ピュアな腹黒
「君っいい加減に落ち着けよ!」
「うるさいっ!アンタのせいで!」
「私にも説明ぐらいさせてくれ!」
「言い訳すんじゃないわ!」
「君が勘違いしてるのさ!」
今日もまた追いかけてきた花咲さんから距離を取り、棚の上に避難する。特別高い棚ではないが、小柄な花咲さんでは届かないらしい。彼女は私を忌々しげに睨み付け、罵るだけ。
ちなみにここは園芸部の部室前だ。普段ならこんな場所で、花咲さんが私に突っかかる事はない。椿先輩に見つかるからな。だが、今日はその椿先輩が、風紀の仕事で今は生徒会室にいる(風紀はあまりにも人数が少ないため、専用の部屋を持っていないのだ)。
だからこうして、花咲さんも堂々と私にケンカ売ってるってワケだ。
「大体ね、君、どうして私を追っかけるんだ!?私は君の邪魔をした記憶は、あんまりないぞ!」
「『あんまり』って、アンタ多少はあるんじゃない!」
「『菊』の時に思いっきり邪魔したからね!」
「ホントよ!聖くんのイベント、やってったってのに······!」
「直接言うなよ!せっかく伏せてるんだから!」
大声に大声で返していると、当然声量がより大きくなる。
花咲さんに話をさせるためにも、私は一度黙ることにした。
「アンタのせいで、フラグがことごとく折れてってんのよ!」
知らんがな。
「ひなt「ちょい黙れ」んぐっ!?」
前言撤回。
これ以上花咲さんが変な事を言わないように、棚から降りて口を塞いでおく。
「おい花咲さん。その脳みそフル回転させて、よう考えなさい。自分さっき何言おうとしてたか、分かってるかい?もしあの発言、関係ない人に聞かれてたら······」
「!」
「な?まずい事になるだろ?だから、ちゃんと伏せなさい。そして私は君の邪魔をしていない。ここ最近はイベントを見てるだけだし、見てすらないイベントも多い。つまり、失敗したとすれば、君が原因なんだ」
「んん!」
「ああ、すまない。だが、声は抑えてくれよ」
「······私が原因なんて、ありえないわ」
「ならば、環境が原因だ。真面目に考えて、イベントに関わってもいない私が邪魔を出来ると思うかい?」
「······それも、そうだけど······」
お~、こんな雑な言葉で丸め込めるのか?助かるな。
「······やっぱり、アンタ以外ありえないわ!」
「ですよねぇ~」
仕方ない。元々分かってはいたんだ。花咲さんが······その、少し独特の思考回路を持っていることぐらいは。
······多分、花咲さんは、この調子でずっと私のせいにし続けるんだろうな。
「花咲さん、お願いだからさ。追いかけるのは、やめてくれない?ゲームする時間が減って、困るんだよ。今後もしつこく追っかけてきたら、さすがに『藤』にチクるよ?」
「はぁ!?ふざけんじゃないわよ!?」
「そっくりそのまま君に返そう。私のせいじゃないのに、怒られてるんだからな。なんという理不尽!」
「知らないっつってんでしょ!?」
また不毛な言い争いをしていると、突然、花咲さんに私以外の影が重なる。
影の持ち主と向き合っている花咲さんは気付いていないようだが、背を向けている私は気付いた。······花咲さんに集中していたから、ついさっきまで気が付かなかったがな。
「全部アンタのせいとしかっ」
「······何の話ですか?」
「······どうして、聖くんが······?」
「あ~来ちゃいましたねぇ」
振り返りはしない。······だって、この人めっちゃ怖いんだもーん。絶対変なこと言っちゃダメなパターンじゃん。今花咲さんが『聖くん』呼びしたから、副会長さらに怒ってるだろうし。
······あれ?花咲さんも言ってたけど、何で副会長がここに?
「······菊屋副会長」
「何ですか、乙さん」
「何でこんなところに、と思いまして」
「今日、会議があるでしょう?」
「ありますね。······まさか、もう時間過ぎちゃいましたか!?」
そんなはずがない。ちゃんと時間に余裕をもって鬼ごっこをしていたんだ。今日の会議は体育祭に向けての重要なものだから、と時間確認は怠らなかった。
焦って横の壁にある時計を見ると、集合時間まではまだまだ時間がある。
やはり、時間は問題ない。なら、何故だ?
「集合時間は、まだですよ。たまたま近くを通りかかったら、乙さんの声が聞こえてきたので。もし遅刻しそうなら、注意しておこうと」
「聞こえちゃってましたか······。菊屋副「あ、あのぉ!」······ワァオ」
「······?」
私と副会長が話していると、花咲さんが割って入る。······これもまた、フラグへし折る原因じゃないのー?
