうだよ……ふふ、羨ましいかい? あはは、君もある意味、同類だもんねぇ」


 悪ガキみたいにニッと笑う綾ちゃんに、それは違うと思った。口に出しこそしないけれど、違う。俺と綾ちゃんは、同類じゃない。


「……あは、同類ってのは、ある意味だよ、ある意味。たんに、大事なものに対して執着深いって意味で言ってるの。そういう意味では、私も君も、君のお兄さんも、一緒だろう?」

「……そうだね」

「それ以上の意味はない。私と君達は、根本的に別物だと思ってるから。一部似た考えの部分はあるけど、根っこは違うんだ。君は相手が好きだから執着するけど、私は執着するのが前提なんだ」


 どこか要領を得ない言い回しに眉を顰めると、俺の疑問が伝わったのか綾ちゃんは一旦ゲームをポーズ画面にしてこちらを見る。……ポーズにしても音声の方は垂れ流されてるから、いたたまれなさは変わらないけど。


「例えば私は誰かと友達になる時、必ず相手の許可を取るんだ。『君に執着するけど、構いませんか』って。断られたら友達にはならないし、執着もしない。でも、受け入れてもらえたら、相手が自分に好意を向けている限り執着し続けるし、大切にする。心の底からね」

「順番が逆って事?」

「そうだね。好きだから執着するんじゃなくて、相手に執着する前提で好きになるの」

「綾ちゃんの『友人達』は、受け入れてくれた側の人?」

「まあ、そんなとこだね」


 俺の反応に満足したらしい。上機嫌で彼女はゲームの音を消してくれた。

 ……音を出す行為はやっぱり嫌がらせも兼ねてたんすね……男のあのデレデレした声はもう充分だから、不平を口にする気はないけど。

 言ったが最後、真顔か逆に満面の笑みで音量を最大にされる気がする。


「……俺も、綾ちゃんの友人になりたいな?」

「無理だね。友人達はワケありなんだ。なろうと思ってなれるものじゃない」

「残念。……で、その『ワケ』ってのは?」

「内緒」

「綾ちゃん、『内緒』が多すぎるよー」

「そう? これでも頑張ってるんだけどな」

「多いですー」


 机に突っ伏して拗ねたふりをしたらくすくすと笑う声が聞こえてくる。……綾ちゃんは、そういうところがずるいなと思う。

 自覚してるかは知らないけど、普段どこか冷めた風の彼女が子供みたいに無邪気に笑う姿は、客観的に見て可愛いんだ。雑にあしらわれても、ああいうところを見せられると何でも許せてしまう感じがする。

 ……納得はいかないけど!


「ふふ、君が私の恋人になったら、いくらかは『内緒』が減るよ」


 もう全部内緒で乗り切られそうな気がして唸っていたら、彼女から爆弾がひょいと気軽に投げ込まれた。

 ……恋人? 今、恋人って言ったか?

 あまりの衝撃に全身の筋肉が強張ったままギギギと綾ちゃんを見る。恋人になったらなんて、仮に冗談だったとしても無関心なやつに吐く言葉ではないんじゃないか?

 綾ちゃんの口から恋人なんて単語が出てきたこと、しかもそれは俺に向けられたものだったことに一瞬で心拍数が上がる。待ってわかってる綾ちゃんは絶対冗談で言ってるしそれが俺にどういう影響を及ぼすのとか一切……。