ま、フラグが折れたら折れたで面白いから、教えないけどね。
······花咲さんって、一つのことに熱中しやすいよなぁ。さっきも私を責めることに神経を注いでいて、私のすぐ後ろにいる副会長を認識していなかったし。今は副会長に集中して、私が必死に笑いを堪えていることに気付いていない。
「菊屋先輩、これからお仕事なんですか?」
「そうですよ」
副会長は、話に割って入った花咲さんに一瞬顔を顰めたものの、すぐに笑みを浮かべる。そんな副会長にぶりっ子してみせる花咲さん。
······その様子を見るだけで、笑いが込み上げてきてしまう。
「頑張ってください!応援してます!」
だって、明らかに副会長の声は冷めているのに。
「ありがとうございます。······でも」
いかにも『ザマァww』って目で私を見てくる花咲さんが。
「貴女ごときの応援なんて、いらないんですよ」
副会長が、自分に優しくしていると絶賛勘違い中の、花咲さんが。
「······えっ?」
面白くて面白くて、仕方ないっ!
「くっ······!······っ、菊屋副会長、先に、行っててください。五分後に、追いつきます」
「分かりました。廊下を走ってはいけませんよ」
「······あ、それだったら追いつくの十分後です」
「冗談です。生徒指導に見つからなければ、構いません」
「了解です!」
「では、五分後に」
「はい」
ポカーンとしてる花咲さんは放っといて、副会長に先に行ってもらう。笑いはなんとか堪えきった(多分)。
副会長が去ると、花咲さんが我に返って私を問い詰めようとする。が、その前に『黙って』と伝えることで、問いただされるのを回避する。まだ副会長の姿が見えることもあってか、彼女は静かになった。
「ねぇ、副会長って、ホントに腹黒キャラなのかなぁ。ただの性格悪い人にしか見えないわ。ああでも、微笑みながらあんな発言するあたり、やっぱ腹黒に入るのか」
「······そんなくだらない事を言うために、聖くんを離れさせたの?」
「そうだよ~。本人の前で言うワケにゃいかんでしょ?」
「アンタ、聖くんに何を吹き込んだのよ」
「少なくとも、君の悪口は言ってない。······攻略の妨げになるような言葉は、特に何も言ってないんだが。どうして攻略できないんだろうね?」
「アンタの言う事なんて、信じられないわ。絶対に、アンタが悪いんだから!」
「あっ······行っちゃったぁ」
······相変わらず、彼女の誤解を解くのは難しそうだなぁ······。
ま、副会長を追いかけますか。
花咲さんと話していた時間が短かったのもあって、別れてから一分と経たないうちに副会長に追いつく。というか、副会長は生徒会の隣の部屋で、風紀の話し合いが終わるのを待っていた。
「菊屋副会長、風紀はどんな感じですか?」
「さすがに分かりませんよ。壁があるんですから。どうせ、副委員長が椿さんに迷惑かけてるんでしょうが」
「······副委員長は椿先輩のファンだから、予想は出来ていましたが······」
「そういう意味では、椿さんに心の底から同情しますよ」
「菊屋副会長達も、ファンクラブに悩まされる身ですもんねぇ」
「ある意味貴女もそうなんですがね」
「あ、たしかに」
今日は生徒会と風紀の合同会議。風紀んとこの副委員長さんとは、話したことはない。一方的に睨み付けられる事はあったけどね!その時は副委員長の反応に、普段女の子には丁寧に接する椿先輩がキレてて、凄く怖かった。
あんなキレ方された事なかったから、なおさらだ。
「······乙さん、さっきの人は?」
「あの女の子ですか?」
「その子です」
「知り合い、としか言えません······。私、彼女とは親しくなくって」
「でしょうね」
「まぁ面白い子です」
「······面白い?」
そう、面白い。見ている分には、だけど。話すのは······疲れるな、うん。
······たまに顔を覗かせる、彼女の賢い部分。あの冷静さと論理的思考を兼ね備えた彼女とは、じっくり話してみたいな。
「乙さんって、よく笑いますよね」
「笑いの沸点が低いので、小さい事で笑っちゃうんですよ」
「そうではなく、日常的に乙さんはニコニコしているでしょう?」
「初対面の相手以外には、真顔も多いですが。感情の起伏が激しいだけで、にっこりフェイスがデフォルトってワケじゃありませんもん」
「そうなんですか?」
「勿論です。むしろ、癒し系キャラでもない人が無意味にニコニコしてたら、不気味ですよ」
「たしかに、言えてますね」
······副会長は、自分の笑顔のこと、気にしてるのかな?ほら、ゲームじゃ『本当の笑顔を見せて!』『オーマイハニー』みたいな展開だったらしいし。
あ、さっきの質問も、そういう理由からか?