「……嫌だなぁ、そんな顔をしないでくれ。軽いジョークじゃないか」


 驚きに目を見開いたまま動けずにいたら、綾ちゃんは不服そうな顔をしてそっぽを向いてしまった。

 そんな顔ってどんな顔……って違う、別に綾ちゃんの仮定が嫌だったとかじゃなくって、と言い訳をしようにも、すぐには言葉は出てこなくて。

 綾ちゃんはツンとしたまま言葉を進めていく。


「安心したまえよ、君が私に恋心を抱かない限りは、可能性はゼロだ。いくら私でも、想い人を脅してまで恋人にしようとは……多分、きっと、おそらく、しない」


 そう真面目に考えればかなり不穏な断定の仕方をしたけれど、俺は他の言葉の方が気になった。

 俺が綾ちゃんを好きにならない限り、可能性はゼロ。


「自信なさげだね」

「経験がないからなぁ、確信が出来ないんだ」


 じゃあ、俺が好きになっていたとしたら、その可能性とやらはどうなるんだろう。


「あれ?綾ちゃん、初恋もまだなんだ?」

「内緒」


 きみが俺を好きになってくれる可能性は、どれぐらいあるんだろう。


「……綾ちゃんの嫌いなものって、何?」

「またそれかい?」

「さっき言わなかったやつ、教えて」

「ん~、夏草会計は?」

「うわ、俺に聞きますか」


 考えてることを悟られないように飄々と返すと、綾ちゃんは首を傾げた。その目は俺でなく、宙を見ている。


「こんにちはっ!あっ、葵見つけた!綾ちゃんも!」

「やぁ、夏草庶務」


 どうやら、音を聞いていたらしい。生徒会室に入ってきた日向に驚くことなく、彼女は挨拶していた。

 ……おかしいな。


「葵! 家の鍵持ってないの、忘れてた!」


 入室早々に日向が叫んだ内容で理解する。今日は家の鍵は俺しか持ってきてないのに、先に帰らせたときに日向に渡すのを忘れてた。

 どっかで鍵のことを思い出して、取りに戻ってきたらしい。


「鍵、二人で一つなの?」

「普段は一つずつ。でも、今日は僕が忘れちゃったから……ん?」

「……なんだい、夏草庶務」

「綾ちゃん、いつもと違う匂いだなって思って」

「いつもって……。なんで日向は、いつものを知ってんのさ」

「生徒会の席、隣だもん。よく話すし。ってか綾ちゃん、どうしたの? 香水変えたの?」

「そもそも香水はつけないよ。コレは今朝焚いたアロマの香りじゃないかな」

「へぇ」


 そう言うと、日向は当たり前かのように綾ちゃんの首元へ顔を寄せる。


「やっぱり、僕は普段の匂いの方が好きだなぁ」

「ちょっと、君、急に何を言い出すんだ……」

「だから、僕はいつもの綾ちゃんの匂いの方が好き」

「……そういう言い方は、困るんだよ……」


 か細く嘆いて、綾ちゃんは目を伏せる。

 俺が褒めても、全く照れなかったのに。


「日向、はい、鍵」

「ありがとう! じゃあね!」

「ん、また明日」

「俺はもうちょっと残って帰るよ」

「分かった~」


 日向は俺から鍵を受け取ると、入ってきたとき同様、颯爽と部屋を出ていった。……失敗したな、先に帰るよう誘導することはうまくいったのに。


「……君は、本当に残るのかい?」

「綾ちゃんが帰るなら、送るよ?」

「今日は帰りに近くの店に寄るから」

「うん、それでも送ってく」

「……なら、帰ろうか」

「日向に追いつかないように、ゆっくりとね」

「そうだね」


 そう言って、綾ちゃんは大人びた笑い方をする。

 冷めた様子の彼女を見て、俺は無意識に呟いていた。


「……俺が、絶対に勝てない兄」


 声になっていたかも分からない。

 でも、綾ちゃんが反応したという事は、そういうことなのだろう。


「薄暗いところ」


 彼女は、一瞬あの『人形の顔』になったのち、答えた。

 長い睫毛に縁取られた碧の瞳が、異様な熱を帯びる。

 日向に褒められても変わらなかった頬が、僅かながらも紅潮する。

 気取ったようにしか上がっていなかった口角が、遠慮なく一気に上がる。


「君が教えてくれたから、そのお返し」


 歪なはずのその笑みは、ひどく妖艶で。


「いつ問われても断言できる、私が大っ嫌いなもの」


 それでいて、やけに無邪気で。


「もっと知りたいなら、君も私に教えてよ」


 怖くなるほどに、綺麗だ。


「……ずるいな。そんな言い方されたら、さらに知りたくなっちゃうじゃん」

「くく、また気が向いたらね」


 彼女は愉しげに、喉の奥で笑った。

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