でも花咲さんは『フラグがことごとく折れてってる』と言ってたっけ。ん~、リアルはゲームとの差が大きいから、判別しづらいな。花咲さんも、具体的にどうフラグが折れたのか教えてくれりゃあ良いのに。
「······無礼を承知で聞きたいんですけど、菊屋副会長は彼女に対してどういった印象をお持ちですか」
「そこまでかしこまる必要はありません。僕は、親しい人にまで年功序列を言いはしませんから」
『親しい人』······だと!?い、いつのまに、私はそんな素晴らしい関係を築いていたんだ······!?ああ、そうか、副会長が寛大なのか······!
なんと!なんと寛大な御方なんだぁぁぁっ!
······んな茶番はおいといて。
私は彼と親しくなったつもりはないのだが······。生徒会に入ったことで、親しい人と認識されたのかな。······いや~寛大っすねぇ。
「······乙さん?」
「ああ、『親しい人』というフレーズに、固まってしまいました」
「?違うんですか?」
うわっ、眩しすぎる!汚れた私に、その眩しさはダメだ!
ってかなんで腹黒のハズの副会長が、こんなにピュアなんだ!『違うんですか?』って!小動物系女子か!
······予想外のピュアっぷりに、つい荒れてしまった。『君想』のキャラには、こんな裏設定があったのか······。
「······菊屋副会長が、そう思ってくださるならば」
「良かったです。······あ、風紀の方の話し合いは終わったようですね。尊から連絡来ました。生徒会室に入りましょう」
「やった~!やっと生徒会室に入れる!」
「ここ、暑かったですか?」
「暑くはないですよ。ただ、時々声が聞こえてくるんです。女の子の声が」
「······すみません、配慮が足りませんでした」
「いえ、菊屋副会長が謝る事じゃないですよ!?こうなることは、生徒会に入るの決めた時から楽しm······覚悟出来てましたから!」
女の子の声、というだけで、その声の内容が分かってしまったらしい。······声の内容は、一言でいえば私に対する悪口のようなものだ。
最近は生徒会室に明かりが点いているだけで、『何であんな女が』といったことを言う輩がいる。生徒会室はわりと防音設備があるから、集中しなければ聞かずに済むが、この教室は普通の教室。防音なんてされちゃいない。
副会長には、聞こえていなかったようで良かった。あれは、遠回しに私を勧誘した会長や副会長も貶すものだからな。
柳瀬さんに私の耳のことを聞いてから、『集中』に関して生徒会の人や椿先輩など一部の人にはちゃんと説明している。椿先輩や会長は、私の言葉の端々から読み取っていたようだが。
自覚してからは、友人に手伝ってもらいながら様々な実験をしている。今の所、翌日以降の生活に支障が出ない程度に集中する場合の限界は、ある程度調べた。翌日以降にも影響が残るほどの『集中』は、夏休みなどの長期休暇に実験する予定だ。
「さ、入りましょ」
「······はい。······あ、乙さん。話が戻ってしまうのですが······」
「何ですか?」
「僕、貴女の笑顔好きですよ」
「······!」
······日向もそうだったけどさぁ。······褒められるのは、苦手だ。
「ありがとうございます。私も、菊屋副会長、色々と好きですよ」
人間として、嫌悪感をあまり抱かない。あと、瞳が綺麗で好きだ。ありふれた色だが、なんとなく好き。この学園には、私好みの瞳がたくさんあって、嬉しいなぁ。特に柳瀬さんの瞳。彼は、頼めばいつでも見せてくれる。
生徒会に入れてラッキー☆と思える理由の一つだ。
生徒会室の扉を開けると、今日の会議参加者は全員揃っている。どうやら、他の生徒会役員も近くで待っていたようだ。
「全員、席についたな?一応号令をかけておく。······今から、会議を始める」
会長の、普段より形式ばった号令。
······こういった堅苦しいのは嫌いだな、と私は心の中で苦笑した。
ざあざあと騒々しい音をたてて、雨が降っている。会議終了後に温室に行ったせいで、かなり遅い時間になってしまった。
雨が降ることは天気予報で言ってたから、傘は持ってきている。······のだが。
「折れてるぅ~」
ボキボキに複雑骨折をしているマイアンブレラ。そこには一枚の小さなメモ用紙。
それに書いてあったのは。
『m9(^Д^)プギャー byヒロイン』
······花咲さん、ネト民か?名前も書いてくれるとか······。
まずい、限界だ。
「······くくっ······あははははっ!実にっ!実に、パワフル!傘折るとかどんな発想だよ、つーかプギャーって、プギャーっておま、あははははははははははっひ、ひぃっふははっ笑い止まんねぇよオイ!あーっはっはっはっは、あー、ダメダメもうダメ、ツボったぁ!おなかメッチャ痛いんやけど!笑い死ぬっ」
観葉植物折られたの見た時から思ってたけど、どんだけ力強いんだよ、腹筋崩壊だよ!
「寿命縮むわコレ、あは、ふ、ひ、かはっ」
「······乙が爆笑してる······」
「の、みや、あはははははははっ」
「乙、落ち着け」
「無理、ちょ、笑わせて」
「待ってるから笑い切れ」
「了解っす!ふ、くははっ」
それからしばらく笑い続け、ようやく笑いが収まる。笑い過ぎて涙が出てるよ、もう。花咲さんは私を楽しませる天才かもしんない。
「······落ち着いたか?」
「はは、ふー······。······すまない、野見山くん。帰りを邪魔してしまった。ばいばーい」
「いや今のお前、いろいろヤバいことになってっぞ」
「どんぐらい?」
「このまま一人にしてたら、危ないぐらい」
「?」
「興奮して顔赤くなってるし、息荒いし、涙ぐんでるし。しまいにゃそんなカオしてんだから」
「グチャグチャになっちゃってる?」
「それに、髪とかも乱れまくってる」
「酷い姿のようだね、恥ずかしい姿を見せてしまった」
「······とりあえず、動くな」
「ん······どうしたんだい?」
「髪とか直すから」
「······え、そこまではしなくて大丈夫だ!君の手を煩わせるわけには!」
「良いから、逆に動かれたら面倒だから」
「······はい」
座り込んだ私に高さを合わせるため、野見山くんも荷物を置いて私の前に座る。······申し訳ないなぁ。
だが、そんなに見苦しい姿になっていたのか······。爆笑する際は、気を付けなければ。
「櫛、あるか?」
「そこの私のカバンの内ポケットに入っていなければ、持ってきていない」
「漁るぞ」
「はいよ~」
「······ねぇな」
「ごめんね」
「気にしなくていい。手櫛でかまわねぇよな?」
「勿論」
「お前、化粧か何かしてるか?化粧は分からねぇから困るが······」
「化粧なんて洒落たものは、やらないよ。鏡を見る習慣すらない」
「それは女としてどうなんだ」
「仕方ないだろう。見ないのが当たり前だったんだから」
「そうなのか?」
「昔は、視力が悪くてね」
「見えないほどか?」
「見えるけど、細かくは······って感じかな」
「なるほど。······よし、出来た」
「ありがとう、野見山くん」
「顔がまだ赤いから、もうちょい残ってたらどうだ?」
「う~ん、雨がこれからもっと酷くなるらしいから、早めに帰るよ」
「······心配なんだが······」
「そんなに見苦しい姿かい?」
「見苦しい、というか。まぁ人目にさらせるような姿じゃねぇな」
「そっかぁ······」
「······乙、さっきなんで爆笑してたんだ?」
「ん?あー、傘が折られてたんだよ」
「······は?」
「ほら」
「すげぇ······。どうなってんだよ」
「面白いよねぇ」
「面白いって、お前、コレ完全にいじめだろ······」
「笑えるから良し。このセンス、気に入った」
「はぁ······。お前、帰りどうするつもりだ?」
「走るよ?」
「······送るから、俺の傘に入れ」
「家走って一分かからないから、必要ないよ」
「だったら、俺のプライドのためだと思ってくれ」
「······君が良いのなら、お言葉に甘えさせてもらおう」
「ああ、そうしとけ。既にざざ降りだからな」
······野見山くん、優しい······。
彼の優しさにほっこりしつつ、傘に入れてもらう。野見山くんにこんな時間まで残っていた理由を聞くと、なんでも彼は今日図書室に返却する本を全力で読んでいたらしい。明日からGWだから、本を返すためだけに学校に来るのは嫌、とのこと。
「······送ってくれてありがとう、野見山くん」
「おう。······さっきみたいな姿、他のやつに見せんなよ。まずい事になる」
「爆笑したくなったら君の元に行くよ!」
「その方が良いな。携帯あるか?」
「······あの、冗談だったのですが」
「言いだしたのはお前だ。······メールとか頻繁に送られても、返さねぇがな」
「その点は大丈夫だ。私も、気が向いた時しかメールは送らない。代わりにメール内容はエグいけどね!」
「どんなメール?」
「超ヲタクな内容」
「お前オタクだったのか」
「うん、ゲーオタ」
「ま、返信の義務がねぇなら、別に良い。あと、俺のところに避難していいのは、誰かに見られたらヤバそうな時だけだ。誰かに追われてる時とかは、めんどいから来んな」
「分かった!おやすみ、野見山くん。······ありがとう」
「おやすみ」
わざわざ玄関まで傘を差してくれた野見山くんに手を振って、家に入る。
······電話帳に、また一つ名前が増えたなぁ。
二章終わったぁぁぁぁぁぁぁ!
最近ネットの電波?が流れてこなくて、ネットにつなげない日が······(汗
本編最後の傘ネタを、メインキャラ以外で処理するというね。